第186話、ランクアップ試験
俺たちは学校と冒険者の二足のわらじを履く日々を送っていた。
冒険者ギルドの細々とした依頼を果たしつつ、アーリィーたち三人の冒険者ランクをEに上げる。学校に通いながらの活動なので、日を跨ぐような依頼は受けられないが、個々の実力については霜竜を退治できるほどの腕前だから、昇格に問題はない。
初級の依頼なので、俺はリーダー役を三人に交代でやらせて、判断力や指示の経験も積ませた。
俺は俺で、手に入れた素材を使って新しい武具やスクワイア・ゴーレム二号『グリューン』を製作したりした。
そんなある日、アーリィーの無事なる未来計画(仮)実行のための生贄こと、大魔術師フォリー・マントゥルの消息を捜索しているヨウ君から手紙がきた。
「――マントゥルは研究の拠点を点々としており、足取りを追跡中。生存について、新たな情報はなし……か」
俺がヨウ君のよこした手紙を、ベルさんに渡す。机の上に置かれたそれを、ベルさんは覗き込んだ。
「死んでるんだろうけど、早く見つかって欲しいねぇ」
エマン王との謀りごと。アーリィーの性別を明らかにして、正式かつ穏便に王位継承権を次席に移らせる策。その実行のためにも――
どうせ死んでるんだから、マントゥルの名前を語る偽者をでっち上げてもいいのだが、もし、万が一にも生きていたりすると厄介だ。
何せ、今回の騒動では、マントゥルの名は一躍、世間に轟くことになるだろう。そこに本物がしゃしゃり出てくるようなことになれば、面倒この上ない。
ヨウ君には、引き続き、マントゥルの調査を行ってもらうとして、こちらはアーリィーを守りつつ、無難に過ごそう。彼女を放り出して、遠出するわけにもいかないのでね。
さて、我ら翡翠騎士団は、今日は冒険者ギルドへと赴いた。学生三人組がEランクに昇格して日が浅いが、次のDランクへの昇格を目指すためだ。
「緊張するね……」
アーリィーの笑みは、どこかぎこちない。試験ともなれば、緊張もするだろう。リラーックス……。
ここで、冒険者ランクについて少し説明しよう。
実力、評価によって上はS、下はFまである冒険者ランクであるが、依頼の達成などでポイントが溜まっていく。このポイントが一定のラインを超えると、ギルドから昇格が可能になったことが知らされる。
その時点で、多くの冒険者はランクアップを選ぶのだが、当人の意思により昇格を保留することができる。
ランクアップしたほうがより難度が高く、報酬もよい依頼を受けることができる。だが、上がりすぎると国などからの強制依頼に引っかかりやすくなるというデメリットも存在する。偉い人に関わることを嫌う人間は、一定以上のランクアップを避ける。……俺みたいな奴のことだ。
まあ、名をあげたいサキリスに、卒業後を見据えているマルカスにとっては、ランクが上がって困ることはないだろう。むしろ望むところである。
アーリィーは……無理してランクを上げる必要はないと思うのだが、どうだろうか。いずれ王になるというのであれば、若かりし頃の武勇伝のひとつとして華を添えられる。が、彼女は王にならないつもりだしな……。
ランクアップの話に戻ろう。ふつうは依頼の達成、その評価でランクを上げるのだが、これとは別に手っ取り早く昇格する方法がある。
冒険者ギルドの職員やギルド公認の上位冒険者に、実力を見てもらい、評価されることだ。そこでランクアップに見合う資格があると認められればいい。
もっとも多かったのが、上位冒険者と模擬戦をして勝つというもの。戦闘力を見るには大変わかりやすい方法だ。ただ、一部で、この方法に批判的な意見もあったりする。単に強いだけでランクアップさせていいのか、という意見だ。
そこでもう一つの方法が設けられたのだが、それはギルド職員やギルド公認冒険者が、ランク対象者の依頼に同行し、その能力を見定めるというものだ。実地試験というやつである。ちなみに試験となる依頼は、冒険者ギルド側が適当なのを選び出す。
結果的に、ポイントが溜まる前での早期昇格を目指す者は、以上二つの試験をこなすことで、ランクアップすることができる。
