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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第15話、風呂に入る魔術師と猫


「まずは生活費を稼ぐことだ」


 宿屋『岩』の二階の部屋。俺は革のカバン(ストレージ)から木製のタライを取り出す。


「このヴェリラルド王国が住み心地がよさそうなら、定住も視野に入れる。目指せ、夢のマイホーム生活」


 縮小の魔法をかけてあるタライを元のサイズに戻す。直径一メートル半にもなるジャンボサイズのタライを床に……おっと、その前に床に敷物を置いておかないと。俺は壁に巨大タライを立てかけ、DCロッドを出すと、床にスライムベッドと同種のスライム床を作り出して軽く覆っていく。


「なあ、ジンよ。マイホームってことは、ここで家を買うのか?」

「んー、どうしようかねぇ」


 スライム床を設置。……よし、水防対策ばっちり。


「DCロッドがあるから、どこかの適当な穴とか洞窟を利用すれば、金をかけずに拠点は作れるぞ?」

「ベルさん、俺が欲しいのは普通の家であってダンジョンじゃないんだよ」


 DCロッド――ダンジョンコアを杖にしたそれ。膨大な魔力を持ち、放っておいても大気や地面から魔力を吸収して力を蓄える。


 ベルさんの言うとおり、どこか適当な洞窟にでも設置すれば、その一帯はダンジョン化することができる。

 そうなれば、ダンジョンコアの所有者たる俺は、ダンジョンマスターであり、まさに一国一城の主が如く、自由にダンジョンをクリエイトできるのだ。

 ……あ、ちなみにこのダンジョンコアは、俺の英雄時代にとあるダンジョンを攻略した際に手に入れたものだ。


「まあ、この前、大魔法でコアの魔力もほとんど使っちまったからなぁ。しばらくは魔力回復しないと大きなことには使えないけど」


 勝手に魔力を周囲の環境から吸収するので、急がなければそのうち回復する。


「とはいえ、確かに家を買うとなると、相当お金が必要だろうし。やっぱダンジョンコアを中心に、それっぽく拠点でっち上げたほうが楽なんだよな」


 ただその場合、王都に拠点を置くのが難しいから、外に出て適当な候補地を探すところから始まるだろう。落ち着いたら探すか。


「ダンジョンコアで思い出した。ダンジョンコアほどではないにしろ、巨大な魔石が欲しいな」


 俺はスライム床の上に巨大タライを置いた。その様子を見ていたベルさんが口を開く。


「巨大な魔石って何に使うつもりだ?」

「魔法車をね、新しくしたい」

「そういえば、壊れたまんまだったな」


 俺は水魔法で、巨大タライに水を注いでいく。


「エンジンのコアに必要だ。ドラゴンが持ってるくらいの大魔石が欲しいね」

「ま、そういう大魔石持ちの上位ドラゴンとは滅多に当たらないけどな」

「そこなんだよね。別にダンジョンコアあるから、それを代わりに使ってもいいんだけどさ。何にせよ、乗り物があると便利だろう?」


 巨大タライに水を張ると、俺はカバンから火属性の魔石を取り出し、その表面をこすって魔力を解放させる。

 途端に火の魔石は熱を帯び始める。俺はそれをタライの中の水に放り込んだ。ぽちゃんと音を立て、水がタライの外に跳ねたがスライム床に当たり、宿の床には水がかからなかった。


 ベルさんが、片手、反対側の足で立ちながら、残る手と足を伸ばし始める。俺はローブマントをはずし、服を脱ぎ始める。


「まずはお金。次に拠点。余裕ができたら車、かな」

「当面はこの三つを目指すってこったな」


 ベルさんが着々と準備運動をこなし、俺はすっぽんぽんになると、タライの水に指を突っ込み……うん、いい塩梅にお湯になってる。湯の中の魔石に再度触れ、熱の放射を弱める。


「車については急がないから追々(おいおい)ね。……というわけで、明日からバリバリ働くぞー!」


 と言いながら、俺は巨大タライに足を踏み入れ、そして座り込む。湯気をくゆらせているお湯に浸かる。熱せられた湯が露出した肌を覆うようにかかり、ぽかぽかと全身が温かくなる。そう、お風呂だ。ベルさんも黒猫姿で、巨大タライの湯船にするっと入った。


「「ふぁぁー」」


 俺とベルさんの息が同時に漏れる。久しぶりのお風呂。生き返るー!


