第22話、ある日、森の中でクマさんに出会った
路地は行き止まり。そして退路は、三人の男たちに塞がれている。
うん、絶体絶命のピンチだー! と心にもないことを言いつつ、俺は冒険者ギルドで見かけた三人を眺める。
「さて、俺に何かご用かな?」
「わかってんだろ……」
へへ、とガラの悪い男その1が言った。
レザーアーマーをまとった軽戦士が三人。いや、ひょっとしたらシーフかもしれない。
ガラの悪い男その1は、斧を持った青年。その2はスキンヘッドで骸骨じみた顔、武器はショートソード。その3はバンダナを巻いた、いかにも荒くれ者といった風貌で、ダガーが得物だ。
「Fランク。オマエ、金持ってんだろ。大人しく出したら、怪我しないで済むぜ?」
見た目、ガキな俺だからか、ガラの悪い冒険者たちは嫌味ったらしい顔でニヤニヤしている。ちょっと脅せば、大人しく従う、とでも思われてるのかね。
「魔法使いらしいが、新米のオマエにオレたち三人を相手できると思ってるのか? たとえ一人に魔法をぶつけても、この距離だ。残る二人がオマエをぶちのめすぜ」
「……どうしようか、ベルさん?」
「ぶちのめしていいんじゃね。オイラたち、言いがかりつけられるような悪いこと、何もしてないぞ?」
確かに。この現場を見た人間は、おそらく十人が十人、向こうが悪いと思うだろう。……まあ、その見てる人なんていないんだけど。
「ちなみに皆さん、冒険者ですよね? ランクをお伺いしても?」
「は? Eランクだが、それがどうした?」
何かキレ気味に返されたのは、たぶん自分でもちょっと恥ずかしいと思っているのかもしれない。残り二人は何も言わないので、たぶんランクは同じだろう。
では、冒険者先輩として後輩を教育してやろう。
「冒険者の心得その一、見た目で判断するな」
「はぁ? なに言って――」
沈黙――俺の魔法が、ガラの悪い男1から言葉を奪う。
突然、声が出なくなり、男は喉元に手を当てる。何とか声を出そうとするが、傍から見ると、まるで胃の内容物を吐き出そうとしているようにしか見えない。
「お、おい?」
周りの二人が、言葉を失った男を訝しむ。
「冒険者の心得その二……決して、敵から目を離すな」
スキンヘッドが突然、首を押さえてもがく。俺は左手を向け、そいつの首を魔力で絞めあげる。
「くそうっ!」
バンダナ男がダガーを手に突っ込んでくる。俺は左手を振るう。スキンヘッド男の身体が宙を浮き、バンダナ男の身体に横からぶつかった。スキンヘッドとバンダナ男はそのまま気を失う。
俺は、先ほどから膝をついて必死に声を出そうとしている男へと歩み寄る。
「このランクプレートが見えるか? ん?」
Fランクのブロンズプレートを俺は見せ付ける。
「そう、Fランクだ。だが後輩君。君の目の前にいる男は、本当にFランクだろうか? 疑ったことはないか?」
男の顔がみるみる青ざめる。
「冒険者ギルドにいる冒険者は、本当にランクどおりの奴ばかりなのだろうか? こいつは本当は上位ランク者で、何か目的があって低いランクにいるのではないか……?」
声にならない悲鳴。俺は、そんな彼をじっと見つめた。
「俺は寛大だ。だが二度目はない」
ベルさんに声をかけ、俺は路地を後にする。さも興味などないとばかりに。
沈黙の魔法を解除してやれば、男は嗚咽を漏らし、うずくまった。
「泣かせた」
ベルさんは何か言いたげな調子だった。俺は肩をすくめる。
「それだけで済ませてやったんだ。むしろ感謝してほしいね」
さて、気を取り直して依頼だ。
竜形態になったベルさんに乗って、王都にほど近い森へと飛んだ。
グレイウルフ狩りと薬草採集である。
グレイウルフは、基本的に探すより誘い出すに限る。DCロッドを使い、魔力を消費して狼を召喚する。この魔法狼は、コアの制御下にあり、つまりは俺の指示下にある。
こいつに適当に吠えさせながら森を進む。近くにテリトリーを持つ狼なら、侵入者を排除しようと向こうからやってくるというわけだ。基本、獣は縄張りにうるさい。
そうやって森を歩くことしばし、まず引っかかったのは……ホーンラビットだった。
狼を危険因子と判断した角兎は習性に従って、猛烈な突撃を開始したのだ。しかし、標的にされた召喚狼は、それをあっさりと避ける。
