第190話、シルバープレート
終わってみれば、何ともあっけないものだった。俺は、もう少しアーリィーたちが苦労するかと思ったのだが、案外そうでもなかった。
勘定してみれば、集団の半数以上をアーリィーたちで倒していて、途中で上位冒険者が加わったものの、それ以前の戦いぶりを見れば、充分な働きだったと言える。
ヴォード氏も「昇格に問題ない。むしろ充分すぎる」と太鼓判を押していた。
何より、疲れただとか、ちょっと身体の一部が痛いとか、痺れたとか言っているが、全員が怪我ひとつなかった。
ゴブリン集落で戦利品回収と、その遺体の処理を行う。……今回のゴブリン、割と装備品がよかった。
ゴブリン・ロードはミスリル製のメイスを持っていたが、これはおそらく人間の冒険者あたりから倒して手に入れたか、盗んだ、または拾ったといったところだろう。
狼などの動物の頭蓋骨を利用した兜、骨を使った鎧に、レザーアーマーと思しきツギハギだらけの服、鉄や木の盾。鉄製の剣に斧、槍、弓矢などなど……。
さらに集落からは、人間の集落や旅人から奪ったと思われる日用品や小道具、金品を回収した。ゴブリンがお金を使うことはないのだが、宝石などを含めて、キラキラしたものを集めておく習性でもあるのだろう。
正直、持ち主などわかるわけもなく、返却のしようもないのだが、ヴォード氏は「お前たちで好きにすればいい」と冒険者の基本権利――戦利品の所有権を委ねた。
魔法装甲車に乗って、王都へ戻る。
「いやはや、実際に大したものだ」
ヴォード氏は、アーリィー、サキリス、マルカスを見回して言った。
「最近の魔法騎士学生は優秀なんだな」
視線を、その魔法騎士学校の教官であるユナに向ければ、プラチナブロンドの髪を持つ高位魔術師は、淡々と答えた。
「この三人は、最上級学年でも五指に入る実力者だから」
暗に他の学生は大したことない、と言っている。だが褒められた三人は、まんざらでもないようにはにかんでいる。王都でも英雄として知られるヴォード氏から絶賛されれば、照れもするだろう。
「中々のものだった。ゴブリンの集団を前に微塵も揺るがない胆力、実力。おまけに魔法の使い方もよかった。……Dランクといわず、Cランクでも充分資格があると思う」
「光栄です」
マルカスが背筋を伸ばせば、サキリスも頷いた。ヴォード氏は、視線を武具へと向けた。
「それに装備もいいな。武器や防具も、そこらの一般に出回っているものより数段上だ。これはどこかの武具工房のオリジナルなのかな?」
「それは、ジンの作ったものですよ。このハンマーも盾も、鎧も」
マルカスが口もとに笑みを浮かべる。運転中の俺は、ちらとミラーで後ろの様子を見やる。ヴォード氏はにんまりとした。
「ほう、ジン・トキトモが」
アーリィーはちら、と心配げな表情を浮かべた。俺が想像魔法による合成で武具を作ることを、はたして言ってもよかったのだろうかと不安になったのだろう。
ヴォード氏は豪快に笑うと、自身の竜殺剣に手を伸ばした。
「なるほど。本当に底が知れないな、彼は。もしかしてジンから聞いているかもしれないが、おれも彼の力には世話になった。エンシェントドラゴンとの戦いだ。……あの時、おれはこの大剣を古代竜に折られてしまった。それを修繕したのは、ジン・トキトモ……彼だ」
何だか武勇伝を語りだしたヴォード氏。古代竜退治の詳細は、マルカスやサキリスの好奇心を刺激するに充分で、車両後部ではその話題で盛り上がっていた。
「……何だか背中がむず痒いな」
後ろから聞こえる声に、俺は背中をシートにこすり合わせた。専用席のベルさんは皮肉げにニヤつく。
「おう、褒められてるぞ。もっと嬉しそうな顔をしろよ」
「居心地悪くなるから、やめろよ」
「なに照れてるんだよ、ジン。……まあ、運転中でよかったな」
