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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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16/1908

第14話、俺氏、冒険者ギルドへ行く


 ジン・アミウールという冒険者がいた。


 そいつはSランク冒険者であり、オリハルコン製のランクプレートを持っていた。何故か、俺の革のカバン(ストレージ)の中に、オリハルコン製の冒険者プレートがあるが、それはそのまま取り出すことはないだろうと思う。


 アクティス魔法騎士学校を離れ、俺とベルさんは王都の町並みを歩いていた。中央通りを引き返しつつ、途中見かけた王都案内の看板の前で現在地を確認。ちなみに透明化は解除している。……魔力消費が馬鹿にならないからな。

 王城は王都中央のやや北寄りに位置している。まず目指すは――


「冒険者ギルド」


 俺とベルさんは、王都の南側へと足を向ける。商店や宿が立ち並ぶ一角を抜けると、やがて目指す建物が見えてきた。


 一瞬、宮殿かと思えた。正面入り口の両側に太い石柱がそびえる荘厳な石造りの建物。昔テレビで見た西洋の図書館か博物館の入り口みたい。


 中は……これまた洋画ドラマなどで見る銀行じみた雰囲気。入ってすぐのフロアは広く、ロビーのようだ。ここのギルドは案外綺麗なんだな、というのが第一印象。


 複数の窓口があるカウンター。入って右手には休憩スペースを兼ねているのか椅子やテーブルがあって、冒険者とおぼしき連中が談話したり酒を飲んだりしている。

 対して左手方向に目を向ければ、掲示板があって貼り付けられた依頼を吟味している熱心な冒険者の姿があった。


 さて、まずは窓口へ。黒猫姿のベルさんが俺の肩に飛び乗った。手続きの様子を眺めるためだろう。窓口にいる冒険者を尻目に、折りよく空いているカウンターに。


 ギルド職員――茶色い髪に褐色肌の女の子。年のころは十代後半といったところか。美人ではないが、地味ながらも素朴な可愛さがある娘だ。


「こんにちは」


 俺はスマイルを向ける。挨拶は基本である。日本人魂。


「こんにちは。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 受付嬢は挨拶を返したが、すぐ視線が俺の肩の上のベルさんに向く。よっ、と黒猫はカウンターの上に着地すると行儀よくお座りした。


「初めてなんですが、冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。手続きをさせていただきます。……字は書けますか?」


 羊皮紙に似た紙を出しながら、受付嬢が聞いてきた。

 現代ではないので、識字率は高くないのは、すでに経験済みである。あまり上手ではないが、二年もいれば字くらい……あ、エスト文字でいいんだっけ? 連合国での共通文字でなかったらどうしようかと思ったが、そういえば王都の看板もエスト語だったから問題ないだろう。


「書けます。ありがとう」

「それではこちらにご記入ください」


 紙とインク瓶に入った羽筆を受け取る。名前、出身、生まれ年(年齢)、職業……。


 はてさて、『ソーサラー』と書いていいものか。連合国で登録した時は、ソーサラー(妖術師)だったが。あまり魔法使いでも名乗る人いなかったから、目立ったんだよねぇ、その時は。


「どうかされましたか……?」

「初心者魔術師って、どういう扱いになるのかな、と思いまして」

「見習い、ということですか?」

「違います」


 俺は即答である。見習いではない。受付嬢は小首をかしげる。


「初級の魔法使いなら、マジシャンかメイジでしょうか。ウィザードだと少なくとも他の魔法使いからの認定が必要らしいですし……」

「ではマジシャンで」


 俺は書き込む。元の世界では『手品師』なマジシャンだけど、個人的にはメイジと聞くと、明治を連想してしまうので、致し方ない。……あくまで個人の感想です。


 一通り書き終わり、提出する。

 受付嬢は確認すると、「プレートを発行しますので、少しお待ちを」と言い残して、席を立った。カウンター向こうの席に座る魔術師風の男のもとへ。

 受付嬢が何事か話しながら、俺の書き込んだ受付用紙を手渡す。魔術師風の男は、デスク脇の小箱から銅製のプレートを取り出すと、指先でなにやらなぞり始めた。


 魔法文字である。

 いわゆる冒険者の証であるプレートに、名前を刻んでいるのだ。作業はすぐに終わり、受付嬢はプレートを受け取るとカウンターに戻ってきた。


「どうぞ、あなたのランクプレートです。登録したばかりの方はFランクです。……ああ、ランクの説明をさせていただきますね」


 冒険者のランクについては、すでに存じている俺ではあるが、初めてであると言った手前、黙って受付嬢の説明を聞いた。


 Fランクから始まって、E、D、C、B、A、Sとランクが上がっていき、昇格は一定数の依頼を達成したり、貢献度からギルドが判断する。ランクが上がれば、より多くの依頼を受けることができ、特典もつくのだという。


