第121話、午後のお茶会部
サキリスのほか、貴族の女子生徒が主な構成員というお茶会部。俺とアーリィー、ベルさんは招待されたが……ほんと女子しかいないなぁ。
男子禁制というわけではないが――そもそも世間一般では男子であるアーリィーが所属しているくらいだ――何だか秘密の花園臭がする。女子生同士で、ねっとりした視線を交し合うようなのもいるし。ゆりんゆりん……。
部長はエクリーンという侯爵令嬢――サキリスとは遠縁に当たるという。薄い金髪に青い瞳、静かな雰囲気を漂わせている。令嬢とはまさに彼女のためにある言葉のように思える。逆に言えば、魔法騎士生らしくないというべきか。
「はじめまして、ジン・トキトモさん。貴方のお話は、サキリスさんからよく耳にしていますわ」
ちなみに、サキリスは午後のお茶会部副部長らしい。
エクリーン部長は紅茶を口に運ぶ。ぴんと伸びた背筋といい、その所作に隙がなかった。
「先日の王都防衛戦で、ジンさんは目覚しい活躍をなされたとか。その――何と言ったかしら? 滑るように大地を駆ける魔法の靴」
「エアブーツ」
「そう、エアブーツ。それで戦場を縦横無尽に駆けたとか。それで敵を倒し、傷ついた仲間をお救いになられたと」
どこまで知ってるんだろう、この人。俺は紅茶を飲むふりして思考をまとめる。ベルさんはアーリィーの前にいて、彼女に背中をナデナデしてもらっている。他人事みたいな顔しちゃって、ほんと。
「貴方の活躍を見た冒険者たちの間でも、早速エアブーツが話題になっているようですわね」
「そうなんですか?」
思わず敬語になっちまった。最年長学年で、歳は同じらしいのだが。……あ、いや、本当は俺三十なので、皆年下ですが、はい。
「えっと、エクリーン部長は――」
「エクリーン、で結構ですよ、ジンさん」
「……エクリーンさんは私の記憶違いでなければ、エアブーツの希望は出されていませんでしたね」
私、なんて言ってしまったよ。
「ええ、わたくしは、特に急ぐこともございませんので、せっかくいただいても使う機会がないと思いまして」
流行に流されない人かな、この人。俺は、そうですか、と適当に相づちを打つ。
会話は進む。俺がどんな魔法で魔獣と戦ったのか。攻撃、補助、回復の全系統の使い手であること。そして――
「あの黒い甲冑をまとった騎士ですけれど」
はい、ベルさんの話題きたー! ……っておいおい、そこであからさまに、そっぽを向くなよベルさん。ついでにアーリィーも何で明後日の方向向くのさ?
「黒騎士も話題になってますわね。彼はいったい何者なのか。冒険者ギルドの登録もされていない方で、冒険者でも傭兵でもないらしいのですが」
へへ、冒険者ギルド登録しようとしたら断られたのさ。猫はお断りだってさ、ぷぷ。――俺は思い出し笑い。
「ジンさんはご存知ではないですか? 聞けばその謎の黒騎士と一緒に戦われたのでしょう?」
ちら、と俺は他人事を決め込む黒猫に視線を向けた。どうするよ?
仕方ねえな――ベルさんは四足で立ち上がると、トコトコとエクリーンさんの前に移動した。
「あれは、オレ様だ」
はい? ――エクリーンさんもはじめ、聞いていた女子生徒たちが小首をかしげた。俺は唇を噛んで笑いを殺す。うん、そうなるよね。猫がそんなこと言っても信じられないよねぇ!
くすくすと穏やかな笑いが広がった。子供の冗談に付き合うような、穏やかな笑みである。ウケたよ、ベルさん! そんなつもりはなかっただろうけど。
まったりとお茶会は進み、デザートとして出されたケーキに舌鼓を打つ。エクリーンさんは言った。
「それでジンさんは、この学校を卒業したら、魔法騎士になられますの?」
将来の話だ。アーリィーの手が止まった。サキリスもじっと、俺に視線を向ける。気づけばベルさんを除く全員が俺に注目していた。エクリーンさんは言った。
「やはり、アーリィー様にお仕えするのですか?」
「あー、ええ――」
何て答えるべきだろうか。俺はアーリィーの身辺を警護する者として、この学校にいるが、結局のところ依頼の一環である。言ってみれば雇われているが、それは生涯の契約でもなく、事が終われば、はいさようなら、である。
アーリィーとはだいぶ親しくなったし、できれば一緒にいたいと思っている。それは彼女も同じだと思う。
が、王子という彼女の立場と、一冒険者である俺では、どうしようもないこともあって――というか、表沙汰になったらヤバい案件でもある。
彼女はどうしたいんだろう? この関係について、やはり身の安全が確保されたら、好きという感情を持っていたとしても、世間体があるから別れるだろうか。……まあ、そういう関係ではあるのだけれど。
俺が彼女の騎士として仕える? それも一つの道なのだろうが、本音を言えば、別に騎士になりたいわけではないし、王宮勤めがしたいわけではない。のんびり穏やかな日々が過ごしたい。
「もし、まだ勤め先が決まっていないのでしたら――」
エクリーンさんは、紅茶カップをソーサーに置いた。
「立候補しようかしら……。ねえ、貴女はどう思って? サキリスさん?」
「そ、そういうことでしたら、ぜひ我がキャスリング家にお招きして、騎士となってもらいたいですわ」
話を振られたサキリスが紅茶カップを手に取る。眉がぴくぴくしているのは気のせいか。
「それで、ぜひにわたくしのご主人様に――」
まて、そのご主人様は夫という意味か? 変態性欲持ちのサキリスからすると別の意味にも聞こえるが……いや、どっちにしても考えさせてもらいたいが。
「あらあら、サキリスさん。顔が赤くなってましてよ?」
悪戯っ子のような笑みをこぼすエクリーンさん。サキリスは傍目からもわかるくらい赤面している。
「ジンは、ボクのそばにいるんだ」
アーリィーが唐突に言った。……って、彼女も顔を赤くして、ぷるぷると震えている。その様子を見た、何人かの女子生が「まあ」と口もとに手を当てた。
ざわ……。
赤面するアーリィーは可愛らしいが、まわりの生徒たちからしたら王子様なわけで……ぜったい男同士の絡みを想像した奴いるだろう!? ほら、そこ! 釣られて赤面している女子!
どうしてくれるんだよ、この空気!
この中で、ベルさんはニヤニヤと成り行きを見守っていた。
いや、もうひとり。エクリーンさんもまた、周囲をよそに楽しそうに微笑んでいた。




