第149話、王国軍 VS オーク軍
王になるものだと思っていた。
だけど同時に、ボクが王になっていいのか、ってずっと考えた。
ボク、アーリィー・ヴェリラルドは男ではなく、女だから。
周囲を偽り、本当の性別を隠している。それが明るみになれば、皆がそれを責め立てるだろう。
騙していた。
ヴェリラルド王家は、代々男が王を務めてきた。女はこの国の王にはなれないのだ。周囲を欺き、王になれば、おそらく命はない。
秘密を守ってきた。同時に、その発覚を恐れていた。
そして王を継ぐのと同じくらい、後継者の問題が重く圧し掛かる。ボクは王子だから、当然、嫁いでくるのは女だ。女同士では子供はできない。
ボクが王位を継ぐということは、遅かれ早かれ、別の者が王位を継ぐことになる。だって後継者がつくれないから。ボクは子を宿すことができても、それはつまり自分の性別を明らかにしてしまうリスクを高める。上手く隠し通すのは、やりようはあっても困難なのは間違いない。
これまでの人生を振り返っても、周囲を偽り続けていたし、視線には注意していた。秘密が露見するわけにはいかないから。
本当の自分を隠して、王子の仮面を被って、自分のしたいことを持たないように諦めて。
ボクの性別のことでお父様が悩んでいるのは知っている。最近、ボクに冷たいのは、周囲が後継者としての準備段階に入るべきだと煽っているからだと思う。婚約者が未だに決まっていないことも、それを後押ししているのだ。
一度ついた嘘は、どこまでもボクについてまわる。それは押し付けられた嘘ではあるのだけれど。
諦めていた。窮屈だった。
だからボクは、自分の性別を理解したうえで、いやむしろ本当の性別でボクを扱ってくれるジンという存在に救われたんだ。
一緒にいて、王子として振る舞う必要がない人間なんていなかった。お父様は、ボクに「男としての振る舞い」を求め、周囲も「王子としての振る舞い」を求めた。
だけど、ジンは、ボクに男でもなく、王子でもなく、一人の人間として接してくれた唯一の人なんだ。
だから、彼と一緒にいたいし、そばにいてほしいと心から言える。
彼がボクに、本当の気持ちを知りたいと言った時、王様になりたいかと聞かれた時、ボクは嘘偽りのない気持ちを口にした。
王様になんて、なりたくない、って。
・ ・ ・
アーリィーの気持ちを聞いた翌日、俺たちはオーク軍と交戦状態に入った。
天候は晴れ。斥候の報告でオーク軍、およそ500が迫りつつあるのを確認すると、王国軍遠征隊は戦闘隊形を形成し、待ち構えた。
アーリィーは白馬にまたがり、鎧に身を固めたその姿は、一端の王子に見える。俺は彼女のそばにいて、戦場の様子を睥睨した。
先に動いたのはオーク軍だった。連中、どうやら腹をすかせているようで、戦術もへったくれもなく、全軍で真正面から突撃してきた。
数の上では、オーク軍が優勢。こちらは荷物運びを含めて440程度。トータルの兵の質で不利ではあるが、ヴォードら腕利き冒険者が加わったことで、その差は埋まるどころか若干こちらが上回っている感があった。
そして、何より『俺』がここにいる。
「ジン?」
アーリィーが馬上から俺に声をかけてくる。
「問題ない。では手はずどおりに先制攻撃をかける」
敵集団をかき回して、その勢いと統制を奪う。
風よ、舞え。渦を巻いて切り裂け――トルネード!
押し寄せるオーク軍、その横合いから、突如として風が渦を巻くように吹き上がり、砂埃を舞い上げた。
はじめはただの風だったものが、砂埃によって形として見え始める。十秒と経たず回転する竜巻となると、斜め前からオーク軍に切り込んでいった。
回避する間もなく、風に巻かれて高速回転する渦に身体を持ち上げられる。オークやゴブリンらは為すすべなく地面から飛ばされ、手にした武器や防具を放してしまう。同時にそれらが渦と共に回転することで他の兵らに当たり、または斬りつける二次被害を発生させた。
竜巻に飛ばされ、地面にたたきつけられて絶命する者。重傷を負う者。比較的軽傷で済んだ者も、高速回転によって三半規管をやられ、立つこともままならない。
魔法による先制は、オーク軍全体の6分の1ほどに直接被害を与え、全体の半数以上が竜巻から逃れるためにバラけ、隊列を乱した。魔法に気づかず、あるいは突進を継続したのはおよそ5、60程度だった。
「ユナ、ヴィスタ。勢いのある敵前衛に投射攻撃!」
俺が指示を出せば、ユナは蹂躙者の杖を掲げ、呪文の詠唱を開始。ヴィスタは魔法弓ギル・ク改を構え、魔法の矢を放った。空中で分裂した稲妻の矢が、オーク軍のいまだ突進をやめない連中に襲い掛かった。その一射で5人が倒れ、続く第二射でさらに6人が倒れた。
ユナも魔法を放つ。電撃魔法だ。だが驚いたのは、その魔法はヴィスタの電撃矢と同様、空中で分裂してオークやゴブリンどもを串刺しにしたことだ。
ほう。あんな魔法が使えたのか、と俺が、ユナを見やれば、魔法科教官はそのたっぷりある胸を張った。
「ヴィスタの魔法矢と、お師匠の連射モードを参考に作ってみました」
表情に乏しい彼女にしては、少々ドヤ顔っぽく見えたのは気のせいではないだろう。よくやった、と褒めておく。
竜巻の影響も気にせず突撃を続けていた前衛は、ヴィスタとユナの攻撃で戦力半減、完全に勢いを失った。
俺がアーリィーに合図すれば、我らが王子様は剣を抜き、オーク軍を指し示した。
「敵は完全に浮き足立っている! 突撃っ! 突き崩せッ!」
『おおおおっ!』
兵たちが咆哮を上げる。素人の目でもオーク軍が一時的とはいえ戦える状態ではないのはわかった。いま攻めれば勝てる! 兵たちにもそれがわかったのだ。
ヴォードや冒険者たちが武器を手に駆け出せば、遅れてなるものかと兵たちも駆け出した。オーク軍の陣形はバラバラで、しかも勢いが完全に死んだ今、突撃をかけてきた王国軍を迎え撃つのは不可能だった。冒険者たちが切り込み、兵たちがなだれ込めば、もはやオーク軍兵たちは各個撃破されていくのみだった。
結果、竜巻の発生から20分と経たず、オーク軍は壊滅した。
王国軍の戦死者はわずか10名ほどで、まさに一方的な戦闘だった。




