第146話、ゲーム世代の戦争
鈍器で殴り、石を投げていた大昔から、人類は武器を発展させ、またそれに合わせて戦い方を考案していった。
新しい兵器、新しい戦術が、古き者たちを打ち倒し、またそれを新たな武器や戦術が上回る――歴史は繰り返す。
この世界では人間以外にも亜人や魔族がいて、魔法という技もあるが、だいたいのところは同じだ。
とまあ前置きはそのくらいにして、戦争のお時間である。
俺は、ダンジョンコアに命じて、オーク軍の周囲に細長い回廊ともいうべきダンジョンコアの支配領域を形成した。それは、キャンプするオーク軍を包囲する形だ。範囲は数キロ単位で広いが、中はスカスカであり、魔力の消費を抑えている。
さて、この細長いテリトリー範囲が、サフィロの支配下であり、マスターである俺の支配下でもある。このテリトリー内には、俺が指定したダンジョン構成物を魔力と引き換えに設置することができる。
仕掛けたのは転送魔法陣。
いわゆる、ダンジョン内の任意の場所に飛ばす転送陣だ。基本はダンジョン内での移動や、あるいはトラップとしてダンジョンのどこかに飛ばすという使い方である。ポータルと違って、テリトリー内でしか使えない代物だ。
「では、始めようか。――アイ・ボール爆弾、転送開始」
サフィロが魔力を消費して魔獣として、複数の単眼の浮遊球体こと、アイ・ボールを具現化させる。これには俺がちょっとした改造を施してある。
「我ながら非人道的ではあるが――所詮は魔力の塊だからな」
何せ『爆弾』などと言ってしまったからね、俺は。
アイ・ボール爆弾は、次々に近くに設置された転送魔法陣に入り、オーク軍キャンプ近くの魔法陣に転送される。
一つ目の球体は、浮遊しながらそのもてる限りの速度で、無数の松明が瞬いているキャンプへと突撃を開始した。
闇に紛れ、音もなく浮遊したアイ・ボールたち。気づいた見張りのオークやゴブリンだが、その得体の知れない魔物の飛来に、警告より先に目を疑った。
『何だ……?』
驚く亜人たちがそれを見やり、集まってくる。手も足もない球体が浮かんでいれば、より近くで見ようと集まるのも道理だ。
だが次の瞬間、アイ・ボールは自身を構成する魔力を触媒に爆発魔法――エクスプロージョンを発動させた。
自爆である。
某ファンタジーRPGに自爆技を持つ火のモンスターがいたが、要はあれだ。
解放された爆発により、オークどもが巻き込まれ、あるいは吹き飛んだ。
キャンプの至るところで、自爆による爆炎が上がる。それは遠く、俺やベルさんにも観測できた。
『敵襲――ッ!』
アイ・ボールの自爆を見ていない者も、爆発が複数起これば、何らかの攻撃だと気づく。すでに寝ていた兵たちが慌てて起き出し、襲撃者を迎え撃とうと武器をとる。
だが――
「第二波、転送」
俺が送り込んだアイ・ボール爆弾は、少数ずつに分かれながら、キャンプの全方向から飛来した。そしてそれらも特に抵抗を受けることなく、自爆攻撃を敢行した。オークたちも、一つ目の球体という、まったく想定すらしていないものの攻撃に酷く困惑し、とっさに反応できなかったのだ。
手足のない球体に、文字通り手も足も出ないオーク軍。しかし、俺が第三波を転送した後は、遅まきながら反撃に出る者が現れた。弓矢での投射、斧や槍などで攻撃する。
が、これらも無駄な抵抗だった。夜間に音もなく飛ぶアイ・ボールを狙い打つというのは困難を極め、近接武器で攻撃しようとすれば、そこで自爆してしまう。
射程外からの飛び道具。言ってみればミサイルを撃ち込んでいる感覚だと俺は思う。こちらは敵の認識圏外のはるか彼方にいて、ダンジョンコアの映し出すホログラフ状のマップを見ながら、適当にアイ・ボールを放り込んでいく。
無人機を遠隔操作して武器を撃つ。ボタンひとつで敵が死ぬ、そんな戦い方だ。
