第114話、戦線崩壊の危機
第六波、いや第七波か。割と切れ目なく押し寄せるゴブリンとオーク集団に、バリケード陣地の近接系冒険者たちは防衛戦を展開していた。
混戦模様。個々の能力でゴブリンに対しては圧勝。だがオークを挟んだ連戦に、低ランク冒険者たちに疲れが見え始め、押し返せない。
腕利き冒険者たちは敵を蹴散らしているのだが、だんだん陣地から離れつつあり、その丸太を組み上げた陣地に回り込んでくる敵によって、孤立しそうな状況になっていた。
一方で、第四波、第五波の掃討で外壁上の投射部隊もその攻撃力が減少している。特に魔法使いたちの魔力切れによる後退が目立った。角猪、装甲トカゲを陣地に近づけまいと、より威力を高めた魔法を放とうとした結果、ペースを乱し、疲労で倒れてしまう者が続出してしまったのだ。
マジックポーションなどの魔力回復薬を使って魔力を回復させるのだが、薬の連続使用はかえって身体を疲れさせてしまうために、あまり無理はできない。
弓使いたちも、連続して矢を放っていたから疲れてきてしまっている。冒険者は軍隊ではないので、個々の能力がバラついている。ヴィスタなどは、まだ涼しい顔で魔法弓を使っているが……。
「あとどれほど敵は残っているんだ……」
疲労した冒険者が呟く。まだ半分もやっつけていないぞ、と言ったら、ますますやる気をなくすんだろうな、と思う。
まだ押し留めている。それとも、もう押し留めているところまで追い詰められている、と見るべきか。
ヴォード氏の表情も硬い。おそらく、彼も戦況が芳しくないと感じている。一度剣の柄に手をかけた時、ラスィアさんが止めた。貴方は指揮官です。飛び出すのはまだ早い、と。
Sランク冒険者であるヴォード氏が前線に出れば、少なくとも前衛の冒険者たちを鼓舞し、いま少し彼らの力を引き出すことができるだろう。
が、まだ早い。
敵の数はまだ多く、しかもその編成について、こちら側を消耗させるような嫌らしい組み合わせで魔獣を送り出している。
ここにヴォード氏以上の権限を持つ指揮官がいれば、彼が前線に飛び込んでも誰も文句を言わないのだが……。当然、乱戦に飛び込めば戦場の把握が難しくなり、指揮を取るのは困難になる。
仕方ない、ちょっと梃入れしてくるか。
俺はエアブーツを起動させ、外壁の縁に立つ。ベルさんは俺の肩の上だ。
「出るか?」
「まあ、フォローしてこようかなっと」
「ジン・トキトモ」
ヴォード氏が俺の動きに気づいた。
「何をするつもりだ?」
「ちょっと前線の支援に。二、三、危ないやつを回収してきます」
そう言い残し、俺は縁を蹴って外壁から飛び降りた。
オークスタッフに硬化と電撃を付加。地上に着地、そのまま冒険者たちが戦っている場に突入する。電撃を帯びた杖の打撃を受けて倒れるゴブリン。そのゴブリンより大柄で、やや豚のようにも見えるツラの亜人――オークの戦士が斧を振り上げ、俺に向かってくる。左手に魔力の層を集め、押す!
二メートル近い巨体が宙を舞い、別のオークに砲弾よろしくぶつかった。甲冑着込んだ奴がぶつかると下手したら死ぬよ。
俺は他の冒険者たちの間をぬって、手近な敵を叩き、倒しながら進む。……はい、顔見知り発見。
ホデルバボサ団の戦士、ルング君だ。オークと比べると子供みたいな彼だが――あぁ、吹っ飛ばされた!
