第160話、それぞれの対処
ゴブリンスカウトを倒し、少し進んだ後、本隊であるゴブリン十体ほどと交戦した。
突っ込んでくるゴブリンたちは、前衛のサキリス、マルカスが苦もなく返り討ちにした。二人とも、魔法騎士生としては腕利きであり、その実力は一対一ならゴブリンなど簡単に葬れた。
アーリィーはエアバレットで、前衛の側面に回りこもうとするゴブリンを狙い撃つ。彼女には向かって右の敵、ユナには左の敵を撃つように割り振ることでスムーズに数を減らしていった。
俺とベルさんは様子見しているだけで、戦闘は終わった。……こんな低層で、苦戦するようでは先が思いやられるがね。
「一対一ならともかく、一度に複数を相手にすると、少し手間取るな……」
マルカスがそんなことを呟いた。怪我はしていない。上手く立ち回ったことに少し満足げではあったが……。ベルさんが俺のズボンの裾を引っ張った。
「おい、ジン、一言アドバイスしてやれよ」
アドバイス? マルカスが目を丸くした。
「何か、おれはやらかしたのか?」
「いや、君が何かやらかしたわけではないが。……ひとつ確認するがマルカス。付加魔法は使えるか?」
「身体能力や武器に属性をつけるあれか? 使える……というレベルじゃないな。少なくとも実戦では」
「サキリス、君は電撃を剣に付加できたな?」
「ええ、それが何かしら?」
「何故、それをしなかったんだ?」
俺が問うと、サキリスが首をかしげた。
「ゴブリン程度、電撃を付加しなくても余裕ですわよ?」
「ふむ。だが使っていれば、もっと早く決着がついたんじゃないかな?」
「それは……そうですけれど」
サキリスは口を尖らせた。
「魔力の温存ですわ!」
「なるほど、魔力の温存か」
俺が言えば、ベルさんも「魔力の温存」と繰り返した。
「これは前もって言わなかった俺のミスだな。えーとサキリス、マルカス、アーリィー。君たちは魔法を温存しなくていい。使える魔法を使える機会があったら、ドンドン使うように。そんで消耗したと感じたら、早めに申告してくれ」
「帰りのことは考えなくていいのか?」
「別に今回で目的の13階層まで行くつもりはない」
俺は腰に手を当てる。
「実戦でどの程度魔法を使えるのか、それが見たい。それがわからないと、どれくらい温存するべきなのかわからないだろう? 帰りの心配はしなくていい。俺とユナ、ベルさんで連れ帰るから」
「ある意味贅沢だぞ、お前ら」
ベルさんが言った。
「普通は帰りの分も考えてやれ、なんて言われるところだけどよ。オイラたちが帰りは楽させてやるんだから。死なない程度に派手にやれよ? こっちは責任をもっておうちまで帰してやるからな……ジンが」
「俺かよ! いや、まあ、そのつもりなんだけど。なあ、ユナ――」
俺が視線を向ければ、銀髪の巨乳魔法使いは、そっと顔を逸らしやがった。おい、俺一人に責任ぶん投げるつもりか、この女。
……だが残念だったな、教官殿。社会的見地から見た場合、教官が同行している以上、責任の比率はあなたのほうが高いのだよ。
探索再開。その後も、少数のコウモリだったり、スライムだったり、スケルトンだったりが現れた。
魔法使い組にとってスライムは雑魚だが、はたしてルーキーたちはどうなのか。
「スライムはたしか、炎に弱いんだったな。紅蓮の炎、我が指先より離れ、敵を焼き尽くせ! ファイアボールっ!」
マルカスが珍しく攻撃魔法を使った。そんなに付き合いが長いわけではないけど俺は初めて見た。
呪文は大層だが、魔法使いから見ると、悲しいくらいの火の玉が飛び出してスライムに命中。だが火が弱点のスライムは派手に燃え上がる。
「おおっ!? すごく効果的だな!」
「そうですわね。貴方のファイアボールでこれならば!」
サキリスが何気に毒を吐いたが、まあ魔法が効果的であることがはっきりわかっただろう。できれば剣で少し斬って、物理耐性の高さも経験してほしかったが。
まあ、スライムだってこの一匹だけじゃないだろうし、そのうち出くわすだろう。
少し進めば、今度は徘徊スケルトンの集団が出る場所での戦闘。
骸骨の集団は、基本的にノロマだ。マルカスやサキリスの剣でも、骨を斬るのは容易い。……容易いのだが。
「ちっ、頭や腕を飛ばしても、まだ動くのか!?」
「ライトニングでも、当たり所が悪ければ効かない……」
サキリスが両断したスケルトン、その下半身がまだ歩いているのを見て歯噛みした。
「麻痺魔法も効かないし、動きは単調ですけれど、面倒ですわ!」
アーリィーがエアバレットを撃つ。風の一撃はスケルトンのあばら骨を粉砕する。だが内臓などが存在しないスケルトンは、痛みを感じない。なおも歩き続ける。
ユナが蹂躙者の杖を掲げ、スケルトンを数体焼き払った。
「ここのスケルトンは、魔力で動いている。倒しても、時間が経てば、また新しいスケルトンが現れる。でも砕けた骨などを再生させるのはすぐにはできない。で、あるならば――」
ユナの後を引き継ぐように、俺はエアブーツでの加速で滑るように前線に躍り出る。古代樹の杖で、スケルトンの足を砕いた。倒れる骸骨。
「足をどうにかすれば、一応動きを止められるってな。それでも手が残っていれば、這いずってでも前に出ようとするが――」
移動に腕を使えば攻撃できず、こっちは叩きたい放題である。腕の骨を砕き、頭を砕いてやれば、スケルトンは動かなくなった。
それを見た前衛組は、骸骨どもの足を砕き、倒してからそれぞれの部位を破壊していくやり方に変えた。
途端に、スケルトンたちは一掃された。頭だけになって動いていた頭蓋骨は俺が蹴飛ばす。スケルトンは倒しても旨みがないんだよな……。
アーリィーが神妙な調子で口を開いた。
「スケルトンって、投射武器だと相性かなり悪かったりする?」
「かなり悪いかもな」
俺は頷いた。
「普通の矢だと、刺さるだけだしな。足の骨を狙うのも、細いからよほどの腕でないと当てられないだろうし」
心臓とか脳があれば、そこを射抜けばお終いなんだけどね。ベルさんがアーリィーを見上げる。
「まあ、骨といってもそこまで硬くねえからな。ちょっと固めの棒で砕けば楽勝よ」
「見た目のおぞましさに耐える必要もあるけどね」
慣れてしまえばいいのだが、動く骸骨なんて、普通に考えればホラーだから。それにびびらない勇気ってものが必要になる。……ほんと、慣れてしまえば全然怖くないんだけど。 と、そこで、ピンとベルさんが背筋を伸ばした。
「おやおや……これは、初心者には難度が高い奴らのお出ましだぜ」
魔獣の気配を感知したのだろう。俺が他のメンバーに警戒の合図を送る。
「気をつけろよ。どうやら血に飢えた肉食獣どもが、こっちを取り囲みつつあるぞ……」
このあたりで、ベルさんがそんなことを言う魔獣となると……やっぱアレかな。
ラプトル。高速移動の小型肉食獣――




