第118話、評価と報酬について
魔獣軍から王都を守った戦いの後の話をしよう。
南門を抜けたところで、王室専用馬車が待ち構えていた。というか南広場からアーリィーが俺を迎えにきたらしい。
近衛騎士のオリビアが「殿下が馬車でお待ちです」と俺に言ったので中へ。あ、ユナ、悪いけど君、御者台のほうに回ってくれる? うん、悪いね。
馬車の中にはアーリィーがいて、案の定、扉を閉めた直後、彼女は俺に抱きついてきた。ユナを締め出して正解。また男の子同士で、なんて勘違いされるところだった。
「ジン! ジン! 無事でよかった!」
うん、この涙もろい王子、もといお姫様は俺の胸で泣いた。彼女の金髪を撫で、それから背中を撫でてやる。その後は椅子に座り、馬車に揺られてアクティス魔法騎士学校へ向かった。
アーリィーは俺に肩を寄せて、夜通しずっと心配していたこと、胸が張り裂けそうなほど苦しかったことを吐露した。俺が怪我をしたり死んだりしたらどうしようと思って、不安だったと言う。
「でもこうして無事に戻ってきてくれてよかった……」
魔法騎士学校では、予備兵力として待機していた生徒たちも解散し、寮へ戻っていた。学校は休校。みな徹夜と緊張から解放されて、よく眠れるだろう。たぶん、変な時間に起きてしまうんだろうけどね。
俺たちは青獅子寮に戻った後、部屋に戻ってお休み。昼頃には起きて、朝兼昼食をアーリィーとベルさんと一緒に摂った。
学校も休みということで、俺とベルさんはのんびりだらだら過ごした。
まあ、後で聞いた話だが、王都守備隊やヴォードら冒険者ギルドの幹部らは後始末に奔走していたらしい。魔獣軍からのドロップを漁る冒険者たちを他所に、どうやって魔獣軍を倒したのか、報告書を上げる必要があるとかで、俺以外の冒険者たちから戦闘の様子の報告などを集めていたようだ。
夕方にはユナが青獅子寮を訪れた。オープンテラスでアーリィーを交え、遅めのティータイム。白い丸テーブルを囲み、俺、アーリィー、ユナが席に着き、ベルさんは机の上に寝そべる。俺はそこでいかに戦い、魔獣軍を叩いたかを説明した。
二人とも、俺が光の大魔法を使うところを見ているし、ダンジョンコアを所有していることも知っているので、包み隠さず話した。
俺とベルさん以外で、実際に何があったのか正確に知る機会を得たのはアーリィーとユナの二人だけになると思う。まあ、例によってそんな戦い方があるのかと驚かれたり、呆れられたりだったけど。
「凄いのはわかるんだけど、たぶんジンにしかできないよね……?」
「半分見ていたわたしでさえ、信じられないところがありますから、この話をまともに聞いても普通の人が信じてくれるかどうか……」
「……」
真相を話したところで、世間様にはどの程度話すかという問題について話し合う。ダンジョンコアを持ってるマスターだってことは、基本伏せる方向だ。……持っているとなれば誰に狙われるかわかったものではないからな。
しかしながら、魔獣軍が壊滅、いや、壊走するに至った経緯について、それっぽい報告を冒険者ギルドにもしなければいけない。
当たり障りのない感じに報告内容を仕上げていくのだが、どう考えてもうそ臭い部分が出てしまうのは仕方ない。
そうやって詰めていく間、ユナがぽつりと言った。
「しかし、こうも抑え目な感じですと、お師匠の貢献度がかなり低くなってしまうのですが……」
「そうだよね。ジンやベルさんが一番頑張ったのに」
「何言ってるんだ。他の冒険者たちだって、敵と戦ってたし、裏方だって頑張ってたじゃないか」
魔獣や亜人を倒し、傷つき、倒れた者もいる。矢の補充に走った者、伝令をした者、負傷した冒険者を手当てした治癒魔法使いや医者がいた。それらが皆、それぞれ頑張っていた末の勝利だろう?
