第30話、ラプトルハント
ファイアボール。
放たれた火の玉は、蠢くスライムに触れた途端、火を投じられた燃料の如く燃え上がった。
つまらん。先日、王都地下で腐るほどスライムを処分してきた俺には、ダンジョンに出てくるクソ雑魚スライムの相手はつまらなさ過ぎる……!
現在位置、『大空洞』第五階層。
「やっぱ、魔法使いがいるとスライム相手が楽だなぁー」
ルングが何とも気楽な調子で言った。シーフのティミットも同意する。
「まったくだ。剣でも斬れない、刺さらない、ハンマーで叩き潰せない、だもんな」
「……」
「なんか、言えよダヴァン」
アーマーウォリアーであるダヴァンは、小さく息をついたが言葉はなかった。
俺とEランク冒険者パーティー『ホデルバボサ団』は、ダンジョン『大空洞』を進む。
「この分だと、結構、楽に進めそうだなぁ。とか言ってたらまたスライムだ!」
「ほら、お呼びだぞ、ジン」
と、ベルさん。俺は前に出る。
「先生、お願いします! みたいなノリだな」
「先生、お願いします!」
「しゃっす!」
ベルさんのノリに、ルングも乗った。なに、いまの体育会系のノリ。
俺が火の魔法で焼き払うと、ティミットがバンダナ巻いた額に手を当てた。
「なんか、今日はやたらスライム見るような気がするな」
「出てくるなら、まとめて出てきてくれれば、一掃してやるんだけどな」
いちいち個別に魔法を使うのも面倒臭くなってきた。そんな感情が顔に出たのか、後ろにいたラティーユが口を開いた。
「ジンさん、がんばって!」
「お、おう……」
思いかげない女の子の応援に、ちょっとお兄さんドキリとした。
……あ、そういえば。俺は革のカバンから先日作った仮称ファイアロッド一型を一本取り出す。せっかくだから、こいつを実戦で使ってみようか。
「ん? なんだ、その杖?」
ティミットが俺の手にあるファイアロッド一型に気づいた。
「杖……だよな? そんなの持ってたか?」
「対スライム用の試作品だ」
ちょうどおあつらえ向きのグリーンスライムが、のそのそとやってくる。見てろよ、と俺は皆に言うと、前に出て、ファイアロッド一型の先端の魔石を、スライムに近づけた。
杖とスライムとの距離、およそ三十センチほど。俺はスイッチを押し込む。すると刻まれた魔法文字が反応して回路に沿って魔力を流し、ファイアロッドの先端の魔石がボッと火を噴いた。
火はスライムの表面を燃やし、松明よろしく半身が燃え始める。ぷるぷると、のたうつように動くグリーンスライム。
「おおっ……!」
ギャラリーたちから声。俺はもう一回、スイッチを押す。再びファイアロッドが火を噴いて、スライムの無事な部位に火をつける。全身火だるまとなったスライムは、数秒後には溶け落ちた。
「……うーん?」
俺は首を捻る。最初に当てた位置が悪かったのか、スライム一匹仕留めるのに二発。できれば一発で倒したいところだが、うまく当てれば可能か……?
ルングとティミットがやってくる。
「なあ、なんで魔法があるのに、わざわざ近づいたんだ?」
「……こいつは魔法を使わずにスライムを倒すための道具なんだよ」
「は? いまの炎噴いたのって、魔法じゃねぇの?」
ルングがびっくりする。ティミットも頷いた。
「魔法かと思ったぜ」
「魔石から火を噴く仕掛けなんだ。俺みたいな魔法使いじゃなくても、スライムに対処できるように作ったんだ」
「ちょっと待って。それってオレでも、この杖でスライムを燃やせるってこと?」
「試してみるか?」
俺はファイアロッド一型をルングに渡した。
「魔法が使えない奴のために作ったものだから、君のような戦士に使ってもらって使い心地を聞きたいと思ってたんだ」
ファイアロッド一型の使い方を教える。ルングは、ふんふん、と俺の話を熱心に聞いたあと、新しい玩具を与えられた子供のように張り切りだした。
「よっしゃ! スライム出てこいやー!」
お調子者め。苦笑するティミットに、俺も釣られて微笑した。
ルングはスライムが出てくると、早速近づいてファイアロッド一型を使った。火を噴くギミックが楽しいのか、やたら「すげぇー」とか「楽しー」とか口にしていた。どうやら気分は魔法使いになったつもりらしい。
俺は完全に暇人になった。
・ ・ ・
軋むような咆哮。肉食恐竜型の小型竜であるラプトルが飛びかかってきた時、重戦士であるダヴァンはラージシールドを構えながらも、その突進を避けた。
あのまま圧し掛かりを喰らえば、いかに盾で構えていようとも吹き飛ばされるのは人間であるダヴァンのほうだから無理もない。
「フレシャ!」
ルングが叫べば、アーチャーの猫娘が矢を放った。ラプトルの細長い首に一撃が突き刺さる。
