第153話、お嬢様は魔法騎士の夢を見る
「それはそうと、サキリス。お前、将来のこと、考えてる?」
訓練が終わった直後、俺はサキリスに声をかけた。アーリィーから問われ、じゃあ彼女はどうなんだと思った次第である。
「なんですの、急に」
「お前って、いいとこでのお嬢様だろう? どうして魔法騎士学校に?」
「憧れですわ」
緩やかなウェーブのかかった金髪がこぼれ、サキリスは微笑んだ。
「ひとりの魔法騎士の女性がいましたの。彼女はわたくしの憧れ……。勇ましく美しい。そして何より強い。幼い頃から、そんな魔法騎士を見て、いつかなりたい。なるんだ、って……」
彼女は目を輝かせる。
「わたくしは、魔法騎士になりたかった。……ええ、貴族の子たちの中には、称号としての価値しか見い出していない子が多いけれど、わたくしは、わたくしの手で武勲を立てる、名実ともに本物の魔法騎士を目指して、この学校に入ったのです」
お飾りの称号ではなく、本当の魔法騎士に。確かに、サキリスは、他の魔法騎士生と違って剣に優れ、魔法も高レベルである。ゆえに、女王の二つ名で呼ばれていたわけで。……まあ、女王なのは別の意味での言動が影響しているとは思うが。
「なるほどね」
「はじめは、学校一の騎士生になって、王国の武術大会で優勝するようなことがあれば、充分認められると思っていたのです」
サキリスは表情を曇らせた。
「学校では、最強と言われるのにさほど時間はかかりませんでしたけれど……実際に武術大会を目の当たりにした時、わたくしの実力では優勝など無理だとわかりましたわ。だから腕を磨き、実力を上げようと思ったのですが……あいにくと、学校ではわたくしより強い者がいなくて」
「……」
「わたくしより強い者が現れるように、生徒を煽ったりしたものの、結局強い者は現れず、気づいたら女王なんてあだ名までついてしまった」
苦笑するサキリス。
「そこに貴方が現れた。とても強い人。でもできればもっと早く会いたかった。そうすれば……ううん。いまさら言っても仕方のないことね」
周囲を煽り、その鬱憤を晴らしているうちにサキリスは、あの変態的性欲をエスカレートさせていったと言う。そこで俺が上手いこと、彼女の性嗜好とフィットしてしまったことで、より深くそっちの道にのめり込んでしまった、と。
結論、全部ストレスってやつが悪いんだ。なお、そのストレスの原因というのが――
「わたくしが自由でいられるのは、この学校に在籍している間だけ。卒業したら、結婚が決まっていますの」
結婚!? 婚約者がいたのか!
「婚約と言っても、親同士が決めた婚約で、わたくしは相手の方と数えるほどしかお会いしていません。正直に言えば、好いてはいません。むしろ、大っ嫌いッ!!」
サキリスが声を荒らげた。その変わりように、俺は目を瞬かせる。
「評判はよい方。お優しくて穏やか。……けれど、あの方は、わたくしをお飾り程度としか思っていない。何より許せないのは――わたくしの夢を理解せず、否定したことですわ!」
『キミは僕の妻になるんだから、綺麗なドレスをきて、ただ黙って微笑んでいればいいんだ。宝石にも勝る美しいキミは、それだけで充分なんだ。……魔法騎士? 馬鹿を言っちゃいけない。キミのようにか弱い女性が武器を持つなんて野蛮なことは似つかわしくないし、僕の妻には必要ない。僕らのような高貴な身分の人間が、下々の者のような行為をすることはないんだよ……』
――でも、魔法騎士になるのは、わたくしの夢で……。
『くだらない。そんなことに人生を費やすなんて、愚かの極みだ。キミは女だ。その身体に傷がついたら元気な子を産めなくなるじゃないか。いいかい? 魔法騎士に幻想を抱くのはやめなさい。そんな称号を持ったところで、誰もキミを敬ったりはしないよ。キミの最大の魅力は、その完璧な美しさであって、何かと戦うことではないんだ。キミは、強くなくていいんだ……』
夢を否定された。憧れを否定され、その努力も無駄だと言われた。それは、サキリスがこれまで目指し、努力してきた半生をすべて否定されたことに等しかった。
自分が貴族の家の娘で、貴族同士の婚約がこういうものだと頭で理解していなければ、おそらく婚約者と名乗るその男を面罵し、手を上げていたかもしれない。
だが、理解はしていても、感情は納得していない。
「家庭に縛られ、自由は今だけ。魔法騎士になるという夢を追いかけることができるのも今だけ。卒業してしまえば、そのすべてを奪われてしまいますわ。だから……今だけは、この学校にいる時だけは、わたくしはしたいようにする。……貴方には迷惑な話でしょうけれども」
軽蔑しまして? ――サキリスが首をかしげれば、俺は小さく嘆息した。
「貴族の家柄というのも何かと面倒なんだろうな」
特に女子は政略的な結婚の道具として扱われる。恋愛結婚など、この世界の貴族の女たちにはファンタジーな話なのかもしれない。
……とはいえ、この超がつく変態であるサキリス嬢である。お飾り程度にしか思っていないなんて話だったが、この婚約者は大丈夫なんだろうか。もし彼がノーマルだというのなら、絶対上手くいかないだろうし、好きでもない結婚となると、将来サキリスが浮気しまくりそうな未来が見えるのだが。
「いま貴方、とても失礼なこと考えませんでした?」
「そりゃ、君は底抜けの変態だからな」
「誤解のないように言っておきますけれど、わたくしは貴方のことが好きよ」
サキリスは俺に笑った。
「貴方はとても優れた魔術師のようだけれど、家が貴方と結ばれることを許してはくれないでしょう。魔法騎士になる未来があるのなら、わたくしは貴方を選ぶべきだと思うのだけれど、それも叶わぬ夢」
「家の事情がなかったら、俺と結婚することを考えていたりすると?」
「ええ。いっそ、貴方にその気があるなら、わたくしをさらってくださらない?」
駆け落ちをご所望かい? あらあらまあまあ。俺は苦笑するしかない。軽い気持ちで聞いたはずなのに、気づけばこうも長々と……。
「まあ、君の未来の旦那さんから、君を寝取るのも悪くない、かな――」
あんな話を聞かされた後ではな。俺も相当アレだな。ほんと、いまさらだけど。
「お嬢様を寝取るというシチュエーション、嫌いじゃないよ」
いやはや、まったく――




