第16話、大空洞
そのダンジョンは、王都より南に行ったところにある。森林を越えた先にあり小高い山に、ぽっかりと穴を開けていた。
大空洞。
亀裂のように入った大きな空洞は長く、そして深くまで続いている。
複数の階層から構成されているこの洞窟は、その浅い階層では出現する魔獣が比較的弱いため、初心者向けダンジョンなどと呼ばれている。
だが中途から、このダンジョンは様変わりする。底知れぬ深さのある空洞まで来るとモンスターの質が変わり、細長い回廊が網の目のように無数に走り分岐する。
そしてさらに下の階層に潜ると、強力なモンスターが出没するようになり、一気に上級者ダンジョンへと変わる。最下層と思われるあたりまで行くと、溶岩が流れる地獄のような空洞に行き当たるらしい。そこでは炎の巨人を見た、などという噂が流れている……。
というのが、俺が冒険者ギルドの受付嬢から聞いた話である。
ベルさんの変身能力で空を飛んできた俺は、さっそく大空洞へ足を踏み入れた。
入り口の洞窟はかなり広く、馬車が横に並んでも同時に入れるくらい大きかった。何だか昔映画で見た秘密基地の入り口みたい。
ごつごつした岩肌が露出する洞窟内。入り口が広いために外の光がある程度照らしているものの、奥は真っ暗だ。洞窟探索の基本として、明かりは必須だ。
「トーチ」
俺の持つ杖の先端から指向性の光が漏れる。周囲全体を照らすこともできるが、懐中電灯よろしく一方向に強い光で照らすのが好みである。
「……話を聞いたところによると、天然系ダンジョンっぽいな」
「だな。見たところ、ふつーの洞窟に見える」
ベルさんが同意する。
ダンジョン、と一言で言うが、実際のところ、その種類は豊富かつ雑多だ。天然の洞窟のようなものがあれば、古の魔王や魔法使いが作った拠点を兼ねた人工的ダンジョンもある。
天然系のダンジョンは、地形的に魔力が集まりやすい場所にあり、その豊富な魔力に引き寄せられる形で魔獣を含む獣や他の動植物が集まり、ひとつの生態系を形成する。人工的なダンジョンは悪意ある罠があるものだが、こうした天然モノダンジョンではそういうものはあまりない。
……それならただの洞窟じゃないか、と思われるかもしれない。実際、ただの洞窟なのだが、魔物が棲みついているならダンジョン、とこの世界の人は言うので、ダンジョンなのだろう。あまり気にしてはいけない。
「入り口だけでこれだけ広いと、案外、横穴とか見落としそうだな」
魔力震動、放射――索敵。放った魔力震動の反射具合で、周囲の地形や物体を感知する魔法である。
「ん? ……んん?」
地形が結構でこぼこしているらしく、魔力震動の反射が読み取りづらい。……とりあえず、人や魔獣がいないのは確認できたが。
仕方ない。……ちょっとズルしよう。
俺はカバンからDCロッドを取り出す。ベルさんが口を開いた。
「ジン?」
「なに、ちょっとこの大空洞のマッピングをDCロッドにやらせようと思ってね」
DCロッドの石突の部分を地面に突き刺した。赤い宝石――コアが淡い光を発する。この大空洞内を自らのダンジョン化しようと大地の魔力を通じて、走査しているのだ。
ダンジョンコアは、自らのテリトリーであるダンジョンを制御下に置く。そしてコアを操る者をダンジョンマスターというのだが、マスターは制御下のコアを使って、ダンジョンをある程度『クリエイト』できるようになる。……なるのだが、のべつ幕なしにできるわけでなく、創造ないし改造には、それ相応の魔力が必要になる。
とりあえず、この大空洞の構造さえわかればいいので、俺はDCロッドが走査を終えたら、さっさと杖を抜いて終わりにするつもりだ。拠点は欲しいが、この大空洞にするつもりは今のところない。それに大きいダンジョンは制御下に置いても管理めんどいし。
「……お」
終わったようだ。俺はDCロッドを地面から引き抜く。……マスター権限、マップ表示。
DCロッドの魔石部分が光り、ホログラフよろしく大空洞内の地形と構造が現れる。
「……思ってたより深いし、デカいな」