そして離脱する前に、ベルさんに横合いから噛みつかれあっさり仕留められた。確かホーンラビットの角を持ってく依頼あったな。
俺は火竜の牙を抜くと、ベルさんが地面に置いたホーンラビット、その角を切り落とした。
「そいつ、喰ってもいいか?」
「あー、いや。こいつの肉、罠に使うから駄目だ」
置いたホーンラビットの死体の周り、半径一メートルに穴を掘る。地属性魔法で土や岩を持ち上げ、深さ二メートルほどの穴を作る。掘った土は少し離れた場所によけておいて、次にDCロッドを使って、スライム床を穴に被せるように配置。そしてよけておいた土の一部をスライム床の上にばら撒いて隠せば、……落とし穴の完成だ。
「さて、狼狩りの続きと行こうか」
目印として、近くの木に魔法文字を刻んで、俺たちはさらに森を進んだ。ちなみに定期的に召喚狼には吠えさせているので、近くにグレイウルフがいるなら、そろそろ接触しそうなものだが……。
「まあ、腐っても狼。用心深い生き物だからな。そう簡単には――ジン、右から、たぶんまた角兎!」
「おう」
出てきたホーンラビットをジャンプして回避。足元を抜けたホーンラビットは、またもベルさんに牙を立てられ死亡する。
「二匹目だけど、どうするよ?」
「こいつも罠に使うよ」
そんなわけで、またも落とし穴を作る。だが今度は底にスライム床を設置して、落ちた狼を足止めできるようにした。最初の落とし穴も、狼が落ちたら脱出不可能ではあるが、作ったあとで粘着床仕掛けておいたほうが確実では、と思ったのだ。
「狼もだが、薬草も採集しないとな。依頼は、クアブラッドだったかな」
「そうそう、青い葉のやつだ」
実物は大帝国でも連合国でも見たから知っている。そういえば元の世界では紅葉は見たことあるが、青い葉はみたことないなぁ。
クアブラッドは、治癒効果のある葉だ。すりつぶして水に溶かしたり、ペースト状にして塗り薬にしたりする。主に軽度の怪我や火傷に用いられる。綺麗な水が流れている場所の近くによく生えている。
そんなわけで、俺たちは森の中を流れている川を探しつつ、グレイウルフが突っ込んでくるのを待った。水の流れを辿り、進むことしばし……。
「川にでちまったな」
ざばーん、と水の跳ねる音がした。先客がいた。
クマだった。
体長二メードルを軽く上回るこげ茶色のクマは、こちらを睨んでいる。
「なあ、ベルさん。クマ討伐の依頼あったよな?」
「ああ、クラブベアってやつ」
あれがそうかな? 連合国にはいなかったからな……。
クマは手近にあった木を引っかいた。バキィッ、と音を立てて、へし折れる木。
なんつー、パワー。いや、そのあたりの木に比べて細かったとはいえ、例えばお相撲さんが張り手でどうこうできるようなものでもなかったのだが。
クマは、折れた木を掴むと、もう片方の手でチョップ入れるように引っかき、適当な大きさにすると、その木を手に持った。なるほど、棍棒ベアね。
先ほどから吠えている召喚狼の声で気が立っていたのかもしれない。クラブベアは、のそのそとこちらへやってくる。クマは狼を恐れない。
「力勝負だと、やばそうだな」
「あのパワーに対抗できる人間なんているのかね?」
ベルさんはのん気なものだった。まあ、俺も別にビビッてはいないが。
背中を見せたら、おそらく走って追ってくる。クマはあの図体ながら走ると人間などよりも遙かに速い。とはいえ、四足で、という条件があるが。果たして、棍棒もってはそこまで速く走れないと思うのだが、どうだろうか。
が、パワーについては、先ほど木を一撃でなぎ倒したところを見れば、もし引っかかれようものなら、首が飛ぶ。金属鎧ですら、切り裂いてしまうのではないか。
ではどうするか? いや、言いなおす。どう仕留めようかね。
クラブベアが迫る。普通の戦士なら逃げたほうがいいのかもしれないが……いいだろう。相手をしてやる。
俺は、魔道士の杖を刀を構えるように持つと、すっと意識を集中する。軽く振り上げ、上段の構え。ドシドシとその重そうな体躯に見合わない足の速さを発揮して突進してくるクラブベア。
ふっ――
俺は息を止め、杖を振り下ろした。大上段からの一閃。それは見えない刃となり、迫り来るクラブべアの体を頭から真っ二つに引き裂いた。
風系上位の攻撃魔法。かまいたち。
真空の一撃は、見えない凶器。相手はそれに気づいた時にはすでに斬られた後である。