ラプトルの足が止まる。矢を撃ったフレシャに向かって殺意を飛ばす小型竜――その背後から、剣を振り上げたルングが切りかかる。
だがラプトルは、それを察知していた。振り向くように回転。その伸びた尻尾がルングの胴体に直撃、彼を吹き飛ばした。
「クソが!」
ティミットとダヴァンが、ラプトルを押さえに掛かる。その間に、ラティーユが治癒の魔法を唱える。
「癒しの光、かの者の傷を癒せ、ヒール!」
ルングを包み込む光。痛みが引き、リーダーである少年戦士は立ち上がった。
「あんがとよ、ラティーユ! ――うぉおおおぉりゃ!」
改めてラプトルへと切りかかるルング。仲間たちが牽制している隙を突き、ラプトルの細首にショートソードを叩き込む。剣はラプトルの首に刺さり、だが骨で止まり両断できない。
「ファイア・エンチャント」
火属性付加の魔法を、俺はルングのショートソードにかける。一度は止まってしまった剣が高熱を帯びて、ラプトルの首の肉を焼き、トドメを刺した。
「すっげぇ、切れ味……!」
「ルング、ぼさっとするな! ジンの援護!」
ティミットが注意を促す。もう一体のラプトル……そいつを俺が魔法で押さえている。
土系魔法の『泥沼』。ラプトルの足元を泥に変え、その足を捕らえると半身を沈めて身動きできなくさせていた。先ほどから、俺の近くでラプトルが吠え、やたらと噛みつこうとしているが、残念、あと十センチほど届かない。
とはいえ、何かの弾みで届きそうで、あまり生きた心地がしないがな。
そうこうしているうちに、ホデルバボサ団の連中がラプトルを取り囲み、タコ殴りにした。
「うっしゃー! これでラプトル三体、ぶっ倒したぞ!」
ルングが勝ち鬨を上げる。弓使いのフレシャも、とても嬉しそうに万歳している。クレリックのラティーユは、肩にかすり傷を負ったティミットに治癒の魔法をかけているが、その顔には勝ったことの安堵と共に笑みがこぼれている。
「ジン、大丈夫か?」
無口なダヴァンが、のっそりとした声で声をかけてきた。俺は肩をすくめる。
「まあ、生きてるよ」
ソロでここに来ていたら、泥沼で足止めなんかせずに、さっさと仕留めていたんだがね。いちおう俺はFランク冒険者だ。皆が一丸になって頑張って倒したラプトルを、一人で一撃で倒したら、何か悪いだろう……?
「盾になるのは、おいらの役目だ」
ダヴァンは、やる気の感じさせない普段の表情を幾分か沈ませた。
「すまん。魔法使いのおまいに、盾のようなことをさせて」
「相手が二頭いたんだ。一人が同時に二頭を相手にできないさ。気にするな」
どうやら、この素朴な大柄戦士は俺を矢面に立たせたことを恥じているらしい。……気にすることないのにな。案外、あの顔で真面目なんだな。
倒したラプトルから剥ぎ取りをするティミット。ラプトル討伐のノルマは果たしたが、スケルトンも討伐しているし、あとはゴブリンと遭遇したら、というのが残っているが。
「まだ皆、余裕あるな? 探索続けるぞ」
ルングは宣言した。ダヴァンが小首をかしげ、俺を見る。
「魔力、まだ大丈夫か、ジン?」
「あー、まあ」
ぜんぜん余裕だけど、初心者らしく、しんどそうなフリしたほうがいいか? いや、それは過剰か。別に弱いフリする必要もないし。
「ルング! ラプトルを三体倒したんだし、ここで引き返しましょう。最初の予定ではそうだったでしょう?」
ラティーユが笑みを引っ込めて言った。どこか出来の悪い弟を嗜める姉のようだった。ルングとは幼馴染みって紹介だったっけ。
「確かにそうだったけどさぁ。いまオレたち、結構余裕あるだろう? こういう時は、少し冒険して、オレたちの技量を上げておくべきじゃね?」
オレたち、今日はやれそうじゃね――普段より調子がいいのか、ルングがそう言えば、思うところがあるのか、反論はなかった。
「いいんじゃないか?」
「そうだよ、ラティーユ。あたしたち、まだまだやれるって」
ティミット、フレシャからも言われ、ラティーユは腰に手をあて、ため息をついた。
「もう、しょうがないんだから。……でも、無理はだめよ?」
若い娘ながら、何だか皆のお姉さんみたいなことを言うラティーユ。優しい、可愛い、胸大きい――嫁にもらうなら、優良物件ではなかろうか。
リーダーの意見に反論がでなかったということで、オレたちは先を目指し、ダンジョンを進むことになる。
「……今日上手くいっているのは」
ぼそぼそとした声で、ダヴァンが呟く。
「ジンがいるからなんだけど……みんなわかってるのかな……?」
おうおう、わかってるじゃねーか――ベルさんが呟いたが、俺以外には聞こえなかった。
裏話:ファイアロット一型は、本当はここで使うつもりはなかった……。




