第1897話、対応の後で
シーパング同盟艦隊は、第9戦艦戦隊の全滅を受けて、すでに動いていた。
敵側に兵器を鹵獲される可能性が大なる場合、後処理部隊を出して、残骸もろとも吹き飛ばす――というのを考えていた。
一応、備えていたわけだ。相手は地底シェイプシフター。敵に成長の材料は極力与えないようにする処置を。
とはいえ、本当に必要になった時、迅速に動けるのかは別問題である。また、どれだけ急いでも間に合わないこともある。
俺が聞いたところでは、後処理部隊が魔導放射砲による掃射とエクスプロージョン爆弾による空爆を仕掛け、地表のシェイプシフター群を一掃したという。
が、ある程度の戦艦の残骸は消滅させられたらしいが、全てを処理できたかは確信が持てないというのが同盟軍側の答え。
また空爆過程で、敵シェイプシフター航空部隊が迎撃してきており、空中戦の末、数機の爆撃機を失う結果になったという。
ミイラ取りがミイラになるじゃないんだ。判断ミスから、犠牲にならなくてもよかった人間まで命を散らすことになった。
これは、まだ地底シェイプシフター軍に対して真剣味が足りない同盟軍将兵にとってのよい警告になっただろう。
……人が死んでるんだ。『よい』警告も糞もないが。
「世の中、上手くいけないものだ」
ついボヤキが漏れる。家に帰ってホッとするところでこれは、よろしくない。
「あら、お帰りなさいませ」
「サキリス、ただいま」
玄関をくぐると、シェイプシフターメイドとサキリスがいた。
「どうでしたか、今日は?」
あっさりとした調子で仕事の話を聞いてきた。うん、まあ、ね――
「あまりよろしくないな」
地底シェイプシフター削りの段階だから、俺が直接仕切っているわけじゃないし、出番でもないけど、同盟軍の設立にかかわった人間としては、いい気分にはなれないな。
「顔に出ていたかな?」
俺はサキリスに尋ねる。あまりいい話ではないから帰って早々、仕事の話を持ち込むのはどうなんだとも思うが、俺を見て何かを察したか、憂鬱の理由をそれとなく引き出してくるサキリスには、ホッとするところがある。
昔の男は家で仕事の話をしない、愚痴らないのを美徳としていたらしいが、人間、重苦しい心境を吐き出したい時もあるものだ。ま、その出し方が下手くそ過ぎて、家庭内暴力に走ったり、八つ当たりとか最低なことをする人もいるわけだが。……俺はそんなことしないよ。
「あなたが玄関をくぐった時の角度」
サキリスはにこやかに、腕でその角度を再現してみせる。
「何か悪いことがあった日は、微妙に頭の角度が下を向いているんですよ」
「そうなのか?」
「微妙に、それとなく」
サキリスは、俺からマントを受け取ると居間へと促す。
「いつも見ていないとわからないくらい、ですかね」
「君は俺のことをよく見ているよ」
お礼がてらに軽く頬に口づけ。挨拶みたいなものだ。
「おとーさんだ!」
「よぅ、ユーリ。ただいま」
俺とアーリィーの息子であるユーリが勢いよくやってきたので、そのまま抱き上げる。また少し重くなったかな。
・ ・ ・
今夜はジャルジーは来なかったが、奥様のエクリーンさんと、ボルク、リーゲン、カリーンのジャルジー家の子供たちが夕食にきた。
子供たちは親戚の子たちと、ボードゲームをしたり、テレビを見たりして楽しんでいた。エクリーンさんも、アーリィーやサキリスらと奥様会をしていて、ちょっと俺は一人になった。
子供たちが遊んでいるのを見守る係というやつだ。さすがに全員を同時に見ることはできないが、一階の居間にいる子たちは監督する。
普段なら元気な子供たちというのは癒しではある。時に騒がしく、時に面倒も引き起こすが可愛いものだ。
彼、彼女らには自分たちの人生があって、子供の間は自分は世界の中心だって思っているものだ。周囲の世界を知らないというのもあるんだけど。
だから時々すごくわがままで、大人を困らせることもある。そしてそれは自分の都合であり……要するにこちらがどういう精神状態であるかわかっていない。
大人だってね、色々抱えていて、その日その日で感情も違う。家庭に仕事を引きずらないようにって、簡単に言うけどね。それを制するのは案外難しいものだ。人間、そんな器用にはできていない。
だからといって声を荒らげたり、暴力を振るうというのは以ての外だが……つい強い口調になったり怒鳴ったりは、何かの弾みで出るかもしれないからこれは怖い。
「おとーさん!」
甘えん坊のジュイエが抱きついてきた。おーよしよし――
子供の求めに応じる。そこでふと、俺は何をしているんだ、という気持ちが込み上げる。家族サービス、親子のふれ合い。これはとても大事なことなのに、仕事のことがよぎる。
――今日、昨日死んだ兵たちにも家族はいた。
家に帰れば、迎えてくれる家族がいたかもしれない。戦後のゴタゴタ、あるいはずっと前から独りという者もいる。家族を失った者もいるけど、大陸戦争が終わった直後、そういう独り身が相手を見つけて結婚というのは多くて、つまり――ちょうど俺のところの子たちと同じ年頃の子を持つ親が増えた。
……同盟軍の兵たちにも、以前から家庭を持っている者もいたが、戦後に家庭を持った者たちもまた多かったということだ。
そして伴侶や親を失った家庭が大勢出たんだ。考えたわけじゃない。頭の中に唐突に浮かんだ。俺は家族と居られる。だが、もう二度と妻や夫、あるいは子供たちと会うことができなくなった者たちもいる。
それがよぎってしまうと、俺はこれでいいのかと考えてしまう。以前はこれが戦争だと割り切ることはできた。俺が直接指揮していないところで死んだ兵たちのことまで責任を感じることはない、と言い聞かせて。
ただ、こう家族と接している時間が増えたことが余計なプレッシャー、いやストレスを感じさせることもある。
ふと、ジュイエの目が俺の目を見た。ほんの一瞬の緊張を感じてしまい、俺は表情に気をつけた。仕事のことで家族を心配させるわけにはいかない。子供は敏感だからね。
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