第32話、轟くは雷
落とし穴の先には、ラティーユがいる。
そう思って降りてみれば、そこに彼女の姿はなかった。だが離れた場所でゴブリンたちの奇声が聞こえた。
連中の狩りの声。ここが開けた平原じみた地形なのが幸いした。これが迷路状に入り組んでいたら、間に合わなかったかもしれない。
俺は『衝撃波』を放ち、ラティーユを取り囲むゴブリンどもを一時的に吹き飛ばした。その間に、ルングはショートソードを手に、猛然と倒れる彼女のもとへと走った。
「てめぇら、ラティーユから離れやがれ!」
うん、若者は元気だ。
ルングの声をよそに、俺はオーク材の杖を二本、それぞれの手に握る。いわゆる二刀流というやつだ。……『硬化』『電撃』、二つの魔法を付加。
ルングが一体のゴブリンを一撃のもとに切り伏せると、ラティーユに駆け寄る。――はいはい、残る連中は俺が相手をすればいいのね。
エアブーツの加速もそこそこに、俺は一気に残るゴブリンたちのもとへと突っ込んだ。
鋼鉄の強度に達したオークスタッフを叩き込まれ、ゴブリンの身体が宙を一回転した。思いがけない加速で迫る俺に、ゴブリンたちは一瞬声を失い、呆然とする。
はいはい、見惚れないッ!
脳天に一撃。ゴブリンの頭蓋が砕け、二体目。
左手のオークスタッフで、そばにいるゴブリンの足に一撃。電撃を付加された杖の一撃にゴブリンは「ギャッ!」と短い悲鳴と共に硬直し、次の瞬間、転倒した。
地面を踏み込む。エアブーツに仕込まれた風の魔法で、距離を詰め、二本の杖でゴブリンどもを叩き、吹き飛ばし、あっという間に一掃する。
周りに倒れるは皮膚を焦がし、身体の一部を異様な形にへこまされた小鬼どもの死体。
「……おっと!」
俺は、視界の端に、弓を構えたゴブリンアーチャーの姿を捉える。とっさに右手のオークスタッフ、その先端をゴブリンに向け――
「ライトニング!」
電撃が、光線よろしくゴブリンアーチャーの矢よりも早く獲物を捉え貫通した。
さて、あとどれだけ残ってる?
視線を飛ばせば、遅れてきたホデルバボサ団の面々が残るゴブリンに襲い掛かっていた。フレシャの矢が敵を穿ち、ティミットはダガーで小鬼の喉もとを掻っ捌き、一撃で仕留めていく。
ダヴァンは……彼は勘弁してやってくれ。重装備だから、追いつくのがやっとなんだ。
残りは彼らに任せれば大丈夫か。俺は、振り向き、ラティーユとルングのほうへ。
「す、すげぇ……」
俺を見て、ルングが呆然と呟いた。
「ジン、あんた、本当に魔法使いか?」
どうやら、複数のゴブリンを直接ボコったことで驚かれたようだ。
「魔法使いが魔法だけというのは思い込みだよ」
俺がしゃがみこむと、ラティーユの様子を見る。右脚に矢が刺さっている。苦痛に顔を歪める彼女。
「治癒魔法は使えるか?」
「……ちょっと厳しいかも、しれません」
魔力を消耗しているのだろう。治癒魔法を使うだけの魔力がない。下手に強行すれば魔力切れで意識を失う。
「わかった。手当てする」
普通に矢を抜くと出血するので、手当ての手段がないなら、抜かずに帰り、きちんと処置できる場所までそのままのほうがよい。だがゴブリンの矢は、たまに毒が塗られていたりする。そして、非常に幸いなことに、俺はまったく手がないわけではなかった。
「魔力が回復したら、解毒の魔法は使えるか?」
「はい、いちおうは」
「よし、なら矢は抜く。痛いが我慢してくれ」
言うや否や、俺は矢に手をかける。ラティーユは歯を食いしばり、さらに手はルングの手をギュッと握り込む。……こういう時、お肌のふれあいは苦痛を和らげるとか何とか。
矢を抜くと共に血が流れだした。じわりとにじみ出るそれは、やや暗めの赤。
「我、かの者の傷口を洗い、塞がん――ヒール・ウォーター」
傷口にかざした手から、青いほのかな光と共に、清らかなる水が流れる。最初はビクリと身体を奮わせたラティーユだったが、すぐにそれも収まる。
「治癒、魔法……?」
