第25話、ダンジョン攻略制限
トゥルペ嬢をトゥルペさんと呼ぶようになってから一週間が経った。
俺は適当に冒険者ギルドに行き、いくつか軽い依頼を果たしていた。連日、狼狩りをしてもいいのだが、あまりに毎日だと悪目立ちするだろうから、ちょっと日を置いたりしていたのだ。
掲示板のほうを見れば、何やら人だかり。いつにも増して多い気がするが、何より皆難しい顔をしている。反対側の休憩所に目を向ければ、冒険者たちがやはり深刻な顔で話し合っているのが目に付いた。……何か、あったのかね。
今日も窓口にはトゥルペさんとマロンさんがいて、比較的マロンさんは忙しそうだった。トゥルペさんは普段の愛想ない対応のせいか、冒険者たちもマロンさんのほうに行く率が高い。なので俺とベルさんは、トゥルペさんの窓口にするりと向かうことができた。
「おはようございます、トゥルペさん」
「ジンさん、おはようございます! ……って、大変ですよ、ジンさん」
周囲のざわつきを考えると、何かトラブルがあったんだろう。冒険者がらみの。
「何があったんだ?」
俺が聞くと、トゥルペさんは、一度周囲を見回したあとで、声を落とした。
「昨日、ダンジョンで冒険者が二人、殺されていたのが発見されたんですよ……!」
殺された……?
俺とベルさんは顔を見合わせた。冒険者がダンジョンで死ぬことは珍しくない。とくに駆け出しのFランクや、EやDランクの下級冒険者がちょっとした油断や無茶して魔獣に喰い殺されたりなどというのも、よくある話だった。
「いえモンスターではなくて、どうもやったのは、人らしいんですよ。殺人です、殺人!」
冒険者には荒くれ者も少なくない。ふだんの言動によっては恨みを買い、ダンジョンなどに遠出した際に、襲われて殺されるなんてことも――
「それが二件。まったく別の場所で起きたから問題なんです。一人はEランク。もう一人はCランクの冒険者だったんですけど」
「Cランク」
そこそこ強い冒険者か。それを殺すとなると……正面から挑むなら同等かそれ以上の実力者。不意打ちや罠などを使うなら、低いランクの冒険者や盗賊などでも可能か。
「追い剥ぎか何かか?」
「はっきりしたことはわかっていないのですが、どうも物盗りではなく、冒険者を狙った冒険者狩りではないかと、上のほうで話していました」
盗賊やアイテム狙いではない、というのは、死体から金目のものが盗られなかったからだろうか。それにしても、冒険者狩りとはね……。
その冒険者を殺すように依頼された別の冒険者の仕業という線は? 俺も以前、ギルドを通さない個人的依頼で、とある傭兵兼冒険者を始末したことがある。
とはいえ、ギルドを通さないとなれば、トゥルペさんに聞いてもわからないだろうから、俺は黙っていることにした。
「それで周りがざわついていた理由はわかった。まあ、気をつけるよ」
俺が言えば、トゥルペさんは首を横に振った。
「なに他人事みたいなこと言ってるんですか。今回のことで、単独でのダンジョン侵入が禁止されたんですよ。今回の事件の調査が終わるまで、ソロでのダンジョン依頼は受けられません」
つまり――
「ジンさん、ソロじゃないですか? 他の冒険者とパーティーを組まないと、ダンジョンがらみの依頼受けられませんよ?」
「……なんだって?」
俺は思わず聞き返した。冒険者狩りだか何だか知らないが、よその話だと思っていたら、俺の仕事にダイレクトアタック来てるじゃないか! マジかよ……。
「まあ、パーティー組めば問題ないんですけど……その、ジンさん。パーティー組む人に心当たりあります?」
「よせ、俺をぼっちみたいに言うな」
「ぼっちみたい、じゃなくて、ぼっちだろ」
ベルさんが、ボソリと言いやがった。黒猫と思っていたそれが喋ったことで、トゥルペさんが目を丸くする。
「え、いま、この猫、喋りましたよね……?」
「そうか、ベルさんがいた」
俺は、その黒猫をつかみ、トゥルペさんの目の前に出した。
「トゥルペさん、ベルさんを冒険者登録してくれ。代筆は俺がするから」
「え……はあ?」
呆然とするトゥルペさん。ベルさんは俺の手の中で、何やら照れだした。
「えへへ、オイラが冒険者か? へへ」
「あの、ジンさん。さすがに猫はちょっと……」
「あぁっ?」
ベルさんが声を荒らげた。……まあ、そうなるよな。
俺は首を捻る。人間形態になったベルさんだったら、たぶん問題ないだろうけど。
それにしても、冒険者狩りとか、物騒な世の中だよなぁ、といまさらながら思った。
なお、ソロでダンジョン関係の依頼を受けられなくなっただけで、別にダンジョンに入れなくなったわけではない。
わざわざダンジョンの入り口に、ギルド職員を置いたり、冒険者に監視させたりはしていないのだ。ただ、個人的に素材を手に入れたりするためでない限りは、入ってもお金にならなくなった、ということである。
もちろん、ソロで入って例の冒険者狩りにやられた、となれば、完全に自己責任だが。
仕方ないので、常時依頼の出されているグレイウルフ討伐をしつつ、ダンジョンに行かなくてもいい依頼をこなしていくことになる。早くソロ制限解除されてほしいねぇ。
「そこは、お前、他の冒険者とパーティー組めばいいじゃんかよ」
ベルさんが至極真面目な指摘をするが、俺は無視するのである。
向こうから頼まれればともかく、自分から声をかけるなんてとんでもない。
だって、どう考えても、ほかの冒険者とパーティー組んだら、こっちの行動力が大きく下がってしまう。ベルさん、あんた、俺以外の冒険者を乗せて空飛ぶ気ないでしょ?
