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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第163話、装備を整えるのは基本


 冒険者ギルドの解体部門で、昨日倒したラプトル5頭分の解体部位を売却した。灰色ラプトルは比較的珍しい部類だったらしく、通常のラプトルより値がついた。その灰色ラプトルの魔石と毒袋も。


 解体部門のソンブルさんは、いつもの淡々とした調子ながら話を振ってきたので、適当に日常会話で返した。

 同行しているサキリスやマルカスを見て、「学生冒険者か」と呟くように言ったが、それ以外は特に言わなかった。ちなみにアーリィーも一緒にいるが、彼女はフードをかぶって素顔を見せないので、こちらも何も言われなかった。


 さて、俺たちの初ダンジョンの成果に得られたお金は、さっそく武器調達に用いられることになる。


 普通は、数回ダンジョンに潜った程度で、すぐに武具を揃えるというのは難しい。レアな素材を手に入れれば別だが、素材売買のお金や依頼達成の報酬は、生活費などにも回さないといけないからだ。それらを差っ引いて残った額で武具調達、というのが普通である。


 だが俺たち学生は、食費や生活雑費は学校負担なのでその分、他に充てることができるというメリットがあった。まあ、ある程度の力量がなければ、学生が冒険者をやっても命を落とすだけなのだがね。


 俺とアーリィーが見守る中、サキリスとマルカスはギルド二階の武具屋で、思い思いの武器を見てまわった。


「ミスリル製の武器はありませんの?」

「あるけど、高いよ、お嬢ちゃん」


 店主のおっさんが、サキリスに答えた。マルカスは、適当なメイスを手に取り、その握り心地や重さ、そして長さを確かめていた。


 メイスとは棍棒のように相手をぶん殴る武器ではあるが、そのヘッドの部分に球形や突起、ブレードなどが備えられている。これらの突起や特殊なヘッド構造が、棍棒に比べて高い破壊力をメイスに与える。金属製の鎧をまとった相手すら打ち砕くのだから凶悪な武器である。ある意味、重さも武器になるので、重い鉄製でも問題はさほどない。


「重さか……」

「どうしたんだい、ジン?」


 休憩用の椅子に座るアーリィーが聞いてきた。フードで隠しているとはいえ、ここでは男の子を意識しているようだった。ただ彼女の膝の上にはベルさんが寝そべっている。


「ほら、反省会でさ、装備が重いって二人とも言ってたでしょ?」

「そうだね」

「で、武器を変えるとなると、重量の配分が変わってくるだろ?」


 サキリスが槍を使うつもりだとすれば、今使っているミスリルの盾はちょっと都合が悪い。リーチを確保できる一方で、槍は基本的に両手持ちだからサイズが大きな盾は邪魔になる。


「盾をなしにするか、持つとしても小型の……バックラー程度まで抑えないと無理だろう」

「……なるほど」

「マルカスは……まあ、アイツは前衛をやる気満々だから、メイスひとつ増えたくらいどうってことないけど、防具はどこまで減らすつもりなのか、だな」

「ジンって、確か重量制御の補助魔法使えたよね?」


 アーリィーが指摘した。……ふふ、気づいてしまったか。


「それに魔法文字を刻んで魔法具を作ることもできるよね、ジン? 二人の鎧や装備に、魔法文字を刻んだりして、軽くするのってダメかな?」

「素晴らしい。名案だよ、アーリィー」


 俺がフードの上から頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細める彼女。


「だが、俺からそれは言えないな。できれば本人たちに気づいてほしいから」


 冒険者ギルドにいる冒険者たちを見て、と先日言ったのは、彼らがどういう格好をし、どういう装備を身に付けているか見てほしかったからだ。全身甲冑で固めた、ガチガチの者はいないのは、資金面で用意できないこともあるが、それがなくても、彼らはしたたかに生きている。

 実際、購入資金があっても、あえて軽い装備に留めている者も少なくない。


 例えばAランク冒険者のクローガは、鎧はレザーアーマーで軽さを重視している。もっとも、この革の鎧は、ちょっとしたレア素材を用いているので、並みの金属鎧より性能がいいということもあるが。