幾層にも階層があるのはわかるが、途中の階層で道がかなり枝分かれしており、迷路のように入り組み複雑になっている。
「おいおい、ジン。これ下で途切れてないか?」
ベルさんが指摘する。かなり深い大空洞だが、最下層かと思っていた部分は、走査できておらず切れていた。考えられるのは……。
「何か別のダンジョンがあって干渉したか、あるいは、この切れ目から下に巨大な穴が開いているか」
大空洞のさらに大空洞が最下層にあるのかもしれない。
「この天然ダンジョン、ひょっとしたら、スゲェとこに繋がってるんじゃね?」
最初のダンジョンと思っていたら、実はラストダンジョンでした、ってか? いやまあ、別にそこまで探査する必要性を今は感じないが。余裕ができたら、行ってもいいかもしれない。
「当面は、そこまで潜る必要はないだろうな。それよりも、だ」
俺は天井部を見上げる。
「下ばかりだと思っていたら、この上にも階層があるぞ……」
ベルさんも見上げた。
「このダンジョン、入り口は山の麓に開いてるからなぁ。確かに、上に何かあってもおかしくないな」
「ここ、結構見落としてるんじゃないかな」
マップを頼りに、俺とベルさんは、その上へ通じる穴のもとへと歩く。
「さっきのサーチでも見つからなかったし……って、ここのはずだけど……見えるか?」
「んー……。お、アレじゃね? あの岩のでっぱりの裏」
「あー。こりゃ見つかり難いわ」
DCロッドのマップでわかっていても、視認しづらい位置取りに穴が開いている。これを見つけるのは、よほど運がよくないと無理だ。
「仮に見つけてもよ、梯子もないんじゃ、登れないぜ?」
この入り口のある階層は元より天井が高い。ロープを投げて引っ掛けるなんて所業もまず無理。となれば、魔法使いが『浮遊』の魔法を使うか、何か登るための魔法道具に頼るくらいだろう。
ま、俺はその魔法使いだがね。
「じゃあ、上へ行ってみるか」
俺は『浮遊』の魔法を使って体を浮かせる。ベルさんは、と見れば、いつの間にか俺の肩に乗っていた。この猫、その気になれば飛行形態に変身できるので自力で飛べるのだが……まあ、いいか。
俺とベルさんは、上の階層に登る。オークスタッフを掲げ、トーチにて照らせば。
「おうふ……」
思わず声に出た。
大きな蜘蛛の巣だらけでした。そしてコウモリ連中がひっかかっていて、体長一メートルを超える大蜘蛛が糸で繭を作っておりましたとさ……。グロい、やばい、気持ち悪い。
俺は穴に戻り、頭だけ出して杖を掲げた。
「エクスプロージョン!!!」
大爆発が、大蜘蛛ひしめく階層通路を焼き尽くした。当然ながら俺は爆発の寸前に頭を引っ込め、さらに念のため下の階層へ退避した。
・ ・ ・
上部階層の探索の結果、無数の魔水晶が群生しているのを発見した。
これは魔力が豊富な土地の特徴であり、長い年月をかけるとこれらの魔水晶は魔石へと変化する。魔力を多量に含んだ魔石となれば、魔法道具の材料、触媒として活用でき、また売ればお金になる。
いわば、未来の大金鉱と言える。もっとも自然に任せたら十数年、数十年、百年単位の話であるが。……魔水晶を魔石へと合成進化させる方法がなくもないので、いま採って利用することも可能ではあるが。
さて、ここで即物的な成果として、大蜘蛛の体内にて生成されていた魔石(小)を十七個ほど手に入れた。つまり大爆発で吹き飛ばした一メートル超える大蜘蛛が、あのフロアにそれだけひしめいていたというわけ。……想像したら気持ち悪くなってきた。
魔力の多い土壌で育った生き物は、その身に魔石を宿し、魔法と同等の力を発揮することがある。これがいわゆる魔物、魔獣の類であるが、あの大蜘蛛もそうだったということだ。……しかし、紫色の魔石か。そういえば、なくはないけどあまり見ない色だな。
まだ上の階層があったのだが、今回はここまでにした。
というより、メイン探索は地下へと降りていくつもりで、上は寄り道のようなもの。あと、ちょっと今は蜘蛛を見たくない心境だったので、本来の予定である地下階層へと戻ったのである。
「エクスプロージョン!」(め〇みん的ノリで)




