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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第20話、侮られるFランク


 薬屋ディチーナを出た後、俺とベルさんは、冒険者ギルドへ向かった。


 今日も今日とて平常運転、特に何かあるわけでもく、冒険者たちがいる中、俺たちは依頼を探すべく掲示板の前へ。


「おい、ジン。ワイバーンの討伐依頼があるぞ」


 ベルさんが掲示板を見上げる。

 ――ワイバーンが一頭、王都方面へ向かっているとの情報が入った。これを討伐した者には、2万ゲルドの賞金を出す。


「なあ、ベルさん。こいつ、昨日のアレか?」

「たぶんそれだと思うぞ」


 いま掲示板に並んでる依頼の中では、おそらくトップの報酬ではなかろうか。そしてそのワイバーンはすでに討伐済みだ。ワイバーンの爪や革を回収したから、討伐の証拠としてギルドに提出できる。

 2万ゲルド、もらった! ――思わず手を伸ばしかけた俺だが、そこで止まった。依頼ランクが目に入ったのだ。


 Bランク……!


 俺はFランク。受けられるのはFか、ひとつ上のEランクの依頼まで。ぬぉおおぉっ! 受けられないじゃねーか!


 思わず頭を抱える。くそぅ。自分の正体+能力を隠すために新規作成した弊害へいがいが……。かといってSランクのランクプレートなんて見せた日には、安穏とした生活をおくるというささやかな望みをドブに捨てるに等しい愚行。


 涙を飲んで見送ろう。……よくよく考えれば、Fランクがワイバーン狩りました、なんて言ったら、それこそ勘ぐられるか。


「さて、ランクに見合う依頼探そうじゃないか」


 後ろ髪を引かれつつ、依頼探し、なのだが。


「……ろくなの残ってないな」


 知ってた。

 Fランクが受けられる依頼というのは、他の下級ランクの冒険者たちも狙っており、争奪戦が繰り広げられる。


 ランクの高い依頼は、上位ランカーが受けるものだが、それら上位者に比べると、下級ランクの冒険者のほうが圧倒的に多いわけで、重役出勤などしようものなら、実入りのよさそうな依頼はあらかた取られてしまう。


 冒険者とは、様々な依頼を果たし日銭を稼ぐ者である。内容によっては地位や名誉を得て、騎士や貴族になる者もいる。誰でも登録でき、実力と運次第で一攫千金や称号を得られるが、それには相当の実力と少々の運が必要だ。


 ただの思いつきや世間知らずが冒険者になっても早死にするだけである。なので、野心がある者、冒険を心から望む者を除けば、定職につける者がわざわざつく職業ではないというのがもっぱらだ。


 そのため金持ちの道楽でなければ、下級ランクの冒険者というのは自らの生活が掛かっているから、必死なのである。


 そう考えると、俺はのんびりしてるもんだ。かつての実績にあぐらをかいている、などと言われてもおかしくない。のんびり過ごしたい、というのはある意味、すでに果たされているのかもしれんな。


 一から出直ししている身なれば、気持ちを切り替え……る必要も今のところない。魔石を売ったおかげで、ひと月は余裕でやっていける。切迫はしていないが、ただ安穏としていればヤバいのは間違いない。


 まあ、仕事自体はあるんだ。何も掲示板に並んでいるものが依頼のすべてではない。

 苦労の割に実入りが少ない仕事とかあるにはあるし、依頼でなくてもモンスターを狩って獲得した素材や戦利品をギルドなどに売ることで依頼の報酬こそもらえないだけで、収入はあるしな。


 掲示板の依頼がしょっぱい以上、どうせしょっぱい依頼を受けるならギルド側が処理してほしい依頼に当たるほうがいいだろう。

 冒険者だけでなくギルドもまた、依頼の未処理が増えるのを嫌がるものだ。全体の依頼受注数が減少するからだ。ギルドは依頼の仲介料をとっている以上、依頼はたくさんあるほうが望ましいのだ。


 窓口へ行く俺とベルさん。今回は、前回のマロンさんは他の冒険者を受け付けていたので、別の受付嬢に。


「こんにちは」

「……どうも。ご用件は?」


 ずいぶんそっけないお嬢さんのようだ。二十代半ば。黒髪に白い肌。見た目は悪くないが、目つきがややキツめ。


 依頼をいくつか見繕ってほしいと言ったら、字が読めない人ですか、と淡々と言われた。……あー、よかった、掲示板あるからそっちからもってこいと言われなくて。何かそんなことを言いそうなほど、そっけないお嬢さんである。ひょっとして不真面目さんに当たってしまったか?


