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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第31話、アクシデントは突然に


 第七階層。すでに初心者向けゾーンは抜けている。俺やルングらホデルバボサ団の連中は、出てくるワームやスケルトンを叩きのめしていたが、たまに混ざるラプトルのせいでさすがに消耗の色が隠せなくなっていった。

 肩で息をしながら、ティミットはリーダーであるルングを睨むように見た。


「なあ、もうそろそろ引き返さないか? 帰りの体力ってもんがあるぞ」

「ああ、そうだな。そろそろヤバいかも」


 ルングも同意した。ちらと後方を見た彼は、クレリックのラティーユ、アーチャーのフレシャも疲労で息が荒くなっているのを確認した。

 平然としているのは重戦士のダヴァンと、俺、ベルさんである。


「ゴブリンと出遭わなかったのは残念だったけど、まあ、戦果は充分だよなぁ」


 引き返そう、というルングに、皆は同意した。ラティーユが、そんな彼のもとに近づく。


「顔についているのは返り血?」

「ん? ああ、どうだっけ。痛くないから、そうじゃね」


 ルングは袖で、自身の頬についている血を拭う。もう、とラティーユが困ったようにポケットからハンカチを出した。


「え……?」


 突然、ラティーユが消えた。いや、彼女がいたところにはぽっかりと穴が開いている。


「お、落とし穴ァ!?」


 ルングが素っ頓狂な声を上げた。消えたラティーユ、いや落ちたのだ。この穴に。


「うわぁ、ラティーユ!」


 ルングとフレシャが穴に駆け寄る。だが穴は深く、ラティーユの姿はない。底が真っ暗で下が見えない。


「なんでこんなとこに落とし穴なんか!」

「おい、ヤバイぞ、この穴!」 


 シーフのティミットが怒鳴った。


「これ下の階層まで繋がってるやつだ」

「助けに行かないと!」


 ルングが立ち上がったが、ティミットは首を横に振った。


「いや、待てルング! お前、今の状況わかって言ってるのか? 俺たちはこれ以上、深い階層に行くのはキツい。仮に行っても今度はダンジョンの外に戻れるだけの体力が残るかどうかも怪しい!」

「んなもん、一階層くらい、根性で何とかならぁ! ラティーユは今ひとりなんだぞ!?」


 助けないとモンスターにやられてしまう。なにせ、彼女はクレリック。回復魔法を使う後方支援系のクラスで、攻撃手段に乏しい。


「馬鹿野郎! そのクレリックを欠いた状態で、俺たちにとって未知の階層を進めるのかって言ってるんだよ! ポーションだってほとんど持ってないだろうが!」


 ちょっと待て――俺は進み出た。


「ポーションを持ってない?」

「あ、ああ。回復は主にラティーユがするから、最低限しか持ってきてない」


 ルングは答える。

 おいおい、マジか。魔法で手当てする者がいるから、ポーションなどの回復薬を用意しない、なんて……。薬代ケチる金欠冒険者がよくやるやつだ。あー、俺も昔、RPGやった時も魔法頼りでポーションケチったっけ。


 だが、現実はゲームとは違う。回復役がいない、もしくは何らかのアクシデントに備えて薬などを用意するのは、生き延びるために必須だ。ホデルバボサ団は、そのあたりをケチったツケがいま表面化しようとしている。


「どうすんのよ、ルング!?」


 フレシャがヒステリックな声をあげる。


「ラティーユは!?」

「もちろん、放っておけないだろう! 助けに行く!」

「だから闇雲に助けに行くのは――」

「ティミット! お前、ラティーユを見捨てるっていうのかよ!?」

「……俺だって見捨てたくはない。だけどな」


 ティミットは俯いた。


「この下の階層がどうなっているか俺たちにはわからない。ラティーユのもとにたどり着けるかもわからない。そもそも、落ちた彼女が無事かもわからないんだ。もしかしたら、落ちた時にすでに死んでるなんてことも――」

