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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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第139話、偉大なる失敗作


 ポータルを潜れば、そこは地下都市ダンジョン。

 例のエンシェントドラゴンが潜んでいる最深部フロアの手前。だがそこにはすでに先客がいた。


 魔法車(サフィロ)と王国軍王室近衛隊の二個分隊十八名。そしてカメレオンコートを羽織り、フードをとって顔を覗かせたのは、金髪ヒスイ色の目を持つ麗しき王子殿下。


「やあ、冒険者諸君、ご苦労」


 アーリィー王子が魔法車のサンルーフから上半身を覗かせれば、俺とベルさん、ヴォード氏を除く冒険者たちが、豆鉄砲を喰らった鳩のようにポカンとなった。

 ヴォード氏がいち早く膝を付き、頭を下げた。


「王子殿下、このたびは古代竜討伐のために、近衛を派遣していただいた上、殿下自ら駆けつけてくださり、恐悦至極に御座います」

「いや、父上からこのダンジョンの攻略を命じられたからね。君たち冒険者が竜退治をするとあれば協力するのは当然のこと」


 他の冒険者たちもヴォード氏にならう。


「微力ながら、君たちがドラゴンを退治するまで、外の守りを手伝わせてもらう。君たちに神の加護あれ。武勲を祈る!」


 アーリィーは王子らしく振る舞った。……これが昨夜、不安に震えていた人物とは誰も思わないだろう。俺は、彼女の見事なまでの王子の言動に感心した。


 ヴォード氏を先頭に冒険者たちが拳を振り上げ、激励に応えた。……少しは戦意高揚の役に立っただろうかな? 一国の王子殿下が、こんな危険な場所に率先してきたとなれば悪い気はしないだろう。


 ここにアーリィーと近衛隊がいるのは、もちろん俺たちが竜を退治すると知っている彼女が申し出たことだ。エンシェントドラゴンを相手にするのはともかく、奴との戦いの際に深部フロアに邪魔が入らないように守る外部掩護班の戦力が心許ない、と俺が漏らしたのが原因だったりする。


 魔法使いが足りない。とくにクローガら五人は、バリバリの前衛で治癒魔法師のひとりもいないのが問題だった。かといって、ポータルでの移動を実際に体験する者は少ないに越したことはなく、ほかの冒険者を引っ張ってくるわけにもいかなかった。

 ポータルの件については初耳だったとはいえ、アーリィーの周りにいる近衛たちは、呆れの混じった驚きを浮かべつつ、特に騒ぐこともなかった。俺のすることに多少慣れたのだろう。


 冒険者たちが班ごとに分かれ、装備の最終点検をしているのを他所に、俺は魔法車(サフィロ)のサンルーフから半身を見せているアーリィーに歩み寄って声をかけた。


「……できるだけ早く終わらせるつもりだけど。やばかったら、ポータルで離脱してくれよ」


 サフィロの正面にはポータルがある。コアであるサフィロには、敵が車に取り付くような状況なら、迷わずアーリィーを連れてポータルに突っ込めと命じてある。

 事前にアイ・ボールで偵察させているが、オークの軍勢が廃墟の町近くに展開している。古代竜とこちらが戦闘になれば、オークやゴブリンどもがやってくるに違いないのだから。


「その前に、終わらせて帰ってきてね」


 アーリィーは微笑むと、自身の傍らにある魔石機関銃を撫でた。


 先日、俺が作った魔力を動力に魔法弾を連続発射する機関銃試作一号である。これを車載機関銃として、魔法車(サフィロ)の天蓋に設置してある。……ちなみに旋回するから、全周囲を掃射できる。明け方、アーリィーにはこれの撃ち方と、弾倉ならぬ魔力パックの交換方法を教えて、少し練習した。

 俺は頷いて、冒険者たちのもとに戻ろうとすると、アーリィーが声をかけてきた。


「幸運を。死なないでね……」


 手だけあげて応える俺は、バックアップ班のもとへ。


 ラスィアさんをサブリーダーに、ユナ、ヴィスタ、アンフィ、ブリーゼが俺の指揮下に入る。……本当は俺よりラスィアさんがリーダーだと思うんだけど、複数のドラゴン討伐の経験者ということで俺がリーダーなんだそうだ。


「打ち合わせどおり、ラスィアさん、ユナ、ブリーゼは、前衛班に防御魔法をかけて掩護する。ヴィスタはエンシェントドラゴンに嫌がらせ攻撃で気を引きつつ、前衛を掩護。アンフィ、あなたは前衛班に負傷者が出た際に掩護と救出をお願いします」


