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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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19/1908

第17話、大空洞その2


「それじゃ、適当に行けるところまで行こうか」


 夢に見そうな大蜘蛛どもの巣を焼き払い、俺とベルさんは、ダンジョン『大空洞』の地下階層へと降りていった。


 初心者向けといわれる浅い階層。地下洞窟というには中は広い。通路といっていいのか、その高さと横幅はかなりのもので、改造できるなら宇宙船のドックになりそうと、場違いな想像をしてしまう。地球を守る秘密組織の地下秘密基地になりそう、なんて妄想できるような大きさ――大空洞とはよく言ったものだ。こういうの、男の子は大好きだろうなぁ。


 ここでのモンスターは、洞窟コウモリ、スライム、ゴブリン、スケルトンに出くわした。

 洞窟コウモリは吸血を狙って、バタバタと集団で襲い掛かってきた。


「……ファイアーウォール」


 群れて襲い掛かってくるコウモリは、初見ではさすがにビビるが、慌てず騒がず、炎の壁を自身とベルさんの周囲に展開。半径一メートル半に飛び込んできたコウモリたちは、たちまち焼きコウモリを通り越して炭になった。……うん、洞窟だからコウモリが来るのはわかってた。


 こういう時、魔法使いでよかったと思う。戦士とか近接系やアーチャーなどでは、こうは簡単にはいかない。動きは素早いし、何より集団で一斉に飛び掛ってくるから、対処も大変だろう。


 洞窟内に出現するスライムもまた、攻撃系魔法使いには雑魚だが、物理で殴る系のクラスでは面倒な相手だ。

 日本では某大作RPGの影響で、スライムは雑魚モンスターの風潮があり、創作物でもペットや下剋上マスコットの地位にあるが、実際のスライムはとてもおどろおどろしく、えげつなく、そして物理に強い。

 殴っても斬っても刺しても、ほぼダメージが与えられず、その身体に取り込まれたら力ではまずふりほどけない。上位種ともなると溶解液で金属さえ溶かす。


 動き自体はあまり素早くないから、逃げることは難しくない。だが擬態からの不意打ちで獲物に喰らいつくことが多いため、初心者は抵抗する間もなくエサになることもしばしばだ。

 戦士系、特に近接系は無駄に接近して逆に取り付かれるなんてこともある。


 だが、ことウィザードやマジシャンといった攻撃系魔法使いの『魔法』となると、スライムはたちまち雑魚へと転落する。物理耐性が高い反面、炎や電撃に対して驚くほど弱いのだ。


 これは実は魔法でなければならないこともないので、近接系の戦士諸君も、スライムに挑む時は、剣などの武器ではなく火のついた松明を振り回すとよろしい。……うん、そういう意味では、対処さえ間違えなければ雑魚モンスターで合ってはいるな。たまに火属性のスライムがいるので、その手の奴には効かないがな!


 ゴブリンは……状況による、としか言いようがない。単独行動しているような奴なら、よほどの素人でも頑張れば何となる程度であるが、複数いる場合が油断ならない。


 特に弓を持った奴と近接系がセットになっている場合は、確実に隙を狙ってくるので要注意だ。……まあ、戦い慣れしたベテランや上位職の冒険者なら、よほど数の差がない限りは大したことない。


 そして一番弱いのがスケルトンだ。基本的に群れることがない、というより純粋な生き物ではないので、連係とかそういう『考える』ということができない。


 対処法も、とにかく硬いもので殴るのが一番手っ取り早い。残留思念が魔力に反応して骸骨を動かしている(という説がある)らしいので、再生することもない。


 見た目で初見は怖いかもしれないが、とかく足や手を砕いて無力化すれば問題ない。動かなくなるまで骨を砕いていれば、棒をもった農夫でも倒せる。……まあ、面倒くさくなったら、俺は火魔法で燃やしたり、土魔法で潰すけどな。


 そんなこんなで、出てくるモンスターを払いのけながら進む俺とベルさんだが……ここまで戦利品になりそうなものがほとんどなかった。

 ゴブリンがたまに、拾い物なのか倒した人間から奪ったのかは知らないが、ちょっとした武器やアクセサリーを持ってたりするが、現状大した金にはなりそうになかった。



地下階層、おそらく第六階層に到達した。ここまでがいわゆる初心者ダンジョン。ここから先から出くわすモンスターのレベルが若干上がってくる。


「……明るいな」


 天井を見上げる。先ほどの階層より下にあるにもかかわらず、天井がやけに高い。というより、どでかい空洞エリアになっている。天井が明るいのは何故だろう。太陽の光ではないが……。


