第26話、王都地下のスライム狩り
スライムが雑魚というのは迷信だ。
とくに物理耐性が高いので相当の実力者でなければ武器で倒すのは困難というモンスターだ。
とはいえ、以前話したとおり、攻撃魔法が使える魔法使いにとっては、スライムは雑魚である。
「王都守備隊からの依頼なんですけど」
冒険者ギルド。受付嬢のトゥルペさんが、窓口にて俺に説明した。
なんでもこの王都の地下には古い時代の地下水道があって、そこにはスライムが湧くらしい。
スライムたちは、放っておくと増殖する。これはネズミなども同じことだが、地下水道のスライムの餌は主にこのネズミだったりする。ネズミもどんどん増えるがスライムがどんどん喰っていくので、この王都でのネズミの害というのはなくはないが、あまり聞かない。
が、問題はスライムのほうだ。地下にはスライムを喰うような天敵が存在しないので、放っておくと増えすぎたスライムが地上に出てきてしまうのだと言う。
王都守備隊の依頼というのは、地下にもぐって、スライムを駆除して数を減らすというものだ。
「全滅はさせないのか?」
「あまりに地下水道のエリアが広いので、駆除しきれないんです」
討伐してもどこかで生き残りが増える。なにぶん薄暗い地下である。過去にも何度か完全制圧を目指したが、全滅させられなかった。
「そもそも、スライムですから、兵士をたくさん出せばいいというものでもないですし」
「確かに。……必要なのは兵士の数ではなく、攻撃魔法が使える奴の数だな」
そしておそらく、それだけの魔法使いを揃えることは無理ということなのだろう。
「ランク指定はありませんが、攻撃魔法の使える冒険者推奨の依頼です。倒した分だけ報酬が加算させられるので、いくら稼げるかは冒険者次第なのですが……」
トゥルペさんは渋い顔をする。
「あまり人気ないんですよね、この依頼。暗いし、スライムは倒しても素材とか残らないですし。報酬はお金だけ。魔力を使うから終わった時の疲労感が半端ないらしいですし」
「なるほどね。でもまあ、いいだろう。受けるよ。ギルドとしてもできれば消化してほしいだろうし」
「助かります」
「うん。ところで、スライムは倒した証拠残らないモンスターだけど、討伐数で報酬が変わるっていうなら、どう判定するんだ? 自己申告?」
「王都守備隊から観測兵が同行して、討伐数をカウントすることになってます」
見張りがいるということだ。まあ、そうだよね。自己申告なんて許したら、不当に討伐数主張して不正しようという輩が出てもおかしくないし。
そんなわけで、俺とベルさんは、王都地下水道、スライム討伐依頼を受けた。
・ ・ ・
「観測手を務める、ポワン兵長だ、よろしく冒険者くん」
王都守備隊所属のその兵長は、口ひげを生やした四十代くらいの男だった。守備隊正装であるチェインメイルに鉄兜、腰にはショートソードを下げている。手には木の薄い板と紙――戦果を書き込むための記録用紙を持っていた。
「あと、見張りの……ああ、もちろん見張るのはスライムのほうな。と護衛と雑用を兼ねるアッシュとハンスだ」
ポワン兵長は、若い二人の兵士を指した。俺が頷けば、手にランプを持った若い兵たちは頷きで返した。
「それじゃあ、さっそく地下に行こう」
王城近くの通りに、地下へ潜る階段がある。ふだんは鉄の扉で閉められ、警備の兵が立っているその場所は、石で出来た階段通路が地下深くへと伸びていた。
コツコツとブーツの音が壁や天井に反響する。ぬめっとした空気と、どこか嫌な臭いを感じながら、俺たちは進む。
先頭はランプを持ったアッシュ。次にポワン兵長。俺とベルさん。最後尾はやはりランプを持っているハンスだった。
「マジックポーションは、こちらで支給するから、必要だったら言ってくれ」
「タダですか?」
「ああ、タダで」
この手の依頼では、装備品や消耗品は自前のことが多い。王都守備隊のほうでポーション類を無償提供してくれるというのは、冒険者としてはありがたい話だ。
「スライム駆除は頻繁に必要だと思うんだがね、なかなか依頼の受け手がいなくてね」
ポワン兵長が苦笑した。
「できれば魔法使いには、ちょくちょくスライム駆除をやってもらいたいのだが」
「それでマジックポーションをタダで支給して、割のいい仕事に見せようと」
「うん、まあ、そういうことだね」
階段を下りきる。照明なんて洒落たものはないので、アッシュとハンスの持つランプの明かりだけが頼りだった。……まあ、照明の魔法を使えば、俺も自力で照らせるがね。
「魔力はできれば温存してもらいたいんだ。スライムを一匹でも多く駆除してほしいからね」
ポワン兵長が言った。
「アッシュ、ハンス。天井やくぼみなどに気をつけろよ。奴らは基本的に待ち伏せてる」