 彼女たちは一様に頷いた。……見事に女性ばっかりだな。昨日辞退したアストルが残っていれば、こうはならなかったのだが。

 さて、俺の役割は……まあ、色々だよ。まず他の誰よりも先に、古代竜の動きを封じる魔法を使い、その後は状況に応じて、前衛やバックアップ班のサポートを行うと。


「ジン!」


 ヴォード氏が呼んでいる。はいはい、今行きますよ。


 エアブーツ起動。加速で滑るように、ギルド長のもとへ。彼と前衛班は、最深フロアへ通じる穴――前回俺が開けた出入り口だ――を覗き込んでいた。


「奴は、どうやらこちらに気づいたみたいだ……」


 穴の向こう、エンシェントドラゴンがのそのそと起き上がり、目覚めの咆哮をあげた。


「それじゃ、ちょっと奴を誘導がてら、行ってきます」


 俺は革のカバン(ストレージ)から、とっておきの超兵器を取り出して右手に持った。

 杖である。黒いオーブのはめ込まれた、長さ一メートルほどの杖だ。特に飾りがあるわけでもない平凡な見た目である。

 が、この杖は魔法を使うための触媒ではなく、ただひとつの魔法を使うためだけに存在する。それ以外のことにはまったく使えない杖だ。


 俺は穴を通って、古代竜のいる最深フロアへ入り込む。他の冒険者たちはひとまず安全圏で待機である。

 地面の上を滑りながら距離を詰めていると、エンシェントドラゴンは俺を認識した。その目は俺を捉え、のしのしと二足で歩行を始める。


 揺れる地面。だが俺はエアブーツで地上から数センチ浮いているので、揺れは感じない。俺は悠然とドラゴンが歩いてくるのにあわせ、エアブーツの加速をやめると歩く速度に切り替える。向こうが来てくれるのだ。慌てて進むこともあるまい。


 エンシェントドラゴンも歩く。迫る巨体。一歩一歩が人間のそれよりもはるかに距離を稼ぎ、その分、速く向かってくる。

 ……うん、せっかく杖を出したのに、このまま使わずに済むかな?

 奴との距離を詰めるのが第一段階。そこで俺に課せられた使命は、ドラゴンの動きを封じ込めることである。……さあ、来い。戦い方を教えてやる!


 と、エンシェントドラゴンが立ち止まった。直後、その口の中に光がほとばしる。光のブレスだ。俺があまりにゆっくり来るものだから、さっさとなぎ払うつもりなのだろう。杖の出番があってよかった、ってか。


 俺は歩きながら、手にした杖を前方に向ける。リング展開、範囲は直径二メートルとしておこう。ブレスのカスでも当たって怪我しました、なんてシャレにもならん。

 まるでさした傘を向けるように、俺の向けた杖からオレンジ色の魔法陣が展開する。エンシェントドラゴンが光のブレスを吐いたのは、まさにその瞬間だった。

 まばゆい光の束が俺に迫る。当たれば一発で、それも数秒とたたずに蒸発してしまうだろうそれ。光の障壁などの防御魔法でも一応防げるといえば防げるのだが、魔力は温存したいからな。


 とか思っている間にブレスが殺到した。しかしオレンジ色の魔法陣が光のブレスに触れた瞬間、恐るべきドラゴンの光線を吸い込むように消滅させていく。

 掃除機がゴミを吸引するように、光のブレスは魔法陣に飲み込まれる。


 偉大なる失敗作。俺の持つ杖の名は、『転移の杖』。いわゆる転移魔法陣を形成し、魔法陣から魔法陣への移動を簡単に行おうとした代物だ。


 ポータルよりも、ダンジョンなどにある転移魔法陣に近い瞬間移動を目指したそれは、ダンジョンテリトリー以外での転移を目指して製作されたが……結局のところ失敗した。転移で飛ばしたものが、設置した別の転移魔法陣から出てこなかったのだ。

 要するに、飛ばしたものがどこかへ行ってしまったのである。当然、行ったきりで戻ってこれないのでは、危なくて人間を転移させられない。だから失敗作である。


 だが、本来の機能を発揮しない一方、恐るべき超兵器にもなった。

 この杖の魔法陣で、敵を叩けば『どこか次元の彼方へ飛んでしまう』というある意味、必殺武器となったのだ。……まあ、どこかへ飛ばしてしまうという都合上、倒した魔獣の剥ぎ取りなどができないから、使い道は限られるが。

 それに一応、魔法なので今回の古代竜のような魔法無効の相手にも通じないが。いやはや、それがなければこの杖で一発なんだけどね。


 ともあれ、ブレス攻撃を、次元の彼方に吹っ飛ばして無効化した。

 エンシェントドラゴンも、しばし何が起こったかわからず様子を窺ってきた。もう一度、ブレスを放ってきたが、やはりそれも転移の杖が消滅させる。

 ブレスが効かないと判断して、ドラゴンは前進を開始した。踏み潰しか、あるいは尻尾の一撃か。まあ、何でもいい。


「こいよ、古代竜。お前のブレスは効かないぞ」

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