「俺、魔法使えてよかったー」


 このなんちゃって中世風世界、連合国をはじめとした西方諸国では、風呂は贅沢品だという。王侯貴族など一部のハイクラスしか馴染みがないらしい。一般に普及していないのはこの二年あまりで痛感している。


「昔は、風呂ってのはあまり好きでも嫌いでもなかったんだが――」


 ベルさんがタライにもたれながら、猫にあるまじき姿勢で湯船に浸かる。


「この歳になって、風呂のよさがわかったって言うな」

「え、ベルさん、いくつなんだよ?」


 笑いながら、お湯で顔をごしごし。旅の垢などで、このお湯もすぐに汚れてしまうが、それは仕方がない。

 俺たちは風呂を満喫し、英気を養った。



  ・  ・  ・



 翌日、俺とベルさんは、冒険者ギルドへと赴いた。


 入ってすぐの左側、依頼の紙が貼られた掲示板へと足を向ける。

 前回訪れた際は、ちら見であったが、今回も表面をなぞるように、あまり凝視はしない。討伐系、採集系などなど、ある程度の傾向ごとに貼り出される位置がまとまっていて、冒険者は自ら受けようとする依頼をある程度探しやすくなっていた。


「……『骸骨退治。スケルトンが出没する谷』」

「物騒だねぇ。教会にお願いすりゃよくね?」

「ゴーストならともかく、スケルトンは物理で対処できるからだろう」


 討伐系依頼を吟味中。


「『クラブベア出没につき、討伐依頼』」

「『グレイウルフ駆除依頼』なんてのもあるぞ」

「……狼は家畜を襲うからな」


 とりとめのない会話。


「『ブラッドスパイダーの糸採集』……これは討伐系扱いなのか?」

「あのクソデカ蜘蛛の糸だろ。倒さないと採れないだろう。それよりジン、上のほうを見てみろよ。クリスタルスコーピオンだってよ」

「『水晶サソリ』か……。このあたりはダンジョン系の依頼か」


 俺は顎に手を当てる。

 ダンジョン。RPGなどでは、モンスターが徘徊している迷宮や遺跡などを指すが、この世界でも大体そんな認識でいい。正確なところは、もう少し詳しい話が必要なのだが、一般人には少々厄介な、だが冒険者にとっては狩場であり、飯の種が多く転がっているのが、この手のダンジョンである。


「近くにダンジョンがあるなら、依頼を受ける前に下見しておくべきだな」


 掲示板を眺め、まだ見ぬ獣やモンスターのことを考えるより、王都を含めた周囲に地理やダンジョンの情報を集めたほうがいいだろう。どこに何がいて、出没する魔物の傾向などがわかれば、討伐系依頼にしろ空振りになる率は下げられる。

 情報収集は、冒険者の基本だよ。


「情報屋でも探すかい?」


 ベルさんが言った。この手のダンジョン情報やモンスターなどの情報を売っている者たちがいる。生粋の情報屋であったり、冒険者だったりするが、商売である以上、金がかかる。今はあまりお金に余裕がある身ではないんだがね……。


「うん、ちょっとお金がない」

「それ、駆け出し冒険者が情報を軽視して、ひとり寂しくおっ死ぬパターンじゃね?」

「辛らつだねぇ、ベルさん。まあ、正論過ぎて耳が痛いが」


 俺は苦笑い。


「でもまあ、初心者でも狩れるダンジョンなら、油断しなきゃ何とかなるだろ」

「何とかなるだろ、ってそれ、慢心したベテランが足すくわれておっ死ぬパターンじゃね?」

「ぐうの音もでねぇ」


 俺はそこで笑みを引っ込めた。


「普段から気をつけているが、いつも以上に気をつけるよ。……魔力の回復を優先する状態だから、正直油断する余裕もないし」

「だな」


 常人より魔力量の多い俺であるが、その回復量は凡人程度である。一晩寝たら魔力全回復する普通の人が羨ましい。


「とりあえず、ダンジョンの場所をギルドの人に当たってみるか」


 願わくば情報料を取られませんように。……いや、まあ取られてもいいが、信用できる情報かは大事だからね、ほんと。

正しい魔法の使い方(笑)


野郎のお風呂シーンなんて誰得だよ。なおプロット段階では娼婦のおねーさんとお風呂に入るお話があった模様(18禁のためカットされました)

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