かくてスライム狩りがはじまった。ランプの明かりを頼りに、靴音がどこまでも反響する。所々に水路があって、水が流れている。
下水設備ではないので、臭いはそこまでは酷くない。古い時代に作られたものらしいが、それがどれくらい前なのかわからないとポワン兵長は言った。
数分歩いて、一匹目のスライムを発見した。明かりに照らされて目視できたそれは、緑色……グリーンスライムだった。大きさはおよそ80センチから1メートルの間。壁に張り付いているが、その半透明の体の中ではネズミらしきものを消化している最中だった。
「魔法使い殿」
「火の玉」
短詠唱どころか、省略しまくりである。俺が呟くような一言で、火の玉が弾け、グリーンスライムがあっという間に炎に包まれる。キャンプファイヤーの如く赤々と派手に燃えると、十秒と断たず、スライムは燃え尽きた。
「……お、おそろしく簡単に炎の魔法を使ったな……」
ポワン兵長が目を丸くした。若い二人の兵も目をパチクリさせている。
「もっと厳かに、呪文を唱えるものだと思っていたが……」
「スライム相手にそんな上等な呪文唱えるなんて、言葉の無駄というやつですよ」
さあ、次に行きましょう、と俺が促せば、アッシュを先頭に再び歩き出した。
次の接触は、最初のやつ撃破から一、二分後くらいだと思う。グリーンスライムが一匹……いやちょうど分裂を行おうとしているところだった。
「……火の玉」
後でポワン兵長が言っていたが、スライムを燃やす俺の目は、道端の塵を見るような無感動さだったらしい。まあ、害獣駆除というか、いちいち何か思うこともないよ。
地下を進み、俺たちは、というか俺はスライムを燃やし続けた。二度ほど、先導の兵がスライムの待ち伏せで喰われかけたが、その前にベルさんが察知してくれたおかげで、取り付かれることなく処分できた。
スライムが燃えカスとなるたびに、ポワン兵長が記録の討伐数を示す線を書き加えていく。20を超えたあたりで、魔力は大丈夫かと聞かれた。大丈夫だ、問題ない。
40を超えるあたりで、そろそろキツいか、と問われた。全然大丈夫。マジックポーションをもらい、その苦い魔力回復薬を飲む。……あまりよいマジックポーションじゃないな。タダのものだから、あまり質はよくないらしい。高級ポーションを惜しみなく、というわけではないらしい。そんな気はしていたけど。
そんなこんなで地下水道を進んでいたら、スライム討伐数は120を超えた。三本目のマジックポーションを飲んだ時、ポワン兵長は言った。
「すまん、それが持ってきた最後のマジックポーションになるんだが……」
「じゃあ、戻りますか」
「そうしよう」
結果的に、スライム討伐数は150を超えた。ポワン兵長は苦笑いを浮かべる。
「いや、凄いな君は。私は長いこと、このスライム討伐に同行して観測してきたけど、こんなたくさんのスライムを一人で駆除した魔法使いは初めてだよ」
「そうなんですか?」
「いったい君の魔力量はどれくらいあるんだ?」
倒した数だけ火の魔法を使ったのである。あまり他人と比べたことがないから俺にはよくわからなかったから、いつもはどれくらい討伐しているのかと聞いてみた。
「少ないと10から20。多くても5、60かな。ちなみに君が先ほど更新するまでの最高記録は100匹だった」
「ちょうど100?」
「そう100。もうその魔法使いは、ヘロヘロになりながら、どうせなら三桁までいってやるって意地になってね。100スライム倒した時には、気を失って……運び出すのに苦労した。だから同行するチームが三人体制になったんだよ。魔法使いが倒れた時に運ぶためにね」
何だか歴史を感じた。苦労してるんだな。索敵と照明係と思っていた随伴兵にそんな仕事が含まれていたとは。
「だいぶ駆除したが、またこれが増えるんだよなぁ。この地下水道からスライムが根絶されることは、このままだとないんだろうな……」
ポワン兵長は何気なく、ため息交じりにそう言うのだった。
なお、今回のスライム討伐数151匹。報酬額は1812ゲルドだった。
金貨1枚、銀貨8枚、銅貨12枚のお仕事。
……151もスライム倒して、グレイウルフ二頭分にも満たない額である。まあ、ウルフ狩りは難度もあって高めの報酬設定がされているということもあるが。
スライム1匹あたり12ゲルドという計算なのだろう。これポワン兵長が言っていた最低ラインの10や20の討伐数だったら、報酬額は120から240ゲルド。魔力の低い魔術師だったら、マジックポーション1本買えない程度しか稼げないことになる……。
人気がない依頼というのも、わからなくもなかった。
戦士 → スライムは強敵
魔法使い → スライムは雑魚




