第157話、下地作りのための目的設定
冒険者登録を済ませ、アーリィーたちは冒険者を示すランクプレートを受け取る。駆け出し冒険者であるFランク、ブロンズ製のプレートだ。
アーリィーはどこか嬉しそうに、サキリスはやや不満そうに、マルカスは淡々とした様子で自身のランクプレートを見ていた。
談話室を出た俺たち一行。その際、俺は後ろのメンツに、ここにいる冒険者たちを観察するように、と言っておいた。
何について、とは言わなかった。自分で考えたり気づいてほしいからだ。
依頼の並んでいる掲示板を眺めるが、特に依頼を受けるつもりはなかった。学生たちには冒険者がどういう仕事を受けているか、軽く知っておいてもらうためだ。どうせそのうちに受けるようになるしな。学生たち、なんて言っちゃったけど、俺もいちおう学生なんだけどねぇ。
さて、学校へ戻る道すがら、俺は皆に今後の予定を告げる。
「いきなり大物を、といっても、早々現れるものでもないし、突然それに当たっても大怪我する未来しか見えないから、まずはダンジョンに行って初級の魔獣相手に経験を積む」
大空洞ダンジョンの上層は、初心者でも対応できる雑魚ばかりだから、『生きた魔獣相手』の基礎としては充分だろう。……先日、野外で魔獣に対する戦闘演習授業はあったが、それを見た限りでは、サキリスとマルカスは他の魔法騎士生と違って、上手く動けていた。
「初級相手というと?」
生真面目なマルカスが聞いてくる。
ふむ、主にスライムやゴブリン、コウモリ、スケルトンの相手だ。スライムは不定形タイプ、ゴブリンは亜人種、コウモリは飛行型に、スケルトンはアンデッド……割とそれぞれ基礎を学ぶにはちょうどいいかもしれない。
「そのあたりの雑魚魔獣なら、わたくしたちも戦ったことがありますわ。ねえ、マルカス?」
サキリスが、黒猫姿のベルさんを胸に抱えて歩きながら言った。……ベルさん、おっぱい枕自重。
俺は苦笑する。
「ちょい強めで、ラプトルとか出てくるかもな。こいつが初級テリトリーでは強敵と言えるかもしれない。正直言うと、これを単独で倒せるくらいの能力は欲しいな。より大物狩りを目指すなら」
アーリィーはフードをかぶって歩いているが、その顔は真剣そのものだ。頭の中で、自分ならどう対処するべきか、と考えているのかもしれない。
「で、当面の目的なんだけど、大空洞ダンジョン13階層のミスリル鉱山あたりに棲むフロストドラゴンを討伐する」
「「ドラゴン!?」」
アーリィーとサキリスの声がはもった。
「大丈夫、トカゲの延長だ。名前こそドラゴンだがそこまで化け物じゃないよ」
とはいえ、初心者には厳しい相手だから、それに通用するだけの技量や魔法、能力を身に付けないといけないけど。まあ、ラプトルを狩れるくらいになれば、比較の対象にしやすいから、詳しくはそれ以降でいいだろうと思う。おそらく今後に活かすべき課題も出るだろうし。
学校へ戻った後、青獅子寮へ。マルカスとサキリスも一緒だ。
明日、さっそく大空洞ダンジョンへ行くことを告げ、出発に当たり必要事項の確認を行った。目的地である大空洞、その初級エリアと言われるあたりの地図、持っていく装備品などなど。
「ポジションを決めようと思う」
「ポジション?」
マルカスがキョトンとすれば、サキリスが言った。
「前衛や後衛のことでしょう?」
あ、なるほど、とマルカスが理解した。アーリィーは俺を見る。
「もう決めてるの?」
「一応、俺が把握している皆の能力や魔法で案はあるが、いいかな?」
「ええ、よろしくてよ」
サキリスに続き、マルカスも頷いた。
「前衛はサキリスとマルカスに務めてもらう。アーリィーは、その後ろ――」
「ボクを後ろに置くのかい?」
やや不満そうな顔をするアーリィー。マルカスは背筋を伸ばした。
「畏れながらアーリィー様。前衛は我らにお任せを。未来の国王陛下を危険にさらすわけには――」
「いや、マルカス。ボクはそういう、王族だからとかそういうのは――」
アーリィーが言いかけるのを、俺は手で制した。
「君を後ろに置くのは、使える魔法の種類も決め手なんだ」
「というと?」
「アーリィーは、攻撃、補助、治癒の三系統が使える。そうだね?」
「ジンほどじゃないけどね」
「残るサキリスとマルカスだが、まずマルカス。君は残念なことに攻撃魔法が他に比べて弱い」
「そう面と向かって言われると耳が痛いが……まあ、そうだな。おれ自身も剣のほうが得意だと思っているよ」
「そうなると基本は近接戦闘メインになる。前衛に置くしかない」
「……貶されているのだろうか」
「向き不向きの話だ。気になるなら、攻撃魔法の鍛錬を増やすべきだろうな。で、次にサキリス。魔法に関する才能はアーリィーに及ばずながら色々使えるから、前衛より一歩下がった位置向きに見えるが、こいつ非常に前衛向きの体質でな」
「体質……?」
当のサキリスが眉をひそめれば、俺はベルさんを見やった。
「非常に痛みに対してタフなんだよ。こう、防御に関しては、天性の才能がある」
ついでにマゾだ。以前、ベルさんがサキリスを鑑定したときに、彼女には傷や怪我に対する耐性はもちろん、麻痺や身体の異常に影響する攻撃に対しても強い耐性を持っているのがわかっている。
「天性の才能……ふふ」
褒められたと受け取ったのか、サキリスは上機嫌になった。うん、きっと変態的性嗜好も、その効果を助けていると思うよ。
「そうなると、前衛がすでに二人埋まってるわけで、残るは真ん中か後衛ということになる。アーリィー、君、射撃が上手いよね?」
「え、そう……?」
上手い、と言われて、王子様はまんざらでもない顔になった。
「君の今後のことも考えると、戦場の全体を見る力が必要になると思うんだ。真ん中にいて周りを見て、掩護したりするのって結構難しいうえに、重要なポジションでもある」
王様にはなりたくないって言っていたアーリィーではあるが、しばらく王子をやっている以上、無駄にはなるまい。
「わかった。そういうことなら」
アーリィーが同意してくれた。俺は小さく笑みを浮かべながら全員を見渡した。
「ポジションは状況によって入れ替えることもあるから、当面は仮だな。何か意見は?」
「ありませんわ」
「ボクもない」
サキリスとアーリィーが頷いた。マルカス……?
「いいんじゃないか。おれは経験者の意見は尊重する主義だ。それよりジン。お前のポジションは?」
「基本は後衛。本職は魔術師だからね。ただ必要に応じて、中衛も前衛もする。そこは経験者ゆえの汎用性と思ってもらいたい」
「承知した。……まあ、ジンなら俺たち以上に前衛でも立ち回れるだろうが」
そんな調子で、色々話していたら夜になっていた。
明日、問題がなければ学校が終わった午後に、演習場に集合ののち、ダンジョンへ出かけることになった。