「Fランクですか……安い仕事しかないですよ」

「だろうね」


 いい仕事はもう持っていかれているだろうから。俺とベルさんが顔を見合わせて苦笑していると、受付嬢は難しい顔をして書類とにらめっこしていた。


「えーと、あなた魔法使いですよね。駆け出し魔法使いでもできる仕事って……うーん」


 何だか悩んでいらっしゃるようだった。


「いっそ、他の冒険者とパーティー組んだほうが早くないですか? 魔法使いなら、駆け出しでも一緒に行きたいって冒険者いるでしょ」


 何だか投げやりな調子で言われた。どうも俺の力量を測れないために、どんな依頼を紹介すればいいか決めかねたのだろう。 


「ソロで仕事したいんだけどね」


 困っているようなので、とりあえず受けられる依頼見せてもらう。受けるかどうかはそこで選ぶから、と言えば、彼女はカウンターに依頼の紙を適当に広げ始めた。

 狼退治。熊退治。スケルトン討伐。荷物運び。薬草採集。毒草採集。……ホーンラビットの角狩り?


「これは?」

「……あー、何か工芸品の材料にするってやつですね。飾りとかにするんじゃないですか? 知らないですけど」


 はっきり言う娘だなぁ。

 薬草採集と毒草採集は違うところからの依頼だが報酬額が安すぎる。たぶんギルドに依頼の仲介料取られているから、手取りが少ないんだろうな。これ直接業者に持っていたほうが金になるかも。

苦労の割りに見合わない仕事ってやつだ。パンが二個買える程度の報酬のために近場の森に数時間から半日かけるってどうなのよ……。


 それなら危険だが熊退治を選ぶほうが、まだよさそうだ。……クラブベアというのは、こちらで初めて聞く名前の熊だが、比較的低ランクだから、さほどのことはあるまい。


「グレイウルフ討伐か……一頭当たり仕留めれば金貨1枚か」


 Fランクでも受けられる依頼の中では破格の報酬だ。以前、ベルさんとも話したが、熊などと違って、家畜を襲う狼は積極的に狩ってほしい獣ということで、報酬が高めに設定される傾向にある。

 フッ、と受付嬢が鼻で笑った。


「狼狩りは、狩人ならともかく魔法使いには荷が重いと思いますよ。実際、もっと高いランクの冒険者でも狼相手には難儀していますし」

「理由はわかるよ。狼は賢いし、足が速い。弓を持つハンターやアーチャーならともかく、近接戦主体の戦士だと、たとえCやDランクでも追いつけない」

「わかってるじゃないですか」


 小馬鹿にしたように言われた。だが同時に、一頭に金貨1枚出る報酬がまだ選べる理由にも納得はできる。

 よしよし、それでは。


「じゃあ、このグレイウルフ狩りと、スケルトン討伐、ついでに薬草採集と毒草採集、クラブベア討伐、ホーンラビットのやつ受ける」

「は?」


 受付嬢は固まった。こいついきなり何言ってるの、と言わんばかりの目を向けてくる。


「あの、いきなりそんなたくさんの依頼を受けるのは……」

「え? 駄目だった?」


 俺はカウンターに肘を突きつつ、真顔で言った。ここの冒険者ギルドって、複数の同時に依頼を受けるのは禁止なのか……?


「いや、駄目じゃないですけど……。あなたは駆け出しのFランクですよね? いきなり複数の依頼を受けても、こなせないんじゃないんですか?」

「大丈夫だよ。問題ない」


 はぁ、と受付嬢はあからさまなため息をついた。


「こういうこと、あまり言いたくないですけど、身の程ってのをわきまえたほうがいいですよ。冒険者になりたての新人によくある傾向ですけど、自分はできると思い込んで威勢よく受けたはいいけど、実際ひとつも依頼果たせなくて逃げ帰る人だっています。……いや、それはまだマシなほうで、命を落としてそれっきりって人もいる」

「そりゃあそうでしょ。冒険者ってのは命の危機と隣り合わせだもの」


 俺は、何言ってるんだこの人って目で見つめ返す。


「なに、心配してくれてるの?」


 狼とか熊退治に行くから。そう言ったら、彼女は露骨に顔をしかめた。


「依頼を受けられても失敗されたら、ギルドにも迷惑がかかるってことです!」


 心配してくれたら可愛げもあったのに。俺は肩をすくめる。受付嬢は席を振り返る。


「すみません、ラスィアさん! ちょっと来てもらっていいですか?」


 カウンター奥の、ギルド職員たちのデスク。そこにいた褐色肌の長身美女が呼ばれてやってくる。


 艶やかな黒髪、真紅の瞳を持つ美女。俺の心臓がドクリと跳ねる。

 見惚れるほどの美人だ。そして髪の間から尖った耳が覗く。……エルフ、いや肌の色からしてダークエルフだ。

 黒いギルド制服をまとう彼女は、他の制服に比べても飾り具が目立ち、それなりの役職の人物なのは一目瞭然だった。


「どうしました、トゥルペさん?」


 涼やかな声。ラスィアと呼ばれた美女は、受付嬢――トゥルペに声をかけた。


「その、このFランク魔法使いが、依頼を複数同時に受けようとしてまして」

「あら、それは――」


 ラスィアはその赤い瞳を細めた。


「はじめまして、当冒険者ギルド副ギルド長をしているラスィアと申します。少し、よろしいかしら……?」


 是非もなし、だ。俺は頷いた。

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