第134話、地下都市ダンジョンからの脱出
撤退の号令が、エンシェントドラゴンの咆哮の合間をぬって繰り返された。
クローガとガルフが、古代竜の足元を離れ、魔術師アストルも浮遊の魔法を駆使して、跳ねるように駆けてくる。……おっと、ギルド長の娘であるルティさんも無事のようだ。
「ヴィスタ、皆が来るまで掩護しろ。頼めるか?」
「もちろんだ!」
ヴィスタが効かないまでも魔法弓を撃ち、ドラゴンに嫌がらせを攻撃を行う。……地味にちくちくと目元狙うのはやめてさしあげ――なくてもいいか。
俺はエアブーツで加速し、フロア内を進む。ベルさんはすでにエンシェントドラゴンへと突っ込んでいっている。
古代竜が、尻尾を地面に叩きつけた。どうも目元への攻撃を嫌がって、暴れているようだった。地面が砕かれ、岩が跳ね、それが逃げるルティ嬢のもとに飛んできて――
「光の障壁!」
ルティさんの周りに障壁を展開して、岩を跳ね飛ばす。少し遅れて、俺は彼女のもとへ。
「無事か!?」
「……いまのは君か? 助かった。ありがとう!」
そういえば、直接話したのは今のが初めてだったか。長身の女戦士は屈託のない笑みを浮かべた。
とりあえず、これで生き残っているのは全員か? ……あ、違う。
エンシェントドラゴンの向こう側。壁際にまだ人の気配。
金髪の魔法剣士アンフィと、ウサギ耳フードの魔法使い少女ブリーゼだ。あいつら何であそこで動かないんだ? ……あ、もう一人いた。
ナギという女剣士が倒れていて、そのそばに二人いるようだ。さっきヴィスタが言っていた重傷者ってやつか。その仲間のそばにいるというわけだ。
俺はルティさんを安全圏まで送ったと判断すると、反転して、ドラゴンのほうへ。すでにベルさんがデスブリンガーを振り、古代竜に切りかかっていた。
「クソったれが! 堅すぎなんだよ!」
ベルさんが悪態をついた。あの魔法剣、デスブリンガーをもってしても鱗に傷をつける程度にしかならないようだ。……おいおい、どうやって倒すんだよこれ?
魔法を奴の体内に放り込むか? クリスタルドラゴンには効いたが……あれは魔法が一応効いたタイプだからなぁ。魔法が効かないタイプのドラゴンだと、中に魔力を送り込んで発動ってのができない。まあ、要するに古代竜ってのは、ドラゴンのなかでもトップクラスにヤバいやつってことだ。
行きがけの駄賃ついでに仕留めようなんて考えは捨てよう。まずは、冒険者たちを逃がして、落ち着いてから次の手を考えることにする!
エンシェントドラゴンがブレスを吐いた。天井めがけて放たれたそれは天井の一角を崩し、岩塊の雨を降らせる。どうも、まわりでチョロチョロするベルさんに苛立った一撃のようだ。器用に岩の雨を避け、ベルさんが距離をとる。
俺はその隙に、アンフィたちのもとへ。
「お前たち、無事か!? ……動かせるか?」
倒れているナギは意識がない。腹部と左腕を、爪がかすったようだが、そこから出血したのだろう。彼女の衣装を赤黒く染めていた。彼女のそばに膝をついているアンフィは泣きそうな顔で首を横に振った。
「治癒魔法をかけたけど、これ以上は彼女の体力が危なくてかけられないの!」
この世界における治癒魔法は、基本的に自然治癒力を高めて再生を促すものだ。怪我や病気を通常より早く治す一方で、かけられた者の体力は消耗する。ひたすら回復魔法をかければ全回復するゲームとは違う。
となると、別の回復手段を用いるしかないわけだ。俺は革のカバンに手を突っ込み、非常時用の回復薬を探し、取り出す。
「これはエルフの治癒薬だ」
瓶のふたを開け、ナギの傷口に軽く中の液体を垂らす。
「以前立ち寄ったエルフの里で特別にもらったものだ。再生力とは別の力で身体を治す」
