第189話、ゴブリン・スイープ
いやはやまったく――
俺は浮遊する単眼の寄越す視線で、アーリィーたちの様子を観察していた。
ゴブリン集団、およそ七十を相手に、アーリィーが考えた作戦はこうだ。
まず、アーリィーら学生冒険者たちが、ゴブリンの集落を襲撃する。近づいて先制の一撃を与えられるのが理想だが、仮に発見されても、こちらが少数と知れば向こうは大挙してやってくるのは変わらない。……もし戦力の小出しをするようなら、その時は各個撃破すればいい。
アーリィーたちは、ゴブリンの主力と交戦して敵の数を減らしつつ後退。ひきつけたところで、待機している俺たちがゴブリン集団の側面ないし後方を突き、攻撃。哀れゴブリンどもは袋のネズミとなり、その主力を失う。
大半を殲滅した後は、集落に残っている連中を掃除して終了……というのが作戦である。
悪くない。問題点を挙げるとすれば、アーリィーたちが、多数のゴブリン相手にした時、どこまで支えられるか、だろう。対応できる数ならいいのだが、彼女の予想を上回る能力、規模で攻められた場合……まあ、その時は、側面襲撃組が前に出るだけではあるのだが。……頼むから大事になるような怪我とかしてくれるなよ、と思うのだ。
戦いだから、早々楽ができるはずもなく、ゴブリンとて死力を尽くして向かってくる。無傷で済むとは思ってない。
最初に受けた説明では敵は二十体ほど、という話だったので、アーリィーたちでそれくらい倒せれば、上出来だろう。ゴブリンがどう戦力を振り分けるかにもよるのだが、うまくはまれば、その倍くらいはあの三人で倒せるのではないかと思っている。
『おう、ジン。はじまったみたいだぞ』
ベルさんの念話。俺とベルさんは右翼、ヴォード氏とユナが左翼に展開して、潜伏している。中央のアーリィーたちは、ゴブリンのいる集落に近づいていたが、どうやら気取らせたらしい。
集落から角笛の音が響き、ゴブリンたちが慌しくなる。そして先兵として1ダースほどのゴブリンが、武器を手に飛び出してきた。
『お手並み拝見だな』
12体程度なら問題はないだろう。アーリィーたちも接近するゴブリンに気づいている。
まずアーリィーが、自分たちに魔法を使った。周囲の低木の枝や草が不自然に揺れたのが見え、おそらく風の膜を作り出すエアロシールドだろう。
続いてアーリィーがエアバレットを構える。魔力を溜めて……おいおい、魔力の集中が通常のそれとは違うぞ。アーリィーめ、魔力をエアバレットの風のオーブではなく、自分のを直接振り向けたな。
その結果どうなるか。通常より魔力を溜めた風の一撃は、茂みを揺らし枝を吹き飛ばして、ゴブリン集団――それを三体ほど軽く跳ね飛ばした。例えるなら、チャージショット、というやつだ。
最近、エアバレットの威力不足を感じていたが、どうやらアーリィーは少し工夫してみたらしい。やるじゃないか。
前衛ゴブリンたちが慌てる。その間に、アーリィーはさらにチャージショットを放つ。弓持ちのゴブリンがようやく反撃に出るが、放たれた矢はエアロシールドによって逸らされる。
もともと小柄で体格はさほどではないゴブリンである。なかなか強弓の使い手はいない。アーリィーの張った風のシールドを貫くには、もっと距離を詰めなければ無理だろう。
アーリィーの風弾、そしてサキリスがライトニングを放ち、たちまち数をすり減らしたゴブリンが、前衛のマルカスの前に来た時には、すでに四体ほど。そのマルカスはサンダーシールドをかざし、新兵装のフロストハンマーをゴブリンに叩き込む。……四体程度では、マルカスの相手にすらならなかった。
ここまでは順調だ――高みの見物を決め込む俺は表情を引き締める。
『次からが、本番だぞ……!』
ゴブリン集落から増援、いや主力が出てくる。ぞろぞろと向かうゴブリンは三十以上。さらに後続も戦闘準備中。
――盾持ちが中央。軽装備のやつが両翼か……。
配置を見ながら、俺は、ゴブリン集団の戦法を推測する。正面から迎え撃つと、囲まれるやつだ。そして混戦となったら、奴らは平然と背後から叩きにくる。
「ブラオ」
