第184話、王座の間で待つ者
転移魔法陣で、王座の間の前に到達。DCロッドのスキャンによると、中に魔物の反応がある上に、扉も赤く表示されていた。
「……ユナ、扉を吹き飛ばせ」
「はい、お師匠」
俺が投げやりな命令を出せば、ユナは蹂躙者の杖を掲げ、エクスプロージョンの魔法を放って、王座の間の扉――それに擬態していた黒スライムを塵に変えた。
王座の間へ侵入。前衛のベルさんを中心に、右にサキリス、左にマルカスが展開する。
俺とアーリィーが中央、後衛はユナとスクワイアのブラオ。
「気をつけろ。正面の敵、分離したぞ!」
魔物――例の黒スライムが複数、左右に広がる。俺たちを取り囲むような動きだ。10……いや1ダース以上が左右に展開している。さてさて、どう出る? ここは先制するも手か――
黒スライムたちが、ぶるぶると震えだした。分裂? いや、変身だ。黒スライムの身体が伸び上がり、人間サイズになったかと思うと。
「!?」
「そんな!?」
「なんですのっ!?」
アーリィー、マルカス、サキリスが同時に驚きの声をあげた。
スライムだったものは、あろうことか俺たちに化けたのだ。自分と同じ顔の人間が左右に二人ずついるという異常事態に動揺が広がる。
うん、まあ、こういうことは起こるかも、とは思ってたよ。最悪の想定の中にそれはある。
いやー、俺やベルさんに化けた個体がいるってのは何とも言えないな。こいつらの強さもオリジナルほどあったら、目も当てられないんだけど。ま、たぶん、それはないだろう。
とか思ってる間に、俺たちに化けた偽物連中が武器を手に突撃してきた。姿はもちろん、装備の再現も完璧だ。……故に乱戦になったら、もうどれが本物か見分けがつかない。
「ど、どうすればいいんだ、ジン!?」
マルカスは盾を構え、襲撃に備える。アーリィーもサンダーバレットを構えたが、撃たない。自分や仲間たちと同じ顔で迫られているのに、とっさに引き金が引けないのかもしれない。
「動くな!」
俺は皆に聞こえるよう叫んだ。光の障壁、全周囲展開。俺たち全員のまわりを見えない障壁が囲む。突進してきた偽物たちの武器が障壁にぶつかり、音を立てる。アーリィーに化けた個体はサンダーバレットを撃つ。……おお、ちゃんと電撃弾を撃ってる。再現度高いなぁおい。
ユナに化けた個体は炎の魔法を打ち込んでくるが、これも障壁が弾いている。マルカスやサキリス、ベルさんに化けた個体は武器を叩き込むが、障壁は完全にそれを阻止している。
……ふう、どうやら、ベルさんの本気までコピーしたわけではなさそうだな。ユナの魔法にしても、本物はもう少し威力が高い。
「ジン?」
そう心配そうな顔をするな、アーリィー。入り乱れない限りは、障壁の外にいる奴らは全部偽物だってわかってるから。……逆に言うと、混ざったら完全にアウトだった。
さてさて、連中が障壁の外でもたついている間に、掃除しましょうかね。範囲指定――吹き荒れろ、ファイアストームッ!
光の障壁の外を紅蓮の火柱が吹き上がる。それはたちまち周囲を囲む偽者たちを炎の中に飲み込んだ。
自分たちと同じ姿をした者が焼かれ、消し炭になる、というのは、考えるとあまり愉快なものとは言えないな。幸い、炎の渦に飲まれたせいで、その姿はすぐに見えなくなったが。
ファイアストームが消えた時、偽物たちの姿はどこにもなかった。2ダースほどいたそれらは、もともと火に弱いという特徴が残っていたのか塵も残さず消滅したのだ。
さて、残るは――
王座の間の奥に一体、大型の黒スライムが残っている。それはぶるぶると身体を震わせ、姿を変えた。
ゴーレム、いや巨大ながら人型のそれは、巨人族――ジャイアントやギガースといった感じの魔物に変化した。全身は黒い。だが発達した筋肉は、比類なきパワーを秘め、さらに厚い肉はそのまま防御にも役立ちそうなスタイルだ。
完全に肉弾メインな姿の敵である。
どうしたものか。たぶん、こいつの黒スライムの変化体なら、炎に弱いと思われる。奴がのそのそやってくる間に、エクスプロージョンでフッ飛ばせばそれでケリがつくだろう。……果たして、それでいいのか。
サキリスやマルカス、アーリィーの経験の肥やしにしてもいいのではないか? ……ヤバいようなら、手を出せばいいか。よし――
「さて、皆。いい感じにボスのお出ましだ。俺は支援するから、お前たちで倒してくれ」
「おい、本気か?」
マルカスが表情を引きつらせた。
「あいつ、体格ではかなり上なんだが……」
確かにフロストドラゴンよりは大きい。一歩を踏み出すたびにズシンと床が震動した。
「つまり、真正面から殴り合ったら盾を持っていても危ないってことだ。上手く戦えよ。弱点はわかってるだろう?」
「弱点……ええ!」
「炎だね!」
サキリス、アーリィーが頷いた。
フレイムスピアを手に、サキリスは構える。やや表情が硬いが、それでも小さく笑みが浮かんでいる。おそらく何とかできる、とある程度公算が立ったのだろう。
アーリィーは右手にサンダーバレット、左手に電撃の盾を持ち、一歩を踏み出した。
「ボクが突っ込むから、マルカス、サキリスは敵の側面をついて!」
「はい! ……って、アーリィー様!?」
驚いたのはサキリスばかりでなく、俺もだった。盾を手にアーリィーはエアブーツの加速を使って、一気に前進した。
てっきり、前衛組を掩護すると思っていたのに、男装のお姫様はまさか最前線を突っ走る。これに虚を突かれたマルカスとサキリスも慌てて追走する。
取り残される俺たち。ベルさんが俺を見た。
「おい、いいのか、ジン?」
「掩護できる態勢は整えておいてくれよ」
俺の言葉に、ユナも頷く。
「殿下に何かあったら、大変ですからね」
「そういうことだ」
黒の巨人は、拳を振りかぶり、先頭のアーリィーへと殴りかかる。……これだけ大振りだと、俺はかわせるけど、アーリィーは大丈夫か? めっちゃハラハラしてるんだけど!
アーリィーは跳んだ。エアブーツの跳躍で、彼女の身体は巨人の拳を飛び越えた。空を斬った拳、その風圧が飛んできて、直撃したら一撃でおしまいなのがわかる。
飛び上がったアーリィーは巨人の顔に、電撃弾を連続で叩き込んだ。さすがに顔面に電撃弾が当たれば、黒の巨人も怯む。そこへ、サキリスとマルカスが左右から回り込む。
「ファイア・エンチャント!」
マルカスはメイスに火の属性を付加する。
「くぅらえええええっ!」
「いただきましたわッ!」
左右からの挟撃。黒の巨人は、その巨体に見合わず、あっさりと膝をついた。炎が苦手という黒スライム同様の弱点がそのままだったのは疑いようがなかった。
アーリィー、サキリス、マルカスによって立て続けに攻められ、巨人はやがて倒れた。アーリィーはライトニングソードを抜いて近接戦までやる始末だった。……俺、これまで過保護だったのかなぁ、と思った。
「倒した!」
三人が晴れ晴れとした表情を浮かべるのを微笑ましく思う一方、ユナが、いまだ動いていた巨人の一部をファイアボールで燃やした。
「最後まで油断しないことです」
非常に教官らしいコメントであった。これにはルーキーたち三人も苦笑である。




