第155話、ほんの少しの勇気
アーリィーが夕食前に、俺の工房を訪ねてきたので、ホバーボードを見せつつ、彼女に話を振ってみた。
「へえ、サキリスが魔法騎士に」
「この学校を卒業したら、魔法騎士の称号を得られるって話だけど、彼女が求めているのは、お飾りの称号じゃなくて、実際に活躍して勇名を轟かせることのようだ」
「それで、ジンはどうするつもりなの?」
「冒険者をやらせてみようかと思ってる。もちろん、本人の意思を確認しないといけないけどね。……本気で魔法騎士になりたいって言うのなら、せめて卒業する前にそれなりの成果をあげさせてやりたい」
結婚後にやりたいようにできないような口ぶりだったから、あとで悔いになるのは嫌だろうと思う。まあ、これは俺のお節介でもあるのだが。
「やりたいことがあるなら、やれるうちにやっておくべきだと思うんだ」
俺は、大きめに作ったホバーボードの上に、アーリィーを座らせる。お行儀よくすわった王子様が、ふわりと床から浮かぶと「おおっ」と声を上げた。
「浮いてるね」
「浮いてるな」
俺はホバーボードの端を持って、アーリィーを乗せたまま移動する。
「それで思ったんだけどさ、アーリィー。君も来ないか?」
「ボクも?」
「最近、熱心に戦うための技や魔法に取り組んでるだろう? 実戦で慣らしたほうが、より上達が早い」
「それは……そうだけど」
一瞬、嬉しそうな顔をしたアーリィーだったが、すぐに曇る。躊躇い。
「周りが許してくれるかな?」
やはりというべきか。そこが気になるようだった。近衛隊や執事長、その他。未来の王が危険なダンジョンに潜る――これまでを振り返るまでもない。反対するのは目に見えている。
「君はどうなんだい、アーリィー?」
工房の扉を開けて、再び浮遊板を持つと、アーリィーを乗せたまま廊下に出る。
「君の本音は? ダンジョンに行きたい? 怖いとか、本当は嫌だって言うなら無理強いするつもりはないが」
「ボクは……ジンと一緒にいたい」
ヒスイ色の瞳で、じっと俺を見つめるアーリィー。だがはたから見ると浮遊する板にお行儀よく座っていて、荷物よろしく運ばれているわけだから、シュールでもある。
「本当を言えば外にももっと出たい。でも性別のこともあるから、あまり人の多いところとか避けるべきなんだろうけど、だからといって寮にこもっていても何もならないし。そもそも――」
アーリィーは屈託なく笑った。
「ボクも、強くなりたいから」
少し怖いけど、と笑顔は苦笑に変わる。
本人がやりたいことと思っていることをやることは大事だと思うんだ。アーリィーがそれを望んでいるのなら、俺は手伝ってやるべきだって。
それに彼女は王位を継がない。その後どうするかについては本人が決めることとはいえ、これから外にどんどん触れていくべきだと思う。
まあ、ダンジョンに行くというのは、間違っても安全ではないから注意に注意を重ねないといけないが。気の緩みは、取り返しのつかないことにもなりかねないから。
・ ・ ・
翌日の放課後、最近恒例となっている自主トレーニングにサキリスとマルカスがやってきた。
俺は二人に、今後、この時間は冒険者活動が中心になるので、トレーニングはあまりできなくなると伝えた。
二人がいささかがっかりしたのを見逃さず、俺はそこで提案した。冒険者になる気はないか、と。
サキリスは、武勲を立てたいという。冒険者で大物魔獣を倒せば、お飾りとしてではなく、本当の意味で魔法騎士を名乗るにふさわしい功績を上げられるのではないか。
マルカスには、魔獣などとの戦いで実戦経験を積めることを告げた。この伯爵家次男も将来を見据えた戦技アップの機会を窺っているのだ。
アーリィーが実戦経験を積むためにダンジョンへ行くことを言えば、二人とも驚いた。
「アーリィー様も!?」
「だ、大丈夫なんですか、それは?」
二人して、アーリィーに問えば、当の王子様は迷いなく頷いた。
「ジンがついているからね。もちろん危険な場所へ行くことはわかっているけれど、ボクは彼を信じているから」
サキリスとマルカスは顔を見合わせた。
武勲を立てられるなら――
実戦経験を積めるなら――
二人は志願した。
そんなわけで、早速俺たちは、魔法騎士学校を離れ、冒険者ギルドへと赴いた。……もちろん、青獅子寮に俺とアーリィーがいるように擬装魔法の仕掛けをして外出を悟られない細工をして、だ。勉強中だから呼ぶまで邪魔はしないように、と命じてあるから、よほどの用件がなければバレない。
さて、俺たちの格好だが、アーリィーはカメレオンコートをまとい、フードで顔を隠している。王子様は王都では有名人だからな。
今回はギルドに行くだけなので、サキリスとマルカスは学生服の上に外出用の外套姿。帯剣はしているが、鎧の類はつけていない。
そして俺はといえば……初心者装備を卒業だ。Bランク冒険者だから、それなりの姿にしないとね。
竜の薄い鱗を縫いつけた『竜鱗の服』。服としては少し重さを感じるが、鎧などより全然軽く、しかし強度は金属製の鎧を凌駕する。
さらに緑色も鮮やかなエルフのローブマント。……ちょっと人間が入手するのは困難な代物で固めてみたがどうだろうか?
ベルさんは慣れたものだったが、アーリィーたちはビックリしていた。
「え、これドラゴンの鱗?」
「それを服に? 凄いな」
うん、まあ、早くも後悔しはじめている俺である。
とはいってもマントがやや目立つ程度で服自体は、むしろよく見ないと何の鱗かわからないから、騒がれるようなことはないはずだ。たぶん。