アーリィー、サキリス、マルカスは、それぞれDランク冒険者と、一対一の模擬戦をすることになった。
冒険者ギルド裏手にある、屋外訓練場――駆け出し冒険者の訓練や、武器の扱い講習、模擬戦などを行う場所で、昇格試験の模擬戦が行われた。
試験中は、ほかの冒険者たちもギャラリーとして観戦したりする。俺、ベルさん、ユナは、副ギルド長のラスィアさんと共に、ギャラリーに混じって三人の模擬戦を見守った。
なお、模擬戦には防御魔法がエンチャントされたペンダントを身に付ける。三分間の時間制限付きだが、大抵の攻撃を無効化する魔法具だ。
だから模擬戦といえど、得意武器で殴りあったり斬りあったりしても怪我はしない、という仕組みだ。三分間は大丈夫、だが逆に言えば、その三分以内に相手を倒さないと試験終了である。その時は審判員が勝者を判定する。
さて、その三人の戦いぶりであるが、まずトップバッターはマルカスだった。
対戦相手は犬耳の獣人の双剣使い。例によって基本に忠実なマルカスは盾を使って相手をいなしつつ、反撃を狙うスタイルだったが、相手も中々素早く、少々苦戦を強いられた。最終的には強引ながらシールドごと体当たりで相手を倒したマルカスが、メイスを叩き込んで勝利となった。
「獣人が相手で、びびったのかね……」
ベルさんが、そうコメントした。まあ、たぶん初めてだったんだろうな、獣人とは。
次の戦いは、サキリスだった。
こちらは盾と剣で武装した騎士タイプの男性冒険者が相手だった。槍を装備するサキリスはリーチに勝るが、相手は盾を上手く使ってサキリスの攻撃をかわし、隙あらばシールドバッシュを仕掛けてくる。
先ほどマルカスが同じ手で相手を倒している手前、サキリスも慎重になる。なお、防御魔法具によって状態異常攻撃はかなり減退されるため、得意のサンダーエンチャントは大して効果がなかった。
が、サキリスは手にした槍――フレイムスピアの炎噴射を使って相手の虚を突くことに成功。一気呵成に攻め掛かり、足を引っ掛け転倒させると、そのままフィニッシュ。
「武器に救われたな」
と、ベルさん。俺は首を横に振った。
「いや、サキリスなら、普通に勝てたと思うよ」
まあ、三分以内にケリがついたかと言えば怪しいが。ただ、三年間の学校での武術訓練の積み重ねは侮れない。何よりサキリスはアクティス魔法騎士学校の生徒としてはトップクラスだ。Dランク程度の相手なら互角以上に渡り合える。
三人目にして最後はアーリィー、もといヤーデさん。カメレオンコート、いつものようにフードを被っているので、王子様だとひと目でわかる者はいない。
対戦相手は、片手剣に盾を持つ剣士。見たところ軽戦士である。一方でアーリィーの手にはライトニングソード。どうやら飛び道具は使わないつもりらしい。……大丈夫かな?
そんな俺を見ることなく、ベルさんは言った。
「お前は心配性過ぎないか?」
そうだろうか? いや、そうかもしれない。
そうこうしているうちに、模擬戦が始まった。剣士は盾で前を固めつつ、剣で仕掛けてきた。鎧はレザーアーマーで、その動きは軽く、素早い。
だがアーリィーは、そのほとんどをかわし、時々剣で弾いて、まったく攻撃を寄せ付けなかった。……剣と盾で固めた相手というのは、騎士学校で充分に訓練してきたのだ。もっとも、実戦慣れしている冒険者のそれは、学生の剣よりも速かったが。
アーリィーが攻撃に転じたら、あっという間に決着がついた。彼女の剣は、もっと速かったのだ。……アーリィーって、あんな強者オーラ出してたっけか。ちょっと俺は驚いてしまった。魔法もありな模擬戦だったけど、そういえば魔法も使わなかったな。
「速いと行っても、ジンほどじゃないよ」
戻ってきたアーリィーは、俺に小さく笑みを投げかけた。勝ってホッとしているようでもある。
翡翠騎士団三名、三連勝――別に団体戦ではないのだが、ランクアップに向けて第一段階は合格といったところか。
次は、ギルド職員が依頼に同行する実戦依頼で認められれば、めでたくDランク昇格である。
「おう、ジン。待っていたぞ!」
そう朗らかな笑みを浮かべたのは、完全武装のギルドマスター、ヴォード氏だった。
……はい?