「それはわかるけど、ジンやベルさんいなかったら、王都は今頃、酷いことになってたんだよ?」
アーリィーは神妙な調子で言った。
「もちろん、皆頑張ったから評価されるのは当然だと思う。でもその中でも、ジンとベルさんが一番に褒められるべきだとボクとユナ教官は言ってるの」
コクリ、とユナも頷いた。
俺は苦笑した。……そういう評価をまともに受けていたから、結局、英雄辞めて死んだふりまでする羽目になったんだけどね。
全部正直に皆に告げれば、確かに楽ではある。が、楽ではあるが、楽になるとは限らない。うん、何を言っているかわからないかもしれないが、絶対ろくでもないことになるのはわかりきっている。
アーリィーたちの気持ちはとても嬉しいんだけどね。評価されるのは誰だって嬉しいもんだ。
寝そべっていたベルさんが、俺に視線を向ける。
『あんまりよろしくない空気だな』
『話を逸らすか』
『そうしよう』
短い魔力念話でのコンタクトの後、ベルさんは言った。
「ぶっちゃけ、オイラは評価よりも報酬がいいな。それが目減りするってのは面白くねえな」
「確かに。今回の戦いで俺、ゴーレム召喚に魔石使ったし、ポーションも使ったな」
あまり考えないようにしていたが、実を言うと王都防衛戦で、俺は大赤字である。戦功を認められて報酬がもらえないと大損だったりする。……まあ、最近は一定の給料もらえる環境にあって少し余裕があるから、またダンジョンに行けば補いはつくんだけどね。
「そういえば、外壁前に落ちてた亜人の武器って、もう冒険者たちが回収してたっけ?」
彼らも、ここで集めておけば王国側の報酬がしょぼくても補いがつくし、仮にたくさんもらえたとすればより稼げるから、当然といえば当然か。
「いまから行っても、オイラたちの分はねえだろうなぁ」
「完全に出遅れだからな」
遠い目をしてみせる。するとアーリィーが声を弾ませた。
「ジンとベルさんが報酬をいっぱいもらえるように掛け合うよ」
「いや、評価控えめにしようとしているから、あまりもらったら周囲から変な目で見られてしまう」
皆が納得しているならともかく、もらい過ぎても顰蹙を買う。……そう考えるのは日本人的かな?
「でも、このままではベルさんの言うように面白くないな。……何かいいアイデアはないかね、ベルさん?」
ぴくりと片眉を動かす俺。ちょっとわざとらしかったかな。ベルさんは片目を閉じた。
「そうさな。……ああ、そうだ。ちょっと面倒だけど、まだ手付かずの武具や魔石があったな」
「あー、あったあった。あれを俺たちでもらってしまおう」
「何の話ですか、お師匠?」
ユナとアーリィーがキョトンとしながら、俺たちのやりとりを見やる。ベルさんが答えた。
「ジンがサフィロの力を使って、魔獣どもを埋めただろう? つまり地面の中には、連中の武器防具や魔石が埋まってるってこった。……そいつをいただく」
「結構深くに落とした後で埋めたからな。普通の人間が掘ろうとしても時間も金もかかるし、そもそもそこに埋まってると気づく奴がいるかどうか。それなら手に入れても文句は言われないだろう」
「ちょっと待って、ジン。そんな簡単に掘れるものなの?」
「いえ、アーリィー様。お師匠はダンジョンコアを保有していますから、地中にダンジョンを作れば発掘も可能かと」
さすが高位魔術師のユナ。俺の持っているものから、手段があることを察したようだ。まあ、ダンジョン化させた土地を開拓する手もあるが、それだと結構魔力を喰うんだよね。
もっと簡単な手がある。ああ、もちろん、これはできるかどうか確認する必要があるが。
ゴーレムである。
ダンジョンのミスリル鉱山ですでに採掘をやらせていたが、それを応用すれば、もっと上手くやれると思う。
実は以前から考えていたことがあるんだよね。ゴーレムのパワーアップ版について。




