第138話、出発を控えて
青獅子寮の俺の部屋。夜、アーリィーが寝間着姿でやってきた。
「明日の午後、出発なんだ」
眠れないのだと言う。古代竜退治を命じられ、軍を率いることになった彼女は、不安でたまらないのだろう。
おいで、と俺は、子どもをあやすように抱きしめてやると、彼女の背中を撫でてやった。
父王からの命令。地下都市ダンジョンの攻略。アーリィーを死地に追いやる命令。王国が危険なダンジョンを攻略して民を守る――大義は充分なのが余計に腹が立つ。
「エンシェントドラゴンを倒したら君と合流するよ。冒険者たちで竜を倒せば、あと残っているのはオークの軍勢だけだからな」
王国軍の第一次遠征隊が壊滅させられたグリーディ・ワームは俺たちで倒した。そして残るオーク軍と、アーリィーたち第二次遠征隊が戦う時は、俺も参加するつもりだ。
「そのエンシェントドラゴンだけど、倒せる?」
アーリィーが俺を見上げてくる。
「倒すさ」
まあ、古代竜を倒せなかったとしても、奴がいる場所を埋めて動けなくしてやれば最悪それでもいいかなと思ってる。いわゆる封印ってやつだ。物理的に。ただ、それだとダンジョンのモンスター湧きが続くから、ちょくちょく魔獣の討伐やらは必要だろうが。
「とは言うものの……」
俺は髪をかいた。
「ドラゴンの足と尻尾は封じる策はあるけど、急所であるダンジョンコアを狙う際に邪魔になる腕と、あとブレス対策がな……」
対竜武器を持った前衛冒険者たちが、ドラゴンの胸にあるダンジョンコアを攻撃しようとすると、どうしても避けられないのが、ブレスと二つの前足こと腕である。
これを魔法障壁などの防御魔法で防ぐとしても、古代竜が連続して攻撃してくれば障壁にも限界が来る。
魔法使いが重ね掛けで障壁を維持できる間に古代竜を仕留められれば問題ないが、ダンジョンコアが想定より硬かった場合……逆襲にこちらが耐えられないという可能性もある。
「ブレスは早々連射するものではないだろうけど、腕は振り回す分、攻撃が速いし連続で使える。ドラゴンクラスの打撃だと、障壁も長くはもたない」
「ドラゴンの腕を切り落とす、というのは無理かな?」
アーリィーが言った。俺は嘆息する。
「やっぱそれしかないか。中々骨が折れそうだけど」
二足で立つドラゴンだけあって、腕――前足は、後ろ足に比べてそれほどでもない。それでも巨木の如き太さではあるのだが。
対竜武具なら硬い竜の鱗を貫けるし、傷も負わせられる。だが巨木を一刀両断することがほぼ不可能であるのと同様、あの太い竜の腕を素早く切断するのは至難の業だろう。……某斬鉄剣の使い手でもいれば話は別だろうけど。
何度も斬りつけている間にも、その腕は動いて抵抗するだろうし。長引けば、竜の再生能力に回復させられてしまう。
「奴に魔法が通じればな……」
バインド系の拘束などが通用すればいいのだが、電撃を流す麻痺系は魔法無効でダメ。では地面から植物の蔦を巻きつかせるような自然魔法はと言えば、ドラゴンのパワーで引きちぎられるだろうことは想像に難くない。鎖でも巻きつかせて、綱引きでもする? それこそ無理だな。
「……」
「ジン?」
俺が黙り込んだので、心配したのかアーリィーが俺に顔を近づけた。ふっとかかる吐息。俺は思わず笑みを浮かべた。
「ま、何とかするさ」
彼女を心配させてはいけない。この娘を守ってやらないとな。
・ ・ ・
翌日、冒険者ギルド一階フロア。
明るい日差しが差し込む。本日は快晴。これからダンジョン最深部へ向かうなんてことがなければ、とても気持ちのいい朝だったに違いない。
俺とベルさんほか、エンシェントドラゴン討伐の冒険者たちは集合していた。参加メンバーは16人。あれから欠員はなし。竜退治に恐れをなしてこなかった冒険者はなし。
朝早くにもかかわらず、いつものようにやってきた冒険者たちは、これから王都のトップランク冒険者たちが古代竜退治に向かうことを知って、緊張の面持ちで見守っている。
トゥルペさんやマロンさんといったギルド職員もカウンターから同様の視線を送る。
冒険者ギルドのマスターであるヴォード氏が、咳払いのもと、一同を見回した。
「では、準備はいいな? 各自、現地に到着したら作戦どおりに行動――」
ヴォード氏の視線が、娘であるルティさんに向く。Bランク冒険者にして今回も参加する彼女だが、父親の視線に対し顔を背けた。……作戦説明した時に、ひと悶着あったから、感情の整理がついていないのだろう。
俺は表情を崩すことなく、静観する。
対竜戦に参加したいと言うルティさんに、ヴォード氏は駄目だと突っぱねたのが原因。娘を最前線に出すのが嫌なのかと食い下がる彼女に、ヴォード氏はそれは関係ないと言った。
俺が配置を決めたと言えば、こじれることはなかっただろうに、ギルド長はそれを言わなかった。家族が絡んでいるなら、俺を悪役にしてくれてもよかったんだけどな。責任を俺に押し付けなかったところに、ちょっと好感を抱いた。
「最後に質問は?」
ヴォード氏は問うが、誰も何も言わなかった。ある者はこれからの戦いに血を滾らせ、またある者は表情を強張らせ、緊張を漂わせる。
「では、前衛はおれが指揮する。バックアップ班はジン、外部掩護班はクローガ、任せるぞ。……出発だ」
先頭きって歩くヴォード氏に、冒険者たちは続く。クローガが俺のもとにきた。
「まさか俺が掩護班のリーダーを任されるとは……」
「あなたには適任だと思いますよ、リーダー」
「君の推薦か、ジン君?」
「まあ、そんなところです」
俺が決めた。そしてヴォード氏がそれを承認した。俺は冗談めかす。
「でもあなたはまだいい。俺なんかEランクなのに周りのメンツが全員Aランクなんですよ」
「大抜擢だな」
楽しそうにクローガは笑った。飄々としているというか、この状況でも明るい。
談話室のひとつ、その先にあるポータル。エンシェントドラゴンが待つ戦場は、すぐそこだ。