「経験者が教えるのも大事だけど、できれば当人たちが考えて、必要だ、と思ったことをまずさせてやりたいな、って思う。あれが必要、これが必要って言われても、当人が『何で?』って思ったら意味がないからね」


 もしマルカスやサキリスが、装備を軽量化できないかと相談してきたら、その答えのひとつとして魔法文字で軽くできるよ、と教えてやるつもりだ。二人がじっくり考えての末なら進歩も見込めるが、あまり考えもしないうちにポンポン楽させてやると、何かあった時に『ジンやユナ教官がいるから』と人任せになるようになる。それはよろしくない。


 まあ、二人ならそれほど心配することはないかもしれない。マルカスは武器に属性を付加するエンチャント系の有効性に目を付けたが、あれを俺任せにせず、自分で使えるようになれないか、と考えていた。サキリスにしても拘束系の魔法を――思い立った理由については目をつぶってやるとしても、自ら覚えようとしている点は非常に望ましい。


「ジン!」


 武具屋のほうから、俺を呼ぶマルカスの声がした。武器が決まったらしい。俺は席を立つと、アーリィーを見た。


「そういえば、君は何か装備が欲しいとかある?」

「うーん、本音を言うと盾が欲しいかなってあるけど……」


 アーリィーは照れたように口もとをゆがめた。


「ジンの魔法具があるから防御は大丈夫なんだけど、昨日、ラプトルと正面から対峙した時にね。ちょっと怖かったんだ。心理的に盾とかあればいいかなって。……臆病、だよね」


 自嘲するアーリィー。俺は首を横に振った。


「誰だって怖いよ。君は正常だ」


 しかし盾か。エアバレットを使ってる以上、大きな盾は妨げになるしな……。

 ちょっと考えてみるか。

 武具屋で槍とメイスを購入した。両方とも鉄製で値段も良心的。


「それで、サキリス。兜はどうするつもりだ?」

「それなんですけれどね……」


 サキリスは神妙な調子で、武具屋にある兜を眺めた。


「いちおう持ってますのよ、家のが。ただわたくし的にはデザインが不満ですし、ここにある兜はどうも……」


 お嬢様は見た目にこだわるらしい。マルカスが肩をすくめた。


「兜なんて、頭を守る防具なんだから、よほど視界が悪いのでなければ形なんて気にすることはないのに……」

「美意識の問題ですわ! クソダサな兜はお断りしましてよ」


 お嬢様がクソダサとか言わない……。とはいえ――


「確かにバケツをひっくり返したような兜は嫌だなぁ」


 俺が言えば「どんな形?」とアーリィーに聞かれたので、カバンから羊皮紙を出す。魔法で指先に黒インクをつけ、さらさらと描いてみせる。ファンタジー画は得意なんだ。適当な人型に、頭からバケツを被ったようなデザインの兜を被せて描いた。


「あー、これは、酷い……」


 言葉を失うアーリィーだが、マルカスは顎に手を当てる。


「こういうの、東の国の兵士が被ってたような……」

「……」


 サキリス? 無言になってしまった彼女を俺は見やる。


「い、いえ、何でもありませんわ!」


 ひょっとして、このクソダサバケツ兜被ってみたいとか思ったのか? こいつのセンスがわからん。


 まあ、いい。ついでに兜をちょちょいと描いてみる。……ファンタジー系の女性騎士というと、そういえばあまり兜とか被らないよな、ゲームとか漫画だと。

 カキカキ――


「こ、これは……!?」


 俺の画を眺めていたサキリスが声をあげた。……天使の羽根をつけてみたよ。イメージはそう、戦乙女、ヴァルキリーだ。


「勇壮、そして美しい……これ! この兜が欲しいッ!! どこに売ってますのっ!?」


 ……どこに売ってるんだろうね。

 描いた俺も悪いのだが、とりあえず、思いっきり顔を逸らしてやった。

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