第156話、学生冒険者たち
俺たち一行は冒険者ギルドへ到着した。
一階フロア正面は、例によって冒険者が行き交い、依頼を探したり、またその結果報告で報酬を受け取ったりしていた。
ちらちらと俺のほうを見る冒険者たちがいるような。……まあ、多少有名になったかもしれない。
とか思っていたら、すれ違いざまに冒険者のパーティーに声をかけられた。
「よう、ジンさん。初心者装備は卒業かい?」
「それ、いいマントだな!」
顔は見たことがあるが、名前の知らない冒険者たちはギルドから出ていく。
「依頼かい?」
「大空洞ダンジョンまでな」
「気をつけて」
そんな挨拶のような軽口を叩いて、俺は彼らを見送る。ベルさんは俺の肩で笑った。
「お前さんもすっかりこのギルドに馴染んできたんじゃないか?」
「別に仲良くした記憶はないんだがなぁ」
俺は苦笑する。不思議そうな顔をしていたアーリィーたち。マルカスが広々とした一階フロアを眺めて息を呑む。
「ここが冒険者ギルド……」
「思っていたより小奇麗ですわね」
サキリスは片方の眉をつりあげた。
蛮族か盗賊のアジトじみたものを想像したのかね。まあ冒険者は荒くれというかアウトローな偏見を持たれることもあるから、無理もないかもしれない。
カウンターへ向かう。トゥルペさんが俺に気づいた。
「ジンさん、こんにちは。素敵な衣装ですね」
「ありがとう。……ちょっと派手じゃないかな?」
「よく似合ってますよ」
お世辞がお上手で。俺とベルさんは顔を見合わせ、苦笑する。
「今日はどのようなご用件で? 依頼をお探しですか?」
「いや、俺の連れの冒険者登録をお願いしたくて」
「……はあ、学生さんですか」
トゥルペさんが、マルカスとサキリス――さらにフードで顔を隠しているアーリィーを見やる。
「何か問題が?」
「いえ。でもそうですね……私より、ラスィアさんにお願いしたほうがいいかも」
俺に一礼すると、トゥルペさんは、副ギルド長を呼びに行った。待っている間、「どうしたんだ?」とアーリィーが聞いてきた。さあ、と肩をすくめた俺は、マルカスを見た。
「ひょっとして魔法騎士学校の生徒は冒険者登録できないとか、そんな規則があったりする?」
「それはないと思うが」
マルカスは小首をかしげ、ふと言った。
「でも学校側に届けが必要だったかもしれない。うろ覚えだが」
「許可証がいるってか? それはマズったな」
ユナあたりに一度相談しておくべきだったかもしれない。そこへトゥルペさんが戻ってきた。ラスィアさんも一緒だ。
「ジンさん、談話室を用意しましたので、そちらへ。もちろん、お連れの方々もご一緒に」
・ ・ ・
談話室に通された俺たち一行。ラスィアさんが椅子を人数分用意して、座るように言うと、自身も向かい側の席についた。
……さすがに俺たちのほうは若干窮屈だった。ひとりベルさんは黒猫姿で机の上にちょこんと座っている。
「それでジンさん……王子殿下をお連れして、当ギルドへいらっしゃった理由をお聞かせいただけるでしょうか?」
フードで顔を隠しても、アーリィーだとラスィアさんは見破ったらしい。……まあ、アーリィーはあのコート姿で、地下都市ダンジョンの助っ人に来ていたから、見る人から見ればバレバレだったかもしれない。
俺が頷けば、アーリィーがフードをとる。ラスィアさんは一度立ち上がり、王族に対する礼の姿勢をとろうとしたが、当の王子様がそれを止めた。
用件であるアーリィー、サキリス、マルカスの冒険者登録の話を改めて俺はした。実戦経験積みと、ちょっとした武勲目当て。
「騎士学生が実戦経験を積みに冒険者ギルドへ来るのは、たまにあるんですよね」
ラスィアさんは穏やかな口調だったが、目は真剣そのものだった。
「ジンさんには改めて言うまでもないのですが、冒険者というのは危険な職業です。実際に受ける依頼で異なりますが、怪我なんて珍しくありませんし、命を落とすこともよくある話です」
アーリィーたち三人をゆっくりと見渡すラスィアさん。
「確かに経験を積むというのに打ってつけではあるのですが、生涯残るかもしれない傷を負ってしまう可能性を充分に考慮されたうえで、判断していただきたい。私たちギルドは、冒険者が怪我をしようが、命を落とそうが何の責任もありません。もちろん命令はしませんから、何をするにしても自分で判断し、すべて自分で責任をとってください――と、騎士学校の生徒さんには登録前に言っています」
ラスィアさんは笑顔になると、登録用紙を用意した。
「お話を聞く限り、ジンさんが監督者を務めるようなので、あとは当人の同意さえ得られれば登録できます」
配られた書類に、それぞれが羽根筆を走らせる。さすがに王族、貴族の家の出身だけあって代筆の必要もなく、書類を埋めていく。
アーリィーがラスィアさんに聞いた。
「本名での登録は避けたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません。冒険者の中には、結構偽名で登録される方もいらっしゃいますから。貴族の子弟だったり、意外な人が身分を隠して冒険者をやっていたりしますから、さほど珍しくありません」
「よかった」
「アーリィー殿下は王族ですから。偽名での登録、事情はお察しいたします」
ラスィアさんの言葉に、アーリィーは笑みを浮かべる。様子を眺めていたベルさんが、トコトコと俺の前にやってきた。
「貴族の冒険者が珍しくないってさ」
「……まあ、そうかもしれないな」
王子様と、貴族の令嬢と次男――俺の隣にいる三人を見やり頷くしかなかった。
談話室へ移動したときは、何か面倒なことがあるかと身構えたのだが、案外うまく事が進んだようで何よりだった。
かくて、クラスメイト三人が、冒険者になった。