「バカヤロウ! ティミット、お前っ――!」


 ルングがティミットに掴みかかる。ダヴァンが慌てて間に割って入る。


「いまは仲間内で争っている場合じゃないだろう」


 まったく――俺は、ちら、とベルさんを見やる。ベルさんも呆れた顔で俺を見返した。


「ここでお喋りしていてもしょうがない。……お前たちはツイている」

「は……?」


 一同が俺を怪訝な目で見る。


「何故なら、俺がここにいるからだ。幸い、俺はポーションを複数携帯しているし、魔法も使える。お前たちが落ちた仲間を助けたいというなら、俺が導いてやってもいい」

「ジン……」

「いやいや、お前、Fランクだから! なに言ってんだ?」


 ティミットが声を荒らげる。俺は、穴を覗き込む。


「とりあえず、議論している暇もないから、お前たちがどうしようが、俺は助けに行くぞ。同じパーティー組んだ仲間が死ぬなんて御免被るからな」

「オ、オレも行くぞ、ジン!」


 ルングが叫ぶように言った。俺は頷く。


「よし。浮遊の魔法を使えば、この穴からでも追えるだろう。来る奴は早くしろ――」



  ・  ・  ・



 第八階層。大ホールのように開けた階層だった。


 石もむき出しの地面。多少傾斜があって丘のように見えるのが、この階層がいかに広いかを物語っている。壁には幾つも横穴があいていて、その行き先も分岐している。

 このどれかが上に行く階層に繋がっているのだが、上から落ちてきたラティーユには、どれが正解なのかわからない。 

 だが、彼女にはそれよりも切迫した問題があった。


 ゴブリンの集団に遭遇してしまったのだ。


 落下の時に足を痛めたが、こちらは治癒魔法で何とか歩けるまでには回復した。この時ばかりは自分が魔法を使えるクレリックであることを感謝した。そうでなければ、今頃動けずにいたはずだ。

 だがゴブリンに遭遇したことは、自身がクレリックであることを呪いたくなった。奇声を上げながら向かってきた一体は、何とか杖で撲殺できた。ゴブリンは体格的に子供に近く、一対一なら何とか対抗できる。

 問題は、これが複数いた時だ。そして現在、ラティーユはゴブリンの集団に追われていた。


「……どっちへ逃げれば――はぅあっ!?」


 足を撃たれた。ゴブリンアーチャーだ。やや離れたところから、狩人よろしく次の矢を番える。

 倒れるラティーユ。ナイフや石斧を持ったゴブリンたちが、追いつき、彼女を取り囲んだ。


「ギャババババッ!」


 仰向けになるラティーユの身体に、一体のゴブリンが飛びかかる。とっさに杖を持った手で顔を庇うと、ゴブリンはラティーユの杖をがっちりと掴み、取り上げようとする。さらにまわりにゴブリンたちが奇声をあげて迫り、ラティーユは杖から手を離してしまった。


 怖いっ。殺されるっ!


 ぎゃあぎゃあ、とうるさいゴブリンたち。その白い目が、無機的にラティーユを見つめる。しかし牙をむき出し、いまにも喰らいつかんとする姿は、獰猛な獣のそれだ。


 ――助けて……ルング!


 とっさに幼馴染みの戦士を思い出す。彼が冒険者になるというから、じゃあ私は僧侶さん(クレリック)になって、助けてあげるね――幼い頃の思い出。これは走馬灯か。


「ギヤァバッ!」


 上に乗ったゴブリンが石斧を振り上げる。駄目だ、もう助からない――

 風が吹いた。同時に、ゴブリンの重圧が消える。何が起きたかわからなかった。


「てめぇら、ラティーユから離れやがれ!」


 ルングの怒号が耳朶をうった。ルング――!

 すでに半泣きだったラティーユは、彼の声を聞き、大粒の涙がこぼれた。助けに、来てくれた――!

不思議のダンジョンとかって落とし穴あるじゃん? あれ、いったい誰が仕掛けてるのかねぇ……?

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