本当だよ。俺も後ろで話し合いに加わっていたら、褒め殺しにされてたんじゃなかろうか。
・ ・ ・
王都外の、秘密通路入り口を経由して青獅子寮地下へ帰還。とはいえ、ヴォード氏にそこがどこか教えるつもりはないので、ポータルを使って冒険者ギルドへ。
ラスィアさんが待っていた。ヴォード氏から、ゴブリン集団掃討の顛末を聞いた彼女は、予想外の大仕事に「ご苦労様でした」と労いの言葉をくれた。
アーリィー、サキリス、マルカスをDランクへのランクアップ手続きが行われ、三人はブロンズプレートを卒業。シルバープレートを受け取った。
「ちなみに、今回の試験依頼の達成ですが」
ダークエルフの副ギルド長は事務的に言った。
「ユナにも確認しますが、評価ポイントがかなり付くと思われますので、Cランクへの昇格もさほど時間がかからないと思います」
ユナにも、というのは、ヴォード氏だけの証言だけでなく、多角的な状況把握と正確な評価をしたいという意味なんだろうな、と思う。
なにはともあれ、Dランク冒険者になったということは、ひとつ上のCランクの依頼を受注できるということ。
いやまあ、俺がBランクだから、俺が代表して受ければいいんだけど、そろそろ学生たちで仕事を受けてもいいんじゃないかな、とも思うわけで。
状況報告の詳細と報告書を作るとのことで、ユナが冒険者ギルドへ残り、それ以外の面々は俺と一緒に魔法騎士学校へと戻った。
今日はよく動いたと思うので、皆もよく休んで欲しい。美味しいものを食べて、風呂に入って――治癒効果を湯に含ませたヒーリング風呂にする細工をして、ゆったり。
とか休みながら、俺の思考は、次の創作武具のことを考えていたりする。
アーリィーが使うエアバレット――そろそろ、より強力な新型を作ってもいい頃合だと思う。よく考えれば、他の面々の武器は、性能はともかくとして新しいが、彼女の武器だけ、俺が前に作ったお古だからな。
風弾の威力不足が気になっていたのも事実だが、今日の戦いでチャージショット(仮)なんて見せられたから、余計に創作意欲に火がついてしまったんだよね……。
・ ・ ・
冒険者ギルドの裏手にある会員制の酒場。
そこに、ギルド長ヴォード。副ギルド長のラスィアに、魔法科教官のユナの三人がいた。時間はすでに夜遅く。他にも上級冒険者の客がいたが、それらとは離れたボックス席で、かつてパーティーを組んでいた面々が酒を飲んでいる。
「ユナ坊も、すっかり大人になったんだなぁ……」
感慨深そうにヴォードが言えば、いつもは淡々としているユナが、心持ち眉をひそめた。
「そのユナ坊というのはやめて」
「だってお前、おれたちがパーティーを組んでたのは、もう五年も前だぞ。一緒だったのは七年だったから――」
「ユナが十一の時でしたね」
ラスィアが目を閉じ、他人事のように言った。当時、天才魔法少女なんて呼ばれていたのが、ユナである。
「歳の話はいいじゃないですか」
ラスィアは言うのである。ダークエルフである彼女は、見た目は若いが実年齢については伏せている。それはヴォードはもちろん、ユナでさえ知らない。古い付き合いの人間が年齢のことを持ち出すのを、ラスィアは好きではない。
「それで、三人で飲もうというのは、いったいどういう了見ですか?」
「え、馴染みの面々が揃ったら、一緒に飲みに行ったりするもんだろう?」
「そうなの?」
ユナがとぼけた調子で言う。ラスィアとユナは時々、一緒に飲んでいるが、ヴォードは、ユナと顔をあわせる機会がほとんどなかったので、付き合いもご無沙汰だった。
「私はてっきり、お師匠の話かと」
「私も、この集まりはジン君のことかと思っていたのですが?」
二人の美女が言うのである。ヴォードはため息をついた。
「はいはい、二人ともお見通しなわけだな。じゃあ、本題と行こう。ジン・トキトモについて話し合おうじゃないか」




