第180話、地下水道の新発見
「久しぶりだね、冒険者くん。見ないうちに、ずいぶんと活躍しているようだね」
王都守備隊所属のポワン兵長は、俺のことを覚えていた。
口ひげを生やした四十代くらいの兵長殿は、以前、王都地下のスライム駆除の依頼で、俺に同行した観測兵だった。
「俺のことを知っていました?」
「いや、君の身なりがさ。前に会った時は駆け出しの格好だったから」
「なるほど」
初心者装備だったものな。今はちょっとおめかししている。竜鱗の服は変わらないが、エルフのマントはやめた。先日のジャイアントスパイダーで手に入れた糸を使ったものに変えている。
「今日は人数が多いね」
俺とベルさんの他に、ユナを含めた翡翠騎士団フルメンバーである。例によって、アーリィーは王子だとバレないように深々とフードを被っている。
地下水道へ向かうための鉄の扉を開け、ポワン兵長と照明と雑用係を兼ねる若い兵二人と共に、俺たちは王都地下水道への階段を下りる。
雑用の二人――ビッグスとポーキンズというらしい――がランプで真っ暗な地下水道を照らす中、俺は翡翠騎士団の面々を見やる。
「先導はマルカスとサキリス。ユナは後方警戒。アーリ……ヤーデは俺と真ん中で掩護」
思わずアーリィーの名前を口走るところだった。王国の兵士たちの前でそれはマズイ。冒険者で登録した偽名であるヤーデで呼ぶ。……まだちょっと慣れない。
さて、前回は俺が魔法でスライムを蹴散らし荒稼ぎしたのだが、今回はマルカスとサキリスの二人に頑張ってもらうつもりである。スライムは物理耐性が強いので、新武装、新魔法をどんどん使わせる。
具体的には、マルカスは魔法のファイア・エンチャント。サキリスはフレイムスピアだ。
火に弱いスライムである。物理攻撃に対して耐えているように見えて、高熱を発する武器が触れると、ナイフを入れるようにその体が裂ける。特にサキリスは、スライムの体に軽く槍の穂先を入れると、熱を吹き込みあっという間に燃やしてしまった。
「訓練にもなりませんわ」
単純作業過ぎて、サキリスはぼやいた。ただ刺せば、ほぼそれで終わりである。観測兵としてスライムのキル数を記録しているポワン兵長も苦笑いである。
正直、俺もベルさんも暇だった。
だからというわけではないのだが、地下水道内でわずかながら休憩をとっている間に、俺はDCロッドを使って、地下水道の地図を作成する。
走査開始。魔力が地下水道内を駆け巡る。以前、魔法装甲車用に、地下をスキャンしたが、南側に限定したし、水道と当たらない位置を探したので、本格的な確認はこれが初めてとなる。
……実はポワン兵長が、地下水道の地図を持っているのだが、少ししか見せてくれなかったんだよな。まあ、人の作った地図より、自分で作ったもののほうがいいっていう冒険者的思考もあるけど。
走査に結構時間がかかったのは、本当に地下水道が広いからなんだろうな。
「おーい、ジン君。そろそろ出発するぞ」
ポワン兵長が、離れて地図作成していた俺に声をかけてきた。
再出発。あまりに後衛組が暇だったので、俺はアーリィーもといヤーデにも以前作った仮称ファイアロッド一型を貸して、彼女にもスライム駆除をやらせてみた。やや長めの杖のような形をした火炎放射器は、言ってみれば槍のようでもある。
スライム相手ではホデルバボサ団の連中に貸した時にすでにその能力が実証されていたので、ヤーデも苦もなく粘液の塊のような魔物を消し炭に変えていった。
なお、そのファイアロッド一型にポワン兵長が興味を持ったことを付け加えておく。これがあれば、わざわざ魔法使いや冒険者を雇わなくても、自分たちでスライム駆除ができるのではないか――それに感づいたようだった。
・ ・ ・
依頼を終え、今回もスライム駆除で荒稼ぎさせてもらい、俺たちは帰還した。
もうしばらくは王都地下でスライムが増えすぎることはないだろうとポワン兵長は言っていた。今度はネズミが増えるんじゃないかと突っ込んだら、増えすぎたスライムを減らしただけだから、問題ないと言っていた。
冒険者ギルドで依頼の達成を報告した後、青獅子寮に戻った俺は、作成した地下水道の地図を眺める。
青獅子寮の地下から王都南口までのデゼルト専用通路を作ったわけだが、他の場所へ抜ける通路も作れないかを検討するためである。
ベルさんと広大な地下水道の地図を見ながら、自分たちが歩いたルートと、そうでない道をなぞっていく。
「やはり、まだ回っていない場所があるな」
俺が言えば、ベルさんは鼻を鳴らした。
「一日で回りきれる距離じゃねえってことだな。……だがジン。オイラは気になってるんだが」
「ああ、俺もだ」
王都地下水道の中央寄り、やや西側に行ったところにぽっかりと穴が開いている場所があった。深さを変えた二枚目の地図を広げる。最初の地図を第一階層とつけるなら、二枚目は第二階層になるだろう。
第一階層にあった穴が、第二階層ではより大きくなっている。おそらくはドーム型になっているために、下の階層のほうが空洞が大きいのだと思われる。もしもう一階層下の地図を作成していたなら、さらに穴が大きくなっているのではないか。
「この空洞、なんだと思う?」
「さあな、見当もつかんよ」
ベルさんは首を振った。
「また、何かヤバイものが眠っているんじゃないだろうね……」
「ドラゴンの巣穴とか?」
古代竜エンシェントドラゴンと戦ったのは記憶に新しい。ドラゴンとは言わないまでも、地下に巨大な魔物が眠っていたりする可能性が、まったくないわけではない。
「ただの穴だといいんだけどな」
ベルさんは地図の上をトコトコ歩いて、その空洞のそばに座った。
「近くに通っている水道とも繋がっていない。ただここは――」
黒猫は前足で、空洞と、そのそばを走る通路に触れた。
「壁一枚があるだけだ。……何かのはずみで壊れたりしたら、この空洞と通路が繋がる」
大きな地震でも起きない限り、それはないだろうが……。
「どうする? この程度なら、自力でこじ開けて、調べられそうだけどよ」
ベルさんは俺を見上げた。
見てみぬふりをするのか、調べるのか。……世の中には触れてはいけないものってものもあるが、かといって放置するのも気持ち悪い。何かあって、それを放っておいたがために災厄が起きないとも限らないのだ。
「……行って、みるか?」
俺が呟くように言えば、ベルさんはニヤリと笑った。
「そうこなくちゃな、相棒」