「ちっくしょうっ!」
ショートソードが折られてしまった。オークはニヤリと笑い、大剣を振りかぶる。
がら空きなんですけど! 俺はライトニングを、オークの胴体にぶち込む。鎧ごと撃ちぬかれ、オークは半回転して地面に倒れた。
そこへシーフのティミット、アーマーウォリアーのダヴァンが駆けつけ、ルングに向かってくるゴブリンどもを防ぐ。
「ルング!」
「おう! ……って剣が折れちゃどうしようも。それよりさっきの魔法は――」
「お困りかな?」
俺がエアブーツで駆け寄ると、ルングは尻餅ついたまま、驚く。
「ジンさん!? いまの魔法はジンさんっすか!?」
お久しぶりっす! と尻の土を払い起き上がるルング。ゴブリンと戦っているティミットか「ルング!」と声を荒らげた。手伝えというのだろうが。
「わかってるけど! 武器がねえんだよ!」
「武器ならあるぞ」
俺が言えば、ルングは「へ?」と目を丸くした。革のカバンに手を突っ込みつつ、俺は早口になる。
「コバルト製の剣と、魔法金属製の剣、どっちがいい?」
「コバルト? え、魔法剣?」
「どっちだ!?」
「ま、魔法剣で」
答えたルングに俺は、ストレージから水の地下神殿で回収した水属性の片手剣を出した。
「貸してやるから、それ使え」
「ど、どうも……え、ええ!? 魔法剣、すげぇ!」
「ルング!」
「うっさいぞ、ティミット、いま行く!」
「ついでに盾もやろう」
俺は同じく神殿で回収した水属性の盾を置いていく。
「じゃ、俺は先を急ぐので」
エアブーツの加速でその場を離れる。後ろでルングが「ダヴァン! ジンさんが盾くれたぞ!」と叫ぶのが聞こえた。お前は使わないのかい! まぁ、いいか。
戦場を駆ける。邪魔なゴブリンを踏み台に孤立しかけている奴のもとへ駆けつけては陣地側に戻るように指示を出し、武器を失った奴には、コバルト製武器を貸し、手傷を負った奴には――
「掴まれ!」
「へ!?」
重量軽減の魔法をかけたうえで、引っつかんで跳び上がる。エアブーツのジャンプ機能で、陣地方向へ二度、三度と跳躍。目を回している負傷者を南門そばの救護所へ送り届ける。
「ジンさん!?」
「やあ……ラティーユ、久しぶり」
ホデルバボサ団のクレリック、ラティーユが、傷を負った冒険者に治癒魔法をかけていた。うん、ちょっと顔色が悪い。治癒魔法をおそらく何度もかけているせいだろう。救護所に運び込まれている冒険者の数も二桁を超えている。軽度の者は治癒魔法や応急手当ですぐに復帰するが、そうはいかない傷の者も少なくない。
「とりあえず、飲んどけ」
カバンからマジックポーションを出して、ラティーユの傍らに置く。
近くで呻き声を発する冒険者。胸から血を流し、手当てをしている者も動揺しているようだった。治癒魔法使いは? ……皆忙しそうだ。
「やられたのは胸か?」
俺が駆け寄ると、手当てをしていた若い冒険者が頷く。ランクはE。見た感じ頼りなく、おそらく後方支援に当てられたのだろう。一方で倒れているのはDランクの冒険者。割とベテランっぽいおっさんだ。
俺は負傷者の胸に手をあて「ヒール」の魔法をかける。傷口が塞がり、傷ついた臓器が再生する。荒かった呼吸が落ち着いてきて、ひとまず危機を脱する。
「よし、こいつの治療はもういい。とりあえず目が覚めたらポーションでも飲ませて寝かせておけ」
傷は治ったが、血液を失っている分、すぐには戦えないだろう。俺は血に染まった手をローブで拭いつつ立ち上がる。再び、前線に戻ろうとした時、ラティーユに声をかけられた。
「戻られるのですか? あの、ルングや……団の仲間たちは見かけましたか?」
「ああ、男たち三人はまだ怪我もなく戦ってるよ」
ルングは剣が折れて、と言うのは別にいいか。かえって心配しそうだし。
俺は救護所を抜けて、南門陣地へと戻る。混戦は続く――




