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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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26/1908

第24話、俺氏、見せびらかす

  

 昼飯を王都の料理どころで適当に済ませた俺とベルさんは、一度宿である『岩』に戻り、狼肉をお土産に料理担当のおばちゃんに渡した。まあ、お世話になっているからね。おばちゃんは、思いがけない肉が手に入ったことを喜び、晩御飯を楽しみにしておいてと言っていた。


 さて、冒険者ギルドに戻った俺たちは、一時間ほど前に受けた新たな依頼の達成を報告する。マロンさんは休憩でお留守だったが、例の愛想のない受付嬢トゥルペに報告することになったが……。


「クラブベア討伐……は、早いですね」


 トゥルペは、何故か緊張の面持ちで依頼達成証明書を見つめていた。Fランクを軽く見ていた彼女の様子が、どこか違って見えるのは気のせいか。


「あ、あの、ジンさん」


 唐突に彼女は声を落とすと、顔を近づけてきた。


「ひとつ聞いてもよろしいですか?」

「ん、うん」


 どうした? 怪訝な俺に、トゥルペは周囲を気にしながら言った。


「……ワイバーンを狩ったって本当ですか?」


 何故知っている? と一瞬思ったが、ワイバーン素材をここのギルドの解体部門に買い取ってもらったのだから、知られても当然か。

 俺も声を落とした。


「あまり大きな声で言うつもりはないが、答えはイエスだ」


 ちょっと反応が見たくて、正直に答えてみた。トゥルペは、一瞬絶句し、内緒話をするように小さな声で言った。


「あの、こんなこと言うと失礼かもしれないですけど、ジンさんって、実は高名な魔術師のお弟子さんとか、あるいは宮廷魔術師とかだったりします……?」


 俺は思わず顔がにやけそうになる。なに、この子なに真顔で言ってるの? いや笑うのは失礼だけど、いかん、ちょっとこの子面白いな。そう思ったら、俺の悪い癖が出てきた。


「誰にも言わないって誓えるか?」


 あくまで真顔で俺は告げる。トゥルペはゴクリと唾を飲み込み、コクコクと頷いた。俺は革のカバンを引っ張り、カウンターの上に置くと開いて、中に入っている薄緑色の小さな板切れを見せた。

 冒険者を示すランクプレート。そして薄緑色といえば希少な魔法金属オリハルコン製。


「……Sランク冒険者の証!」


 しー、と俺は人差し指を立てて口元に当てる。


「さて、問題です。このオリハルコンプレートが、何故ここにあるのでしょうか?」


 1、俺の本当の冒険者プレートだから。

 2、この冒険者プレートの持ち主を殺して手に入れた。

 3、この冒険者プレートの持ち主から盗んだ。

 4、拾った。

 5、買った。


「さて、どれでしょうか?」


 生温かな目で俺が言えば、トゥルペは顎に手を当て考え込んだ。


「まず、2はないかな……」

「ほう?」

「だって、Sランク冒険者を殺すなんて、普通の人ではできない。仮にできるなら、その人はSランクに匹敵する実力者ということに」

「闇討ちしたかもよ? あるいは暗殺したとか」

「それも難しいのでは。……そもそもSランクって、人間やめた化物みたいな人だって」

「……否定はしないな」

「3の盗んだもないですね。たぶん、手を出したら間違いなく生きて帰れない」

「うん、Sランクが君の言う化物なら、そうかもね。……でもうっかり盗まれることもあるかもしれない」

「……4は」


 あ、無視した。


「拾った、というのも無理がありますね。同様に5の買った、というのも。そもそも冒険者ランクプレートは身分証明で肌身離さず持っているものです。落としたり失くしたなんてことになれば徹底的に探すでしょうし、Sランクの冒険者が売るほど生活苦になるなんて事態はありえないので、売り買いというのもありえない……そうなると」


 トゥルペはゴクリとまたも唾を飲み込んだ。


「……」

「……」

「……あの、なんでSランクなのに、わざわざ新規に作り直したんです?」

「公には、俺は死んだことになっている」


 俺はトゥルペの顔を間近に見ながら言った。距離にして二十センチも離れていない。周囲から見れば、親密ともとれる距離である。


「だから、いまの話は他言無用だし、もし君が口も軽く誰かにバラしたら……俺は君を殺さなくてはいけない」

「!?」


 トゥルペは絶句した。俺は口もとに小さく歪な笑みを浮かべた。


「まあ、黙っていればよかったんだけど、君が聞いてきたからね? でもワイバーンを狩れる実力があることは理解できただろう?」

「……その代償はあまりに大きかったですけど」


 トゥルペは笑みを浮かべる。知りたくなかったそんな秘密、というやつか。彼女は物凄く強張った笑み。しかも体が震えていた。俺は営業スマイルを貼り付ける。


「まあ、わざわざ教えたってことは警告って意味だから。本当に黙っていてくれれば何もしないよ。Sランクって人間やめた化物みたいなものだから、本当に殺すなら何も言わずにバッサリやったほうが早いしね」

「そ、そうですね……」


 これ以上は、ほんと気の毒になってきたので、俺は営業スマイルを引っ込められなかった。トゥルペ涙目。


「さ、仕事の話に戻ろうか。クラブベア討伐と、ホーンラビットの角採集を達成。あと何が残ってたっけ?」

「は、はい! 毒草採集とスケルトン狩りです。あ、あと、薬草採集系とグレイウルフ討伐は常時発生している依頼なので、まだ受けることができますが」


 背筋を伸ばして真剣な顔で、残る依頼の紙を見せるトゥルペ、いやトゥルペさん。


「四つ同時に受けたら駄目だし」

「いえ、ジンさんなら問題ないと思います」

「でも俺、Fランクだぞ。俺は嬉しいけど、上のほうでもめない?」

「あ、あたしが上手く処理しておきますので、だ、大丈夫です、はい」


 何とも話が早いというか、通しやすいというか。これまでの態度が嘘のような変わりよう。……まあ、Sランク冒険者なんて、化物に足を突っ込んでいる以上に、ギルドからしたら英雄も同然の相手となるわけだから、無理もない。


「いやまあ、Fランクからの出直しだし、別に贔屓とかしなくていいからね。俺はガキの姿してるけど、これでも一応、三十の大人だから」


 大人げない大人である。

 新たに依頼を受けて、冒険者ギルドをあとにする俺に、ベルさんは意地の悪い調子で言った。


「わざわざプレート見せる必要はなかったんじゃねえの? 案外、ジンさんは口が軽いな」

「百聞は一見にしかず、ってな。回りくどい説明しなくても一発で済んだろ?」

「あぁ、そうだな。……ジンよ、お前は相当ワルだな」


 何だかとても楽しそうにベルさんは言うのだった。

(能力を)隠す気がないのでは、と勘ぐりたくなるものの、予防線は張っておく主人公。

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