第154話、俺氏、人の夢を応援したくなる
「おっぱい枕は贅沢の極みだ」
「何言ってるんだ、ベルさん?」
俺は真顔である。
アクティス魔法騎士学校の授業が昼までで終わり、午後に、アーリィーらの鍛錬に付き合った後、時間にして夕方である。
青獅子寮の専用魔法工房に、俺とベルさんはいた。
「サキリスは魔法騎士になりたいらしい」
「唐突に何言ってるんだ、ジン?」
ベルさんが机の上であくびをした。
「昨日の話だよ」
「ああ、お前さんが、あの変態お嬢ちゃんを寝取るって話ね」
「駆け落ちはしないぞ」
なんだよ、寝取るって。悪くないとは言ったが、本当にやるつもりはないぞ、まったく。
「学校を卒業したら、彼女は自由を失うらしい」
「拘束されるのが好きだから、問題なくね?」
「ベルさん!」
「わりぃ、わりぃ」
悪乗りが過ぎるベルさんが顔を上げた。
「それで、ジンさんよぉ。何を企んでるんだ?」
「せめて、その自由ができる間に、何かひとつ願いを叶えてやれないものかと思ってね」
サキリスには、彼女の特殊な性癖の発散に付き合う代わりに、魔力を供給してもらっているからね。美人だし、嫌いではないし、困っていることがあれば何とかしてやりたい、と思う程度には親しいと思っている。
「家庭の問題に首を突っ込むのは感心しないな」
「別に、キャスリング家に乗り込んでどうこうするつもりはないよ。ただ、本物の魔法騎士になりたいって夢は、こっちでも何とかできるんじゃないかって思ってね」
「ほう……?」
「つまり、武勲を立てればいいんだろう? 武勇伝のひとつでもできれば、学校を卒業した時の魔法騎士の称号にも箔が付くんじゃないかな」
「なるほど。そういうことか」
ベルさんは頷いた。
「でも武勲を立てるってお前、どうするんだ? 先日のアーリィー嬢ちゃんの遠征軍に参加するとかしてれば別だったけど、ああいうのってあんまなさそうだし」
「冒険者になればいい」
俺は即答した。
「腕も磨けるし、大物を討伐したら、そこから名前が売れるだろう?」
「確かに、冒険者になる連中の中には、そういう動機の奴もいるんだっけか」
悪くない、とベルさん。
「俺も一応冒険者だし、学校ばかりにいても鈍るから、一石二鳥」
「うむ、運動不足の解消には悪くないな。でもよ、ジン。アーリィー嬢ちゃんはどうするんだ? お出かけしたら、ついていきたがるだろう?」
「彼女も連れていくさ」
俺は机の上に、一枚の板切れを出す。その裏面にはすでに魔石をはめ込んである。
「アーリィーは最近、自分の実力を上げることにご執心だし、ちょうどいいと思うんだ。実戦経験を積ませるには」
魔法文字を板切れに書き書き。その様子を見ながらベルさんは口を開いた。
「アーリィー嬢ちゃんを外に連れ出すのは、周りがうるさいぞ。オリビアとか近衛が」
「もちろん、上手く抜け出すさ」
王族が城をこっそり抜け出して庶民に触れ合うなんて、フィクションの世界じゃよくあることだ。……実際のところはどうなのかは知らないが。
「ということで、アーリィーとサキリスにこの提案をしてみようと思う」
「おう、がんばれー」
他人事を決め込むベルさんである。
「ところで、ジンよ。この板はなんだ?」
「ホバーボード」
ふわりと机から十センチほどのところに浮き上がる板切れ。SFなどの近未来モノでよく見かけるそれを、浮遊の魔法で再現してみた。
「ベルさん、乗ってみ」
言われて黒猫は、ひょいと板の上に飛び乗った。少し揺れたが、板は浮遊したままである。
「乗った」
特に感動したわけでもなく、淡々とベルさんは言った。浮遊魔法が存在する世界である。別に浮くくらいでどうこうというものでもないのだろう。
俺は板切れを後ろを手で押してやる。すると板は一メートルほど、滑るように進んだ。
「おお……おお?」
ベルさんが振り返った。
「これだけ?」
「それだけ」
今は浮かせるだけ。自動で進ませたり、何かに応用したりするのはこれから考える。
「何かメリットがあるか?」
「浮遊魔法が使えない人間が使うんじゃないか」
「ああ、なるほど」
ベルさんは机を離れ、浮かんでいる板の上で周囲を見回した。
「で、ここからどうするんだ?」
「知らん」
俺の返事に、ベルさんは耳と尻尾をペタンと垂れさせた。




