第37話、いつからミスリル銀と錯覚していた?
ジャングルエリアを抜け、ただの岩だらけの洞窟を進んでいると、冷気が肌を刺してくる。やがて開けた場所に出た。
第十一階層。地面や壁が氷漬けの、通称『氷結エリア』だ。
魔女エリサさん特製のウォーマーを飲んで身体を温める。……アルコールの味しかしないが深く考えたら駄目な気がする。
革のカバンから、白灰色のコートを取り出すと、それを着込んだ。
セルキーという妖精族が用いているコートは、防寒に優れた性能を発揮する。毛皮で中は温か、完全密閉状態にすれば、冷えた海水の中でも自在に泳ぐことができるという性能を持つ。
ただひとつ難点を挙げるとすれば、その完全密閉状態にすると、どこからどう見てもアザラシにしか見えなくなるというくらいか。そこまでしなくても、コートについているフードを被ると、もうアザラシのキャラモノコートを被っているようにしか見えない。
同じく手袋をして、防寒対策は完璧。俺とベルさんは、氷結エリアを進む。だだっ広いその空間は、大洞窟と言うに充分。
地図によれば、この十一階層は東西南北、四つのエリアがあり、ジャングルエリアから降りてくるルートは十一階層東側に出てくる。
さらにこの階層の東側から次の階層にいくと、そこも氷結エリア。それを抜けた先が、ミスリル鉱山の見つかった十三階層北東部に通じる。……大空洞ダンジョンは途中からルートが分岐するので、道を間違えて目的地とは別のエリアに出ることがしばしばあるらしい。
さて、氷結エリアである。ここに出没するのは青い毛並のアイスウルフ、スケルトン、ゴースト、吸血コウモリ、スライムが主で、たまにゴブリン、ホワイトリザード、フロストドラゴンが出没すると言う。
……正直、Eランクはもちろん、Dランク冒険者でも結構危ないモンスターが出る。まあ、俺とベルさんなら、苦でもないが。
このクソ寒い中、トカゲが元気なのは理解に苦しむが、極寒の地でもドラゴンが生息していると思えば、そんなものだろうと思うことにする。ここでの難物は、クラスにもよるだろうが、物理攻撃が当たらないゴーストか、フロストドラゴンだろうか。
ゴーストは霊体ゆえ、魔法武器か魔法で対処するしかなく、その両方ないし片方でも備えがないなら、戦わず逃げることを勧める。
フロストドラゴンは、ドラゴンと名こそあるが、ドラゴン種の中では低位。硬い鱗にパワー、氷のブレスを吐く強敵ではあるが、その体躯は馬鹿でかいトカゲに近い程度であり、竜殺しでないと相手できないほど強いわけでもない。
「ベルさん、ドラゴンスレイヤー!」
暗黒騎士ベルさんのデスブリンガーは、いとも容易くフロストドラゴンを裂き、首を刎ね飛ばす。氷竜の素材と魔石ゲットである。
それに引き換え俺の相手ときたら……。
「炎」
短詠唱。次の瞬間、ゴーストは一瞬で燃え上がり、まばたきの間に消滅する。その霊を構成する負の魔力が消滅してしまえば、ゴーストも消える。そう、消えるのだ。だから何も残らない。魔力を使うだけで見返りが何もない相手というのも面倒なだけである。
やがて、第十三階層北東部エリアに到達。しばらく進むと、上層から水が流れ込み滝となっている場所を見やり、階層を水が流れる川となっているのを横断した先にたどり着いた。
「ここが、例のミスリルの鉱山か……」
氷漬けの一帯の先。すり鉢状にくぼんだ地面、むき出しになった岩肌が天井へと伸びている一角。話に聞いていた地形と一致する場所。すりばち状なのは上から掘っていく露天掘りで中央を掘ったからだろうか。
最近知られた場所だが、その前より掘っていた奴がいたのかもしれない。そう考えると、こんなモンスターが出没する場所で採掘したツワモノがいたということだ。これから採掘しようとしている俺が言うのもなんだけど、ようやるわ……。
ベルさんが、周囲を見渡す。
「ミスリル出るって言うから、もっと人が来ていると思ったが、そうでもないな」
「魔獣がうろついているからな。ドワーフでもなければ、掘ってる最中にやられてしまうんじゃないか」
フロストドラゴンなどを相手にするのは、EやDランク冒険者では手に余る。それ以外にもこのあたりの階層だと、厄介なモンスターも多い。
「じゃ、オイラは見張ってるから、採掘がんばれー」
暗黒騎士は任せたとばかりに、採掘場に背を向ける。さっさとミスリル掘りをしない宣言。……俺だって掘らないぞ。
革のカバンから魔石を取り出す。掘るのは、こいつらに任せる。クリエイト――
「ストーンゴーレム」
魔石の周囲に魔法陣が走り、発光する。ごごごっ、と地面が割れ、岩の塊が浮かび上がると、たちまちマッシブな身体を持つゴーレムが具現化する。
「さあ、頑張って掘ってくれ!」
ゴーレムたちに指示を出せば、疲れ知らずの岩人形はガンガン地面を砕き、掘り出す。
採掘を始めた音が木霊する。すると、音に引き寄せられるモンスターもやってきて――
