第120話、外見にこだわってみた
日付が変わった。数時間ほど眠った後、日が昇る前に、俺とベルさんは、魔法車に乗って王都の外を走っていた。
目的地は、先日の魔獣軍本隊を地の底に埋没させた戦場跡。土がひっくり返った影響で周囲が草地にもかかわらず、当該箇所はグラウンドのような状態だ。だから場所を見つけるのは難しくなかった。
若干眠い。何度かあくびが漏れ、その都度ベルさんにからかわれた。
車を止め、コア本体を取り出すと、昨晩あり合わせで作った浮遊式台座にセットする。
この浮遊式台座は、一見すると杖の上にコアが乗っているだけのようだ。だが杖に刻んだ魔法文字により、地上から十数センチのところを浮遊、動くことができるようになっていた。ユナの持つ蹂躙者の杖が浮くのと、基本は同じである。
「では、始めてくれ」
俺の指示を受け、浮遊していた杖型台座は地面に刺さるように降りる。
『ダンジョン・テリトリーを展開、周辺のダンジョン化を開始します』
地面と繋がったサフィロは、周囲を自らの支配下に入れるべく走査と共に領域を伸ばしていく。
俺とベルさんは、周囲に視線を巡らせる。いちおう、目撃者がいないのを確認してやってはいるが、作業中に視界に入ってくる者がいるかもしれない。まだ日が昇る前なので、動いている者などいないと思いたいが、魔獣軍騒動の直後だ。絶対はない。
『マスター、対象範囲内を支配しました。ダンジョン・テリトリー内、クリエイト可能です』
前回に比べてテリトリーが狭い分、早かった。俺はダンジョンマップを展開させると、操作を開始する。マップ上は、何もないまっさらな状態だが、まずは地下三十メートルより少し上のあたりに拠点用の小部屋を作成する。
『転送陣を配置可能です。配置しますか?』
Yes ――次の瞬間、俺とベルさん、サフィロが地下の小部屋へ転送された。ダンジョン内を転送陣で自由に行き来できるのも、ダンジョンマスターの特権である。
サフィロの浮遊台はともかく、魔法車まで転送されたので小部屋が手狭だ。俺は再びマップを操作、部屋を広げる。
次にストーンゴーレムをクリエイトする。昨日、あれこれ考えていたが、『俺の考えた最強のゴーレム』を作っている時間的猶予も材料もないため、今回は岩のゴーレムで間に合わせることにした。
今回必要なのは、サフィロのコピー・コアが入る器としてのゴーレムなので、性能については二の次でもいいのだ。
ただ外見だけは、これまでの適当なものではなく、ちょっとこだわってみた。
灰色の胴体は岩の色。各部位は角ばっていて無骨そのもの。脚は太くやや短め、肩幅は広くそれぞれの腕には装備換装用のハードポイントを備える。……装備換装は、ロボットモノのロマン、そうだろ?
頭部も、四角いゴーレム頭を、マシンをイメージした鋭角的な印象に仕上げ、その目は赤い単眼が輝いている。モノアイだろ、やっぱり! なお現状、単眼どころか目をつける意味はない。完全に趣味、飾りである。
全体としては兵器チックな無骨感丸出しの装甲歩兵じみたスタイル。スマートさは欠片もない。いいんだ、ゴーレムなんて避けるより頑丈さでしょうが。高さはおよそ三メートルほどだが、元のゴーレムよりはシャープである。
いちおう名前は、ヴィジランティ(仮)。……意味は確か、自警団員だったか、まあそんな感じだったような。
識別コードは――なんて言い出したら、完全にそっち好きな人に見られちまうが、うんまあ、そう、好きだったんだよ。
ヴィジランティ(仮)を三機――ゴーレムの数え方としては間違っていると思うが雰囲気ってやつだ――それをクリエイトする。
浮遊台のダンジョンコアが輝き、自らの廉価版複製であるコピー・コアが三つ作られる。それらがヴィジランティの胴体に収められたことで、この三機に仮の命が宿る。コピー・コアの魔力がゴーレムの全身を駆け巡り、岩の人形は動き出した。
採掘用に大急ぎで製作した装備をストレージから出す。英雄時代に手に入れたレア素材である地竜の爪と、ミスリル銀で加工した爪に、同じく地竜の角を穂先としてつけた槍。これは両方とも堅い地面でもサクサク掘れる採掘のお供である。足りない分はミスリル製のクローで間に合わせた。
それぞれヴィジランティ(仮)は装備して、採掘作業に掛かる。
サフィロ本体は、土砂内の魔獣や亜人の死骸を魔力化吸収しつつ、三機のヴィジランティをナビゲートした。
さて、俺とベルさんは、特にやることはないので、地上に戻ることにする。魔法車はコアであるサフィロを外しているので、魔石エンジンは水晶竜の魔石のみとなる。性能低下は仕方ない。
『マスター、よろしければコピー・コアを載せますか?』
サフィロが提案してきた。性能は落ちるが、多少のナビは可能だし、コピー・コアを通して本体と交信も可能になると言う。
オーケー、ではそうしよう。
俺とベルさんは魔法車に乗り込む。サフィロが収まっていたダッシュボードに、コピー・コアを設置して、と。俺は窓から浮遊台のサフィロ本体を見やる。
「じゃ、後よろしくな」
『行ってらっしゃい、マスター』
サフィロ本体と、ダッシュボードのコピー・コアが同時に答えた。交信ができる、というかリンクしてね、これ? まあいいか。
転送陣で、車ごと地上へ。朝日がうっすらと昇りつつあった。
「じゃ、帰ろうか」
「おう」
ベルさんの返事を聞きながら、俺はアクセルを踏み込んだ。
・ ・ ・
朝、青獅子寮で何食わぬ顔で朝食を摂り、その後、アーリィーと通学した。
学校では、先日の魔獣軍襲来による王都防衛戦が生徒たちの話題になっていた。冒険者たちが南門を死守し撃退した、程度の情報は王都中に伝わっているようで、その結果、俺のもとに生徒たちが群がることになった。
なにせ、俺は生徒である前に冒険者である。予備兵力として後方に待機していた魔法騎士生たちと一緒にいなかったので、当然最前線にいただろうと思われたのだ。
はい、この人たちに本当のことを話す必要性はまるでないので、適当なことを言いました。
魔法使いとして、外壁南門の上から、魔法を使って掩護したこと。敵の数は非常に多く、まるで海のようだったとか何とか――
大抵の生徒たちはそれで納得した。俺自身の活躍うんぬんより、俺が見た戦場の空気感や出来事に触れたかったようだった。
だが……。
「はい、嘘おっしゃい。ジンさん、わたくしの目を見て、正直に言って御覧なさい」
サキリス嬢は騙せなかった。
昼食後、早々に帰ろうとした俺とアーリィーだが、サキリスと女子貴族生たちに捕まった。
午後のお茶会部――アーリィーも幽霊部員ながら所属している部の面々に招待という形で、彼女たちの部室に連れてこられた。
メイドさんが並び、部室の外がカフェテラスのようになっているのを見ると、午後のお茶会部という部名は伊達ではないなと思う。
本日はお日柄もよく――なんて、サキリスの口から聞くと、こんな変態でも貴族令嬢なんだなと思い出させる。
「わたくし、小耳に挟んでいましてよ」
テラス席で、優雅にお紅茶を飲みながら、豪奢な金髪の持ち主であるお嬢様は、そのたっぷりある胸を張りながら言った。
「ジンさん、貴方、大変活躍されたそうですね」
お嬢様たちの情報網をなめてました、本当に。