・ ・ ・
ダンジョンが駄目でも他の場所に行けば、魔獣やモンスターがいるところはある。ベルさんの飛行形態を利用すれば、遠方でもひとっ飛びだ。
王都近場の森でグレイウルフ用の罠を仕掛けたら、いろんな場所に行って、狩場を開拓する。
今のところは、ボスケ大森林地帯が魔獣が多くて、オススメポイントである。以前、アーリィーが、冒険者や狩人以外入る人がいないと言っていた場所だが、確かに奥へと入り込むと、出てくる魔獣もそんじょそこらでは見かけないようなものが出てくる。
「おやおや、マンティコアじゃないか」
一見すると大柄のライオン、だが尻尾が巨大なサソリの尾で当然のごとく毒針付き。そしてその獅子の顔が、どこか人面っぽいのが特徴だ。燃えるような赤い毛並。そしてそこそこの図体の割りに足が早く、好物は人肉というが……。こんなところに冒険者や狩人以外に人なんているのかね……?
まあ、要するに、俺のことも絶賛獲物としか見ていないということだ。返り討ちにしてやんよ。シャドウバインド!
マンティコアの足元、影が蠢き、その四本の足に絡みつく。咆哮をあげる魔獣だが、その足の速さで挑まれると面倒だから先手必勝で動きを封じる。
逆に言うと、このマンティコアは俺を見つけた途端に突進すべきだった。威嚇して睨みつけてくる間に、勝機を逸したのだ。
マンティコアには猛毒の尻尾があり、刺されればこちらも命はないが、近づかなければどうということは――
「!?」
すっと、マンティコアが息を吸う。それが竜などのブレスを使う攻撃動作に見えた俺は、とっさにマンティコアの正面から逃げた。
一瞬遅れて、針のようなものが十数本放たれ、俺が先ほどまで立っていた場所を通過した。おいおい、マンティコアって針のブレスなんて使うモンスターだったっけか?
「ライトニング!」
お返しとばかりに電撃をその顔面にぶつけてやれば、マンティコアは悲鳴を上げ、そして絶命した。脳天ぶち抜かれれば、さすがにひとたまりもない。
「まあ、そうね。いくらゲームチックとはいえ、異世界なんだもの。そりゃ毒針ブレスなんて技持ってるなんてこともあるよな……」
俺がひとり呟けば、様子を見ていたベルさんは、あくびを漏らした。
「……マンティコア素材、ゲットだぜぇー」
「棒読みやめてー」
俺も棒読みで返しながら、さっそくマンティコアの解体作業を始める。
狩ったモンスターの素材は、冒険者ギルドが買い取りしてくれるので、ダンジョン系依頼ができなくても、まあお金を稼ぐことはできる。何か貴重なものあれば、俺自身が道具や武具製作の素材にするし。
「合成か……」
「ん? どうした?」
「いや。そういえば武具合成を最近してなかったな、と思ってね」
素材同士を結合ないし融合させて、別のモノに変換する合成魔法。これまた昔遊んだRPGの影響で、アイテム合成とかできないかなーと試行錯誤してモノにした想像魔法である。
以前、アーリィーに貸したライトニングソードとエアバレットは、それで作り上げた合成武器だったりする。……そういえば貸したままなんだよなぁ。いまさら取りに行くということもできないので、あげてしまったに等しい。元気にしてるかねぇ、王子様、もといお姫様は。
「合成武具を、ギルドに売りつけるのか?」
ベルさんの声。俺は呟く。
「魔力消費がデカいのがネックなんだよなぁ。でもまあ、適当な素材あるなら、それも手だよな」
ぼんやり、とそんなことを思っていると、解体中のマンティコアの遺体の中から――
「やった。魔石発見」
魔法的な能力を持つ魔獣には、魔石があることがある。すべての獣にあるわけではないが、このマンティコアに魔石があるということは、何か魔法的な技やスキルを持っていた率が高い。足の速さか、あるいは、あのニードルブレスかもしれない。
思いがけない魔石発見に俺がニヤニヤしていると、ベルさんがピクリと反応した。
「ジン、お客さんが来たぜ。空からだ」
新たな魔獣のご登場。やってきたのは……鷲の前半分と翼、獅子の後ろ半分を持つ飛行魔獣、グリフォンだった。
「どうする、ベルさん。こいつも俺が倒してしまっていいのかい?」
「譲ってくれるのかい? 嬉しいね、退屈すぎて死にそうだったんだ」
ベルさんは不敵に笑った。
「それじゃ、遠慮なく!」
ぼっちに厳しい世の中。