アーリィーがスクワイア・ゴーレムを呼んだ。エアバレットを預け、自身は右手にライトニングソード、左手に魔石拳銃を握る。
「サキリス!」
前衛の金髪戦乙女が後退する。一方でマルカスはアーリィーの手前まで下がる。アーリィーがサキリスとポジションを入れ替えたように見える配置だ。
三十ものゴブリンが広く展開しながら壁のように迫る。小柄な小鬼の集団といえど、たった三人で防ぎぎれるようには、傍目には見えない。
「それでは、始めますわ! ……魔力の蔦、かの者どもの足を止めよ、アレストヴァイン!」
補助系の拘束魔法。本来は、相手に魔力の蔦が絡みつき、その動きを止めさせる。が、魔力の蔦を自在に操れるということは――
駆けるゴブリン、その足に魔法の蔦が引っかかった。木と木の間にぴんと張られた魔力の蔦がゴブリンたちの足をひっかけ、バタバタとその場で転倒させる。
本来一体ずつに使う拘束魔法も、工夫次第では拘束はできずとも足を絡めて複数を転倒させることができる。特にこんな木や草、茂みなどが多い森の中。しかも敵を前に突撃している者たちには効果覿面だ。
隊列が乱れたところに、マルカスとアーリィーが突撃した。
マルカスはフロストハンマーで起き上がりのゴブリンの頭を兜ごと吹き飛ばす。
アーリィーは軽武装のゴブリンたちへとエアブーツの加速で接近。ライトニングソードで手早くゴブリンを刺し、斬りながら、左手の魔石拳銃を近くの敵に叩き込む。利き腕ではない左手の射撃だが、近接戦の距離なら狙いをつけるでもなく当てられる。わずかな時間で数体を相手にし仕留めていった。
ゴブリンも態勢を立て直そうとする。起き上がり、鉄の大盾を構えるゴブリン。だがそこに迫るはマルカスのハンマー。
「鉄の盾だろうが――」
ガンとフロストハンマーが直撃。その瞬間、マルカスが手元のボタンを押し込むと霜竜の魔石が青白い冷気を発散、たちまち盾が凍りつき、次の瞬間、大盾を砕いた。
さらに回り込もうとしたゴブリンに、マルカスはサンダーシールドをぶつける。表面に電撃が走るそれに、たちまち感電するゴブリン。動きが止まったところでフロストハンマーが振り下ろされ、陥没した死体が築かれていく。
「敵の後ろ! 指揮官らしき奴!」
マルカスが叫ぶ。
半壊したゴブリンの集団の中に、一人だけ身なりがまともなゴブリンがいた。ミスリル製のメイスに、金属製の甲冑をまとうは、おそらくゴブリン・ロード。ここの隊長か、あるいは集団全体のボスかもしれない。
さらに後続のゴブリンどもが合流するかと思われたその時、左翼のヴォード氏、ユナのペアが戦場に参戦した。ユナのファイアボール乱舞で、増援十体が火に包まれ、ドラゴンブレイカーを振り回すヴォード氏が、ゴブリンの重装兵を一撃で両断していく。
……うーん、参戦するのがちょっと早くありませんかねぇ、ギルド長。まだ高みの見物中の俺とベルさんである。
『まあ、ピンチになるまで待つことはないしな』
ベルさんは、のん気な調子で言った。
『嬢ちゃんたちも、ノルマは果たしている』
『そうだな』
アーリィーたちは順調に戦闘を進めていた。ゴブリン・ロードと合流した増援に対し、どう戦いを見せるか興味深くはあるが、そろそろ手を貸す頃合だったかもしれない。
その間にも、アーリィーがゴブリン・ロードへ向かって距離を詰める。周りのゴブリンたちが、ロードを守ろうとするも、突然、その足に絡まる魔法の蔦。
「わたくしを忘れないでもらいたいものですわね!」
サキリスがアーリィーの後ろを追いながら、邪魔なゴブリンどもの足を取る。エアブーツでの跳躍で飛び上がると、フレイムスピアでゴブリンを貫き、炎噴射で無理やり槍を引き抜くと、次の標的に襲い掛かる。
アーリィーはゴブリン・ロードに挑み、剣で打ち込む。ゴブリン・ロードはメイスを振り、アーリィーの一撃を防いだが、直後、彼女の左手の魔石拳銃を至近距離から喰らうことになった。一騎討ちに見えたそれも、まさに秒殺で決着がついた。
俺とベルさんが戦場に踏み込んだ時には、すでに残敵掃討のレベルだった。集落に残っていたゴブリンを含め、冒険者たちの猛攻で壊滅するのだった。
近隣の村々を襲ったゴブリン集団の最期だった。




