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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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142/1908

第141話、砕かれた竜殺剣

 

 くそ! 


 足を封じたエンシェントドラゴンの抵抗で、ヴォードの竜殺しの大剣『ドラゴンブレイカー』が破壊されてしまった。


 ベルさんがヴォードを俺のもとまで抱えて戻ってきた。その顔は茫然自失といったところで、それまで見せていた揺ぎ無い自信は欠片もない。

 とにかく、厄介な状況だ。泥沼の魔法でエンシェントドラゴンは動けないとはいえ、倒したわけではないのだ。

 しかし奴も、左腕を失っている。まだ前衛班は健在だ。


「マルテロさん! まだ動けますね!?」

「おうさっ!」


 そう言いながら地竜の戦鎚と盾を手に、ドワーフが前線へと走る。


「ベルさん、レグラスとナギを連れて、再度、コアにアタックをかけるんだ! バックアップ班、前衛に防御魔法を継続で使用を続けろ!」


 まだ終わってない! 


 周囲の冒険者たちがエンシェントドラゴンに再度の攻撃を仕掛ける。

 レグラス、ナギがサポートに回る中、中央を行くはベルさん。ヴィスタが魔法弓の牽制射撃を続け、ユナ、ラスィア、ブリーゼが防御魔法を前衛メンバーにかける。


 エンシェントドラゴンの右腕をかいくぐる黒騎士は、黒竜の大剣をダンジョンコアへ叩き込む。赤い巨大宝玉にビシリと亀裂が入り、欠ける! 


「チッ、黒竜の爪でも一撃では砕けんか!」


 ベルさんが舌打ちし、再度、斬りかかろうとするが、古代竜が再び右腕をなぎ払い、回避を強いられる。

 すると、次の瞬間、エンシェントドラゴンの胸のコアが光った。数秒とかからず亀裂が埋まり、もとの状態に再生すると、失ったはずの左腕もめりめりと音を立てて生えてきた。


「再生――!?」

「いや、それでも速すぎる!」


 ナギ、レグラスが驚愕する。ラスィアもまた目を見開く。


「コアが、たちまち傷を癒したというの……?」

「あんなの……倒せるの!?」


 アンフィが声を荒らげた。

 俺は歯噛みする。ダンジョンコアによる魔力がブーストとなって、エンシェントドラゴンに驚異的な再生力を与えている。腕の再生はコアと同時だったようだから、再生のタイミングはドラゴンの思考ひとつで行われると見た。

 ダンジョンコアが傷つけば、己を守るためにすぐに再生治癒が行われる。これに打ち勝つ方法があるとすれば、コアを一撃のもとに破壊し、再生させないことだ。


 しかし、対竜装備でも強力な黒竜の大剣をもってしても一撃での破壊は無理だった。となると、ドラゴンの腕すら一刀両断にしたドラゴンブレイカー並みの対竜攻撃力が必須と言える。


 しかしそのドラゴンブレイカーは、すでに古代竜によって折られてしまった。

 つまり、詰みである。古代竜討伐は失敗だ。もはや、この場から撤退し、穴を塞ぐなどして奴をここに封印するしかないか。

 いや、ここに閉じ込めたからといって、コアが健在な以上、モンスターやオークが作られ、前回同様のスタンピードが発生するのは止められない。


 ではどうする――?

 冒険者たちの顔に浮かぶのは絶望。


 ……本当にそうなのか? 


「お師匠……?」


 ユナが俺を見て、不思議そうな顔をした。その時、俺は引きつった笑みを浮かべていたらしい。自覚はなかったが、後でそう言われたのだからそうなのだろう。

 この時、俺の脳裏には、自身でも馬鹿らしい考えがよぎっていた。


 剣を、ドラゴンブレイカーを直せばどうだ? 