「魔石、いや魔水晶か」


 ベルさんが見上げながらそう言った。


 魔水晶。魔力を含んだ鉱石で、その名のとおり水晶のようにやや透明。これが長い年月をかけて魔力を溜め込んで魔石となる。このダンジョン内の魔力を受けて、魔水晶が光っているのがこの明るさの原因のようだった。


 とりあえず、このフロアでは明かりはいらないな。回廊上の通路を進む。端から下を覗きこむと、網の目のように無数の回廊があって底が見えなかった。いま歩いている回廊も段々下へと降りていくが、途中に分岐点がいくつもあるので、空洞内の行き先がここで分かれるようである。


「でかいダンジョンだな、ここは」


 思わず出る。最下層では溶岩流れる場所になっているというのも、相当規模が大きいことを暗に物語っている。どこまで深いのやら……。


「おい、ジン」


 ベルさんが首を動かした。視線の先に、冒険者と思しき四人パーティーが回廊の反対側から上がってくる。……戦士三、魔法使い一というところか。


「よう。……お前、一人か?」


 あちらさんの一人が声をかけてきた。俺が頷くと、別の戦士が歪な笑みを浮かべた。


「ここはブロンズ付けてるような新人が一人で来るところじゃないぜ?」


 俺が下げているランクプレートを素早く見取ったのだろう。


「警告はしたからな」


 そう言うと、冒険者たちは去っていった。ご忠告どうも。俺は肩をすくめると先に進んだ。



 分岐点なので、とりあえずいくつか覗いてみることにした。



 地下なのにやたらと植物が活性化しているフロア。

 魔力を多量に含んだ草花の中には有用な薬草がある一方、強力な毒草も存在する。ひょっとしたら、かのマンドレイクもありそうではあるが、それ以前にやたら多いのが肉食系の植物ども。


 一定範囲に入ると、蔦を伸ばして捕まえようとしたり、びっしり歯の生えた頭を伸ばして噛みついてきたりと、すでに初心者には危ない領域である。

 他にも巨大な芋虫やハチ型のモンスターが出てきて、俺は早々に退散した。……あの焼き払った大蜘蛛たちをここにまとめて落としたら、どうなるのっと。



 氷結フロア。なんで、ここは凍っているんですか。

 大空洞内の気候は、不自然を通り越して滅茶苦茶である。いまでこそ天然ダンジョンだが、ひょっとして昔は人工ダンジョンとして、魔法使いやら悪魔とかが作ったものかもしれない。


「寒い……」


 吐く息が白かった。さすがに雪はないが、床や壁が凍り付いている。だがよく見てみると氷に混じって魔水晶の姿もちらほらと。同時に、水晶に擬態している虫?も。


「クリスタルスコーピオンの討伐依頼みたけど、それってこのあたりにいるのね」


 ベルさんが地下に広がる広大な氷と水晶の空間を見渡しながら言った。


「さながら水晶の森だな」



 さらに別のフロア。今度は何か建物のよう中のような。マジで人工ダンジョンだったか。そう思っていたら、どうも違うようだ。かなり古い時代の遺跡のような……ところどころ朽ちていてまさに廃墟。

 このあたりは冒険者も来ているらしく、宝箱を見つけたが空っぽだった。


 モンスターはスライムやスケルトン、ゴブリンのほかに、二足歩行の肉食恐竜型の小型竜が徘徊していた。ヴェロキラプトルじみた姿で、実際、その脚力により足が速く、見つけられたらあっという間に距離を詰められる。ゴブリンが喰われているのを他所に、俺はそっと立ち去った。



 話に聞いていた溶岩が流れている階層にまでは行かなかったが、帰りは徒歩のために、適当に切り上げた。


 ポータルを設置しなかったのは、実際に歩いてみて疲労度を測りつつ、行きと違う景色を見せる帰りの道中も脳裏に入れておくためだ。DCロッドでマップはわかるが、地図を使わずにどこを歩いているか覚えるのである。


 世の中、何が起こるかわからない。マップが使えない状況でダンジョンを彷徨うことも充分に考えられるのだから。

あまりうまみのない序盤のモンスターたち。


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