 受けられる依頼は、自身と同じランクか、その一つ上までとなる。

 身の丈合わない依頼受けられて失敗されたら、依頼主はもちろん、仲介しているギルドも困ってしまうからだ。そのため一部の依頼には、失敗した場合、違約金が発生する場合があると注意された。


 依頼の受け方は、窓口で直接聞くこともできるが、主に掲示板に貼り出された依頼書を窓口へもっていき手続きをすればいい。……異世界転生ものでよくあるやつだ。


「手続きは完了です。たった今から、あなたは冒険者です」


 受付嬢が笑顔を向けてきた。ここでは試験とかないのか――何ともお手軽に冒険者である。


 どうも、と俺も営業スマイル。ベルさんに声をかけ、俺はカウンターを離れる。肩によじ登ったベルさんが小さく言った。


「普通だったな」

「ああ、普通だった」


 一度、掲示板のほうへ足を向け、他の冒険者と共に、無数に貼り出された依頼を眺める。討伐依頼、採集依頼、護衛依頼に、探索依頼、配達依頼などなど。


「どうするんだ、ジンさん。受けるのかい?」


 ベルさんが言えば、近くにいた冒険者が一瞬ギョッとしたように視線をくれた。猫が喋ったからびっくりしたのだろう。獣人たちが普通に喋ることはあっても、猫が喋ることはないからわからなくもないが。


「今日はパスだな。とりあえず寝床と、情報収集」


 大森林で野宿が続いたから、屋根のある場所で寝て、体力魔力を回復させたいというのが本音。

 俺は掲示板を離れ、窓口に戻る。だいぶ空いているようだが、挨拶した手前、先ほどの受付嬢のもとへ。


「ご依頼ですか?」

「いや、王都に着たばかりでね。冒険者御用達の店とか宿の場所を、教えてくれると嬉しいんだけど」



  ・  ・  ・



 素朴な受付嬢はマロンさんという。彼女に教えてもらい、まずは宿へ。


 物凄く安いけど他の客と雑魚寝になる宿と、比較的安いけど宿泊客が荒っぽい人が多いことで有名な宿と、普通の料金でこぢんまりながら個室で休める宿を紹介してもらった。


 当然ながら、普通の宿を俺は選んだ。色々秘密を抱えている人間としては、何はなくとも個室があるほうがありがたい。あと静かなところがいい。


「ロックだね」


 宿屋『岩』。通称『ロック』。だが見た目は、ありふれた西洋宿。三階建て、一階が食堂と酒場を兼ねており、部屋は二階からだ。

 受付で宿泊手続き。宿のひょろ長い中年おっさん曰く、食事代込みで一泊二〇〇ゲルド。……ゲルドというのがお金の単位だ。


 ゲルド銀貨二枚。銅貨だと二〇〇枚出すところをたった二枚で済むのはありがたい。ちなみに国や地方にもよるが、一般的な労働者の平均日給が三〇〇ゲルドである。


 ……。


 ちなみに、ペットOKだそうだ。俺は猫は大丈夫と聞いたら、おっさんはペットもいいよ、とあっさり。ただし宿のものに傷つけたら弁償ね、と言われた。

 なお、ペット扱いされたベルさんは怒っていた。


 個室は、ベッドがひとつ。あまり広いとは言えなかったが、こざっぱりしていて清潔感はあった。


「さて、とりあえず屋根のあるところで寝れるわけだが」


 俺は部屋にひとつだけある窓を開く。王都の景色――といっても道を挟んだ向こう側の建物しか見えなかった。


「当面の問題として、五日以内に収入がない場合、この宿を引き払うことになる」


 残金1135ゲルド。現金に限れば、手持ちはそれだけになる。拾い物を売り払うなりすれば、ある程度のお金は工面できるが、冒険者登録もしたことだし、そちらで稼がねばなるまい。

 まあ、隠し財産があるのだが、それは基本使わない方向で。


「アーリィー嬢ちゃんから報酬をもらっていれば……」

「言うなよ、ベルさん」


 虚しいだけだから。

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