腹部と腕の傷にかけた後、残りをナギの口に少し注ぐ。……完全回復とはいかないだろうが、少なくとも少しの間動かしても大丈夫だろう。
「あんたはいったい……?」
呆然とするアンフィ。俺はそれを無視して、土壁に手を向けた。
「ポータル」
青い魔法のリングが出現する。アンフィも、ブリーゼも驚いた。
「この先は、王都の冒険者ギルドに繋がっている」
「え……な、なんですって!?」
キンとくるアンフィの声に、俺は思わず顔をしかめる。
「ラスィアさんが待機しているから。そこで事情を話せば、すぐに医者を手配してくれる。わかったら、さっさと怪我人を運べ!」
俺が命令口調で言えば、アンフィは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、背後からエンシェントドラゴンの咆哮を聞き、我に返った。
「ほら、さっさと行け!」
「あんたはどうするの!?」
「他にも冒険者たちがいるだろうが!」
俺はポータルのまわりに擬装魔法をかけて、岩壁の一部に見えるように細工すると、エアブーツで駆けてそこを離れた。古代竜はベルさんとヴィスタの攻撃に気をとられている。
他の冒険者たちは、皆俺が開けた穴からフロア外に出たようだ。
「ベルさん! 引くぞ!」
俺が呼びかければ、ベルさんも戦闘をやめてエンシェントドラゴンから離れた。
「スモーク!」
煙幕を撒き散らす魔法を古代竜のまわりに打ち込む。直接本体に魔法が効かなくても、それ以外はいつもどおり。視界を奪うくらいは造作もないっと。
その隙に、俺とベルさんは、ドラゴンの巣食うフロアから脱出する。掩護に徹していたヴィスタが最後に出た。
穴の向こうには先に脱出していた冒険者たちがいた。ユナ、リューグ、シルケーのほか、レグラス含め6人が。
このダンジョンに到達した時は17人。ベルさんを入れると18人か。ここに12人。アンフィたち3人は離脱したから、3人の冒険者が古代竜にやられたわけだ。これを少ないと見るか多いと見るかは人それぞれだろう。
「ジン・トキトモ」
探索隊副リーダーであるレグラスが俺に声をかけた。ちなみにリーダー様のシャッハは座り込んで頭を抱えている。
「いまリューグたちに聞いたが、表にはオークの軍勢がいるんだって?」
「そういうことだ。馬鹿正直に戻ろうとすれば、お外で連中と鉢合わせになる」
「そのようだな。……それで、ここにいるのが全員だが、これからどうするべきだと思う?」
「もちろん、王都に帰る」
「無理だ!」
シャッハが叫んだ。
「表にはオークがいるんだろう? なのにこんな奥にいて……! そうだ、お前の車に乗れば!」
銀髪イケメンは立ち上がると、停めてある魔法車に駆け寄った。だがドアの開け方がわからないようだった。
「……こういう非常事態に備えて、手は打ってある」
俺が言えばクローガが「どんな?」と聞いてきた。他の冒険者たちに比べて、悲壮感が少なく、取り乱した様子もない。……リーダーにするなら、彼のような人間がいいだろうな。
「ここに転移魔法陣がある」
ポータルを具現化させる。突然現れる青いリング。その光の先は――
「冒険者ギルドに繋がっている。つまりここから、あっという間に帰還だ」
「ええっー!?」
周囲が度肝を抜かれたらしく声を上げた。……うん、説明してる暇はない。
「ほら、急げ。それともここに残るか?」
俺は冒険者たちに促した。ベルさんがさっさと通過するのをみて、ユナ、ヴィスタが続き、他の冒険者たちも次々にポータルを通過する。
シャッハが迷っていたようだが転移リングを通ったところで、俺は魔法車を大ストレージを開いて収納。ポータルをくぐって、地下都市ダンジョンを後にした。