これなら全滅もさせられるな。まあ、しないけど。ダンジョンコアも使い方次第では、チート兵器に早変わりだ。
「まるでゲームだな」
ベルさんが唐突に言った。同じくホログラフを眺めつつ、黒猫は尻尾を叩いた。
「大昔に、こう実際の戦場をボードゲームに見立てて、兵を動かしたのを思い出した」
どんな姿かは知らないが、魔王が玉座に腰掛け、チェスをするように駒を動かす図を連想する。……うん、わかるわかる。
「現代の戦争ってやつが、まさか魔王様のそれと同じとはね」
俺は思わず皮肉るのである。
「でもオイラなら……そうだな、奴らの陣地に隕石を落とすね」
隕石! ファンタジー世界のミサイルだなそれは。なるほど、そういうのもあるんだな。ただあの大軍を吹き飛ばす大きさや規模を考えると、隕石作るのに消費する魔力の量も馬鹿にならない気がするがね。一考する価値はありそうだ。
ともあれ、オーク軍はその数を大幅にすり減らした。
朝日が昇る頃、その兵力はおよそ500程度に落ち込んでいたのである。
・ ・ ・
行軍するアーリィー率いる遠征隊に合流した俺たちだったが、そこでひとつの問題が発生していた。
昼の休憩。王子専用の天幕内で、近衛騎士のオリビアが言った。
「出発前に比べ、四十人ほどが行方不明となっています。行軍中や休憩時間に脱走したものと思われます」
脱走。軍を抜け出したのだ。今回の遠征に明らかに危機感を抱いている者たちが少なからずいたということだ。いや、まだ残っている連中の中にもその気持ちに傾いている者もいるだろう。
無理もない。第一次遠征に比べて数は少なく、またその兵も前回の戦いでの生還者が多い。敵に散々に打ちのめされ、命からがら逃げてきた兵たちの士気が高いわけがない。名誉挽回の機会を与えられた、と解釈するには、この兵の数は少なすぎる。戦って死ね、と暗に命令されたと思ったのだ。
「アーリィー様がいらっしゃるから、この程度の離脱者で済んでいるかもしれません」
次期王である王子殿下が参加しているから、捨て駒のはずがない――そう思って、踏みとどまっている者もいるということだろう。王が、その王子の死を望んでいると言ったら果たしてどうなるか。……明らかに軍は崩壊するな。
「……」
アーリィーは無言である。自分でもどうしたらいいかわからないのだろう。上手く戦意を高揚させる材料が見つからないのかもしれない。
オーク軍とぶつかる前に、何らかの士気向上を図らないと、せっかく敵の数を減らしても逃げ出してしまうのではないか。
それは非常によろしくない。
まさか敵と戦う以前に、味方の――それも集団の大部分を構成する兵に足を引っ張られるとは。
「要するに兵どもにやる気を出させる必要があるってことだろう?」
ベルさんが、机の上で寝そべりながら退屈そうに言った。
「アーリィー嬢ちゃんが、兵どもの前で演説ぶってやれよ」
「ベルさん」
オリビアがムッとした表情を浮かべた。
「殿下に対して嬢ちゃんなどと……無礼が過ぎるのでは」
「おっと、これは失礼」
オリビアをはじめ、周囲にはアーリィーは少女の雰囲気はあるが、あくまで『男』である。そこを女扱いするのは侮辱と受け取ったのだろう。アーリィーはベルさんが本当の性別を知っているから、侮辱でもなんでもないのだが、立場上、苦笑するしかなかった。
「兵士のやる気、か」
そういえばあったねぇ、俺の英雄時代。大帝国との戦争中に、あまりに劣勢すぎて士気ががた落ちな戦場ってのが。……ふふ、『英雄』か。
「ジン?」
怪訝な顔になるアーリィー。どうやら俺は無意識のうちに笑みを浮かべていたようだった。
「よしよし、じゃあ、ここらで戦意高揚のための手を打つとするかね」
「何か妙案が?」
オリビアが身を乗り出せば、俺は席を立つ。
「援軍を連れてくる」