「水属性の魔法だ。治癒は光……神聖系の専売特許じゃない」
出血が止まり、やがて傷口が塞がる。俺は一息つくと、革のカバンからポーションとマジックポーションを一本ずつ取り出した。
「帰りがあるからな。これを飲んでおけ」
「あ、ありがとうございます、ジンさん」
お礼を言うラティーユ。俺は頷くと立ち上がった。ルングも立つ。
「ジン……その、ありがとう。あんたがいてくれなかったら、ラティーユを助けられなかった……」
「なに、ヤバい時は助けるのが人情ってものだろう?」
生意気小僧じみたルングが、殊勝にも礼を言うというのは、何ともこそばゆい。ラティーユのような美少女のお礼もまた嬉しいものだが、こういうのも悪くない。
さてさて、周りの状況だが――
「ジン、どうもヤバイ状況だ」
ベルさんが駆けてきた。ホデルバボサ団の連中も、こちらへと引いてくる。
「ゴブリンの増援だ。いや、増援なんて言葉じゃ生易しいくらいだ。たぶん、一〇〇を超えてる」
「ど、どうしようルング!? や、やばいよこれ!」
フレシャが顔を青くさせながら言った。ティミットやダヴァンでさえ表情は暗い。
「少数の敵に大勢で襲い掛かるっていうが……限度ってもんがあるだろ……」
「ひょっとして、スタンピード?」
ダンジョン・スタンピード。ダンジョン内のモンスター量が一定の値を超えた際に、起きる現象である。いわゆる、モンスターの吐き出しだ。
「さすがにこの数に襲われたら、ひとたまりもねえぞ……!」
ゴブリンどもに蹂躙され、皆殺し――ホデルバボサ団の面々が強張る。
「スタンピードかどうかはわかんねえよ?」
口を開いたのはベルさんだった。こちらは何とものん気な調子だ。
「なあ、ジンさんよ。どうする? やっちまう……?」
それは自身の正体明かして、ゴブリンどもを喰い散らかすということでOK? うーん、ちょっとルングたちがいる前でそれをやるのはどうかな……。
「とりあえず、一発脅してみようと思う」
俺は前に出た。ルングやラティーユは目を見開き、ティミットが思わず手を伸ばす。
「お、おい、ジン、何を言って――」
「連中を全滅させるのは奥の手ということで……まあ、何とかしてみるよ」
あー、お前ら――俺は、一同を見回す。
「鼓膜やっちまうかもしれないから、耳塞いどけ」
え? と皆がわけもわからず困惑する中、ベルさんはさっそく前足で自身の耳を塞いだ。
「お前たちに、本物の雷を見せてやる」
俺は杖を置くと、自身の右手に魔力を集める。ばちっ、と、一瞬静電気じみた紫電が弾ける。
ゴゴゴッ、とゴブリンの大集団が向こうから駆けてくる。さすがに百も超えると一端の軍隊らしく見える。津波のように押し寄せるゴブリン集団。
落ちろ雷。轟け雷鳴!
すっと上げた右手。次の瞬間、閃光が走り、一筋の雷が第八階層を貫いた。
大気を引き裂く雷鳴。鼓膜を破らんとするかのような大轟音。
それが走り抜けた時、ビリビリとした大気の震動が、離れていても肌に伝わり、ざわめかせる。
心臓が止まるかのような大音量。それだけで、雷がもたらす恐るべき力を心の奥底から呼び覚ます。
耳を塞いでもなお、耳の奥へと響くそれは、聞く者すべてを恐怖へと突き落とした。
「ぎゃぁぁー!」
「きゃあああ!」
近くで、男女の悲鳴が聞こえた。ルングは耳を塞いで、地面を転がり、ラティーユやフレシャも耳を塞いでしゃがみこんでいる。
ティミット、ダヴァンもまともに立っていられないらしく片膝をついている。
視線を転じれば、ゴブリンたちもまたその動きが完全に止まっていた。
射線上にいた十数体のゴブリンは黒こげ、骸と化している。まわりにいたゴブリンたちは、階層すべてに轟いた雷の音に身をすくませた。
そして次の瞬間、ギャアギャアと悲鳴をあげて、元きた道を引き返しはじめた。恐慌をきたし、押し合いへし合い、ゴブリンが穴へと消えていった。
雷って落ちたら、怖いよね……。




