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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第183話、謎の黒スライム


 黒スライムの加速は異常だ。這っている生き物にはあるまじき移動速度と、またその動き方が異様だった。

 地面を這うというより身体を伸ばして蹴っているような、跳ねるような、とも少し違う。自らの身体が引きちぎれるでのはないかというほどの激しさ。異様な早回しの映像を見ているような気味の悪さがあった。


 だいぶ相手に余裕が出てきたのか、皆の対応が慣れてきた。不気味ではあるが黒スライムも危なげなく退けている。


 だが、不安は的中した。

 ベルさんが飛ばしたハエによる偵察は、サキリスが見たと言う人影を発見した。だがそれは人ではなかった。獣人でも亜人でもなく、まして妖精族でもなかった。


 黒スライムだった。


 このスライムは変身能力を有している。不定形な身体を自在に変えて、他のモノに見た目を変えることができるようだった。

 同時に、この黒スライムは獲物に向かって突進するだけの魔物ではないことがわかった。姿を変えた個体が、他の個体と結びついたり、また分離したり。小型に分離した個体が他の個体のもとへ移動したり、城のほうへと向かったりと、明らかに集団のうちの一体を思わす行動を取っているのだ。


「ひょっとしたら……」


 ベルさんは唸る。


「こいつら、ガーゴイルと同じで、ここの守護を担う魔法生物かもしれない」


 闇雲に突撃してくる個体がいる一方で、後ろで動き回っている個体もいる。表向きバラバラに見える行動の裏で、組織だったものが見え隠れする。


「どういうことですの?」


 サキリスが前を行きながら問うた。周囲を警戒しつつ、街の中央である城を目指して俺たちは進んでいる。


「要するにだ、前衛をぶつけて俺たちを観察してるってことだ」


 替えのきく下っ端を突っ込ませて、こちらの戦闘能力を見る。下っ端で片付くならそれでよし。手に負えないなら、こちらの戦術や行動をみて、後続に伝える。


「おそらく、連中はどんどん手強くなるだろうな。数で攻めたり、予想外の位置から狙ってきたり」

「厄介だね」


 アーリィーが建物の屋根の上などを警戒しながら言った。


「でも、さっき見た人型に化けていたのは何でだろう?」

「オレ様たちの行動を見ていたんだろうよ」


 ベルさんは前衛組の中央を進む。


「こんな人のいない遺跡じみた町で人を見たら、どういう反応をするかをよ。そちらに気をとられるか、あるいは無視するのか――」

「もしくは、こちらの分断を狙ったのかもしれませんね」


 ユナは後方に気を配る。


「誰かいたからと、好奇心を抑えきれずに単独で追うような人間を誘い出して、罠にかけるパターンかも」

「あるいは、俺たちを城から遠ざけたかったのかもな……」


 俺は正面に見えてきた城、その大門を見やる。高さは五メートルほどか。しかし扉は開け放たれていて、入るのに障害はない。

 城自体は外壁が橋と同じく特殊な表面加工がなされており、古くから存在していると思われるのに、さほど朽ちていない。尖塔の数、配置は整っていて、いかにも城といわんばかりだが、外壁の加工ゆえかかすかに近未来的な建物に見えなくもない。中央にある塔が一番大きく、王などが住んでいる城なら天守閣はそこだろう。


「気に入らないな」


 マルカスは鼻を鳴らした。


「あの黒いスライムどもは、どの程度の思考能力なのか。人間並みか? それとも、集団を形成する虫や動物程度の頭はあるのか」

「少なくとも、普通のスライムよりは頭がよさそうだ」


 俺の軽口に、ベルさんとマルカスは笑った。

 門へと差し掛かる。黒スライムどもの待ち伏せを警戒――していたら、スライムではなくガーゴイルが複数でお出迎え。……まあ、そうだよな。橋にもガーゴイルがいたんだ。この城のような建物にも当然、いてもおかしくない。


 ガーゴイルたちは、一見すると翼の生えた獅子のような猛獣だ。けれどもその表面は堅めで、特に静止した時の防御力は岩を殴っているような強度になる。こうなるとまさに歯が立たないのだが、動いている時は柔軟性と引き換えに防御力が落ちる。

 それに気をつけていれば、対処は難しくない。なにせ、俺たちは新人でさえ、フロストドラゴンを倒せる程度の力量を持っているのだから。


 若干、そのスピードにマルカスたちは翻弄されていたが、ベルさんが要になることで、ガーゴイルを掃討した。


 城内に入る。カーペットの類はないが、敷き詰められた石のパネルが色分けされているために、黒とピンクの二色で床が分かれていた。壁や床の黒は、外壁や橋と同じ色。一階正面の大フロアは吹き抜けとなっていて、上層階から吊り下げられているのは魔石灯のシャンデリア。……この城の主――それが黒スライムを統率する本体だか、あるいは魔法生物だかは知らないが、いるとすれば中央塔の最上階か、はたまた別のフロアか。


 俺は再度、DCロッドで城内を走査、構造を確認する。その間に黒スライムと、騎士の甲冑をまとったゴーレムが襲ってきたが、他の面々が退治した。


 怪しいのは王座の間だが……やっぱここだよなぁ。それっぽい長方形の部屋を拡大、その構造を確かめる。奥にいかにも王座が置かれていそうな階段状の小さな台座。大型と思われる赤い反応は魔物だろうが、こいつがここの親玉的な存在か。まあ、行ってみればわかるだろう。


 俺は目的地に目星をつける。翡翠騎士団、前進。


 だが、さほど時間が経たないうちに面倒に気づいた。

 マップを確認して気づいたのだが、罠と思しきフロアが多い。王座の間へ向かうまでに、いくつも部屋を進むのだが、どう見ても落とし穴にしか見えない罠や、フロアの床と天井が魔物の反応で埋め尽くされた部屋があった。

 前者についてはマップを確認しながら落とし穴を細工しておけば問題ない。後者はおそらく黒スライムが床や天井に擬態していて、入ったら途端に襲われるというものだと推測できる。


 対応は可能だが、より面倒と感じたのは、途中で通路が途切れてしまっている箇所だ。普通に進んだのでは王座の間へと行けない。よくよく確認すれば、どうやら仕掛けがあって、それを解けば通路が繋がる仕組みのようだ。


 いちいち解いていってもいいのだが、それは詰まるところ、例の黒スライムにこちらの手の内を明かすことに他ならない。罠部屋を抜ければ抜けるほど、こちらについて学習するというわけだ。


 変身能力、分断……なりすまし。

 最悪の展開を考えるなら、あの黒スライムに、人間に化ける能力があった場合だろう。

 俺たちの誰かに化けることができたとして、もし何かの弾みでパーティーが分断された時、合流したそいつが変身した黒スライムだったとしたら?


 声や性格をどこまで正確に再現できるかわからない。そもそも、人間に化けられるかまだわからないからな。ただ、もし可能だった場合、ちんたら罠解除や敵を排除するのは、連中に化けるに必要な情報を与えるだけかもしれないのだ。

 それがなければ、ゆっくり罠を解除したり、仕掛けを解いていきたいのだが……。


「どうしたの、ジン?」


 考え込んでいる俺を心配したのか、アーリィーが声をかけてきた。俺はDCロッドを握り込んだ。


「ショートカットしよう」


 この城内は俺の持つDCロッドがダンジョンテリトリー化している。そうであるなら向こうの思惑通りに動いてやる必要はない。この城の主は、すでに俺でもあるのだ。

 転移魔法陣を王座の間の前の通路に設置。俺たちのそばに入り口の魔法陣を置いて、一気に跳躍することにした。

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