 戦場で剣を修理するなど不可能だ。誰が口にしても、正気を疑われただろうが……なまじできてしまうのが何とも、な。


 オーケー。やれる、というかやれそうなプランがある以上、やらずに退却などありえない。まずは、折れた竜殺剣の片割れを回収しないとな。

 俺は、古代竜めがけて駆けだした。一度、距離をとろうと下がるベルさんの背中に叫ぶ。


「ベルさん、奴を牽制! そっちに注意をむけてくれ!」

「! ……何かやろうってんだな! よしきた!」


 黒騎士は後退をやめ、再び跳躍してエンシェントドラゴンに斬りかかった。竜は腕を振るい、ベルさんを迎撃する。恐るべき凶器の爪と大剣がぶつかる!

 その間に俺は、ドラゴンとの距離を詰める。視界に、折れたドラゴンブレイカーの刀身を見つけると、止まって左腕を突き出した。そこから魔力を飛ばして剣を掴むと、一気に引き寄せた。 


 よし、回収成功!

 と、視界にエンシェントドラゴンの口からブレスの光。……また俺を狙うか! だけどな!


 右手の転移の杖をかざしつつ、後退。光のブレスはオレンジ色の魔法陣に吸い込まれて消滅する。

 俺はそのままヴォードのもとに戻る。だが直後、ギルド長は叫んだ。


「全員、撤退だっ! ここから引けッ!」


 え――? 俺は呆然とした。撤退、だと……?

 膝をつくヴォードは一瞬唇を引き結んだあと、「不覚だ」とこぼした。


「おれがあの時、コアを仕留めていれば……くそっ!」

「ヴォードさん!」

「ジン、撤退だ! お前も逃げろ!」


 ギルドマスターは声を張り上げた。


「もはや、我らに勝ち目はない!」

「いや、まだ手はあります!」


 俺は怒鳴るように言った。ヴォードは目を剥く。


「手があるだと? どうやって!?」

「俺が剣を再生させます!」


 ヴォードが持っている、折られた大剣をひったくるように奪う。その間に、レグラス、ナギが下がり、アンフィ、ブリーゼもまた掩護しつつ後退しはじめる。


「ジン・トキトモ! 正気か!? 剣の再生など不可能だ――! ましてこれは世界に一振りしかない名剣中の名剣だぞ!」

「やるだけやらないと――!」

「何をやっとるんじゃー!」


 盾を持ち、ドワーフのマルテロがこちらへやってくる。ユナもシールドを展開しつつ、こちらへと来る。

 さらに――


「オヤジっ!」


 灰色髪の女戦士――深部外で守りを固めていた外部掩護班にいたルティが駆けてきたのだ。


「撤退ってどういうことだ!?」

「どうもこうも……というか、何故ここに来た!?」

「クローガから様子を見てこいって言われたんだよ! 何がどうなってるんだよ!?」

「剣が折れた。もはや、どうにもならん」


 唸るようにヴォードが言えば、ルティもまた、真っ二つのドラゴンブレイカーを見やり絶句する。が、俺が折れた両方をあわせるようにしているのを見やり、眉をひそめる。


「何をやってるんだ、ジン?」

「剣を再生させる!」


 俺は眼鏡型魔法具をかける。調整――材質は上物のオリハルコン。意外なことに刀身に竜の素材は使われていない。おいおい、確かにオリハルコンはアダマンタイトに並んで合金としては最高ランクだが、それだけでドラゴンに対してあの切れ味かよ。こいつを作り上げた鍛冶師は、もはや神レベルのマスタースミスだろうな。


 革のカバン(ストレージ)から、オリハルコンのインゴットを取り出す。俺は昔から貧乏性だ。さらにRPGなどにおいて、希少な品は最低ひとつは持ってないと不安になる性質だ。……最後の一個だ、くそったれ。


 やり方自体は、以前、学校で――テディオ魔法騎士生の剣、フリーレントレーネを直したのと同じだ。

 折れたドラゴンブレイカー、その間に置いたオリハルコン。


 さあ、始めよう――

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