「ゴブリンか」
ベルさんがデスブリンガーを抜き、ゴブリン集団へと悠然と向かう。
そっちはベルさんに任せて、俺はゴーレムたちの働きぶりを監督しながら、掘られた岩の検分をする。この中にあるミスリル銀が目的であり、まわりの岩はいらない。
土系魔法の土壌操作で、岩の塊をさらに小さく割る。ミスリル銀が含まれている塊を分別し、それが終わると次の行程。邪魔な岩を溶かすのである。
ストレージより、ミスリル製の大桶を取り出す。中にミスリル鉱石を入れたあと、これから流し込むモノの対策としてドワーフマスクを装着。毒性物質を吸わないようにするためだ。
準備が終わると、俺は大桶の中に、想像魔法『ヴェノム・タイプⅢ』を具現化させ流し込んだ。緑がかったドロリとした液体が、鉱石に触れるとジュッと溶け始める。
猛毒Ⅲ号。それはあらゆる金属を溶かすと言われる架空の化物の血液の効果を再現しようとして作り出した独自の魔法である。
触れたモノを腐食させる超強力な酸は、さまざまなものを腐食、溶かす威力を発揮したが、それを作り出すきっかけから考えた場合、失敗作となった。
この猛毒魔法は、魔法武具を腐食ないし破壊することができなかったのである。特にミスリルに対して、まったくの無力だった。ミスリルには攻撃性の魔法を弾く力があるため、ヴェノムⅢが魔法である以上、腐食させることができなかったのだ。
本来の用途である魔法武具破壊は不可能だが、それ以外の物質ならそこそこ効果を発揮する。そして当初の用途として考えていなかった「岩塊を溶かし、ミスリルを抽出する」ことにとても都合のよい魔法となった。災い転じて福となす、だ。
怪しげな蒸気が吹き上がり、ジュウジュウと焼けるような音が耳朶を打つ。
音だけなら肉でも焼いているように思えなくもない。だが実際は強力な酸と共に毒成分が大気にも若干拡散しているのでドワーフマスクなどの防毒装備は欠かせない。
幸い、ベルさんは離れているし、ほかの作業員がゴーレムなので毒成分を使っても支障はない。
ひたすら、ゴーレムが掘り、選別し、俺が魔法で余分な土砂や岩を溶かす。ベルさんは周辺警戒を行い、やってくる魔獣を狩る。見事な役割分担。
「ん……? んん……?」
ある程度、ミスリルを分別していた時に、違和感を覚える。……ミスリル銀は、ヴェノムⅢを弾……いていない!?
俺は慌てて、大桶の端を持ってヴェノムⅢを外に流す。たちまち流れ出た酸が地面を派手に腐食させるが、溶けて困るところではないので無視。
俺は溶けかけているミスリル銀?を浮遊魔法で浮かせて、毒から離す。ついで浄化魔法で毒素を取り除いてやる。
「どうなってるんだ……?」
ミスリル銀が溶けるはずがないのだ。実際の酸ならともかく魔法形成の酸では。……俺のヴェノムⅢがいつの間にか、ミスリルを溶かせるようになった?
いや、ミスリルは溶けないという前提で俺はヴェノムⅢを使っている。頭の中で、そう固定観念ができていることは、そのようになるのが魔法だ。
つまり、この鉱物は――
「ミスリルじゃない……。ベルさん!」
俺は声を張り上げた。やや離れたところで退屈そうに剣を肩に担いでいた暗黒騎士が振り返る。
「どうした、ジン?」
「あんたが相手した奴の中にコボルトいなかったか?」
「コボルト? ……あー、うーん?」
ベルさんは考え込む。
「あー、ひょっとしてあのゴブリン。コボルトだったかもしれない」
コボルト。ファンタジーモノやゲームでは、犬っぽい頭を持った亜人モンスターなどで描かれることがあるそれは、この世界ではゴブリンによく似た種族である。
ただ元世界でのコボルトがそうであったように、この世界のコボルトも、鉱物を「とある鉱物」に変える力を持っている。
ミスリルと思ったこれは、彼らコボルトが魔法で変えた鉱物。その名を『コバルト』という。
硬く、一般的には冶金が難しい鉱物になる。なので魔法鍛冶師やドワーフ、エルフ以外には扱いが難しい代物だ。彼らが扱わなければ、とんだはずれ鉱石と言われていたかもしれないコバルトだが、ミスリルほどではないが魔力と相性がよかった。
例えばコバルト製の剣があったとして、刀身に火属性を付加したとしても剣に負担をかけることなく、十二分に威力を発揮する。粗末な鉄の剣だと熱で刀身を溶かしてしまうこともあるが、コバルト製ではそれがない。
多少価値は下がるが、まあ、魔法金属としてコバルトも悪くはない。
とりあえず、コバルトもあるが、ミスリルもあるようだし、もうしばらく掘ってみるか。
「ベルさん、今日はここで一晩過ごすぞ!」
「えー? なに、帰らないのかよ?」
「期待した量に届かないからな。せっかく来たんだ。もうちょっと掘っていくぞ」
「へぇーい」
気のないベルさんの返事を聞きつつ、俺は作業に戻った。ゴーレムたちは、その間もせっせと地面を掘り続けていた。
想像魔法ヴェノムⅢの元ネタは、エイリアンのアレ。




