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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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114/1908

第113話、南門死守


 月が出ていた。


 すっかり暗くなり、松明の炎が外壁の上と、破壊され閉じられなくなった南門付近に作られた応急陣地を浮かび上がらせている。


 夜なのだから、魔獣どももお休みすればいいものを……残念なことに遠くから聞こえる津波のような足音のせいで、その希望はあっさりと断たれた。

 まあ、途中少し休んだのだろうが、この日が変わる前に到着したところから見て、おそらく一、二時間程度だろう。まったく、狼並みかそれ以上にタフだな、奴らは。


 俺は外壁上の通路、歩廊ほろうにて、魔獣が押し寄せてくる様を眺めていた。弓を持つ冒険者、魔法使い、王都の警備隊兵たち――緊張が顔に出ている。隣でヴィスタが、緊張感を漲らせているのを見て、俺は口を開く。


「この物量は初めてか?」

「ダンジョンスタンピードは経験している」


 ヴィスタは正面下方の敵集団を見据えたまま言った。


「が、今回はその量より多いのだろう?」

「運が悪かったな。エルフの里にいれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」

「それもまた運命」


 ようやくそこでヴィスタは俺に顔を向けた。


「伝説に聞く大魔法で一掃してくれてもいいのだぞ?」

「あれは一日に一回だけだ」

「……あぁ。じゃあ、もうすでに一回使ったのだな。それでこの数なのか」


 物知り顔でヴィスタは頷いた。……勘が良すぎるな。おかげで説明する手間が省ける、と若干の皮肉。

 押し寄せる魔獣の群れ。月明かりによって浮かぶその姿は、まさに夜の海のごとく真っ黒なうねり。


「先頭は狼型!」


 暗視の使える魔術師が報告する声が響いた。俺も多目的眼鏡をかけて、暗視と望遠で確認する。


 うん、確かにグレイウルフかその亜種だろう。しかし何とも奇妙だ。俺たちがサフィロで連中の妨害を仕掛けた時は狼型は見なかった。

 足が速い部類に入るから、こいつらを先頭にしたほうがその進撃速度も……あ、いや、それだと他の種と足並みが揃わず、相互に距離が開いてしまうか?

 なんだそれ、まるでいろんな種族を束ねている指揮官がいる軍隊みたいじゃないか! ……いや、まあ。亜人騎兵がいた時点で、そんな予感はしていたんだけどね。 


「投射部隊、攻撃用意ッ!」


 ヴォード氏の声。ヴィスタら弓持ちが矢を番え、魔法使いたちが杖を掲げる。……ちなみに、俺やユナ、ラスィアさんはまだ何もしない。ラスィアさんは副ギルド長という立場上、ヴォードの補佐であり、俺とユナは昼間、魔獣連中と渡り合ったということで、いまは待機組である。

 南門前のバリケード陣地にいる冒険者たちも、魔獣の襲来に身構える。応戦態勢は万全。


「放てェッ!」


 ヴォード氏の咆哮が響き渡る。矢が、魔法が夜空を飛翔した。

 第一波が突っ込んでくる中、グレイウルフが矢に体を、頭を、足を貫かれ、または飛来した火の玉や衝撃波に吹き飛ぶ。


 ヴィスタの魔法弓から無数の稲妻の矢が放たれる。その一撃は空中で分裂して狼をまとめて吹き飛ばす。まるで網を投げ込んでいるような感じだ。バインド系の魔法でも参考にしたのか、作った俺が言うのもなんだが、ヴィスタはギル・ク改に新しい使い方を編み出したようだった。

 狼たちは数をすり減らしつつも、勢いは止まらず、なお南門へと殺到する。


「思ったよりやりますね、魔獣も」


 ヴォード氏の傍らで、ラスィアさんが言った。


「陣地に達するのは、もうしばらくかかると思っていたのですが。よもや、第一陣でたどり着くモノたちがいるなんて」

「足の速さ、狼という種族ゆえの機動力だ。あれの集団を止めるなら、もう少し弾幕を密にする必要があっただろうな」


 だが、とヴォード氏は、表情を動かさない。


「たどり着いたといっても、数が少なすぎる。あれでは陣地はびくともせん」


 ようやくたどり着いた狼集団は、近接戦主体の冒険者たちによって陣地前で全滅した。グレイウルフは討伐報酬が高めの獣だが、その戦闘力自体は近接戦主体の冒険者にとっては強敵とはなりえない。苦戦するのはよほどの素人か、戦闘に素質のない者くらいだろう。むろん、一般人からすると危ない獣には違いないが。


 第一波をいとも簡単に撃退した南門冒険者守備隊。だが次の集団がやってくる。リザード系の大トカゲ、ゴブリン、オークの大集団。

 弓使いや魔法使いたちは、さっそく射程に飛び込んでくる敵魔獣に先制攻撃を仕掛ける。なすすべなく吹き飛び、または射殺されていく魔獣ども。多少、大トカゲが堅く、またオークも盾などで身を守り抵抗するが、こちらが圧倒的に有利なのは変わらない。


 築かれていく魔獣たちの屍。それらが後続の味方に踏み砕かれ、塵となって霧散していく……のは、さすがにここからでは見えない。


「お師匠。何だかうずうずしてきます」


 待機組であるユナが、俺の傍らで言った。今のところ戦闘の様子を見ているだけ、いわばお客様状態だ。普段、表情に乏しいユナだが、早く戦いたいようだ。……大丈夫? 胸を揉もうか?


「まだ、見ているだけでいいよユナ。そのうち必ず、魔法を使うことになるから」


 魔獣の数を考えれば、いずれそうなる。今は弓や魔法が活発に、魔獣をすり減らし、運良く抜けたやつも、バリケード陣地前の戦士たちに始末されている。傍目には、これなら幾ら攻めてきたとしても防げるように見えているだろう。


 防御に徹すれば数が多い相手にも互角以上に戦える。攻城戦の法則だかでは、互いの装備や士気が同じなら、拠点を落とすのに三倍の兵力が必要、とか言われている。


 まあ、相手は魔獣で装備も士気も比べようがないから、当てはまるかは微妙なところではあるが、物量で挑まれた際、数が少ないほうは例え損害が少ないように見えても、その戦闘力は時間と共に落ちていく。


 何故なら、疲れるからだ。


 鍛えられた弓使いといえど、何発の矢を放ち続けることができる? 魔法使いは、何度攻撃魔法を撃てる? 戦士たちは少数対多数の状況でどれだけ動き続けることができる?


 絶え間ない攻撃にさらされ、次第に攻撃の手数が減り、守りに入ると、やがて限界を迎え、一気に崩壊する。塞き止めていた川の水が限界を超えて溢れ出すように。


 最初はいいんだ。現に第二波も撃退されようとしている。だがすでに第三波が動き出している。

 敵は戦力を小出しにしていて、各個撃破の好機を与えているように見える。素人からすると、魔獣は戦術を理解していないと勝利を確信したりするんだろうな……。


 人間ってやつは、自分が一番頭がいいと思い込みがちだが、獣やモンスターにだって種族特有の戦法や戦術がある。

 果たして、何波まで防衛線が耐えられるだろうか。俺は漠然と不安を抱きながら、戦場の様子を観察した。


 そうこうしている間に、魔獣の第三波が壊滅状態になる。……今のは狼にゴブリンの混成だったか? 比較的軽装で足の速い編成だった。


 第四波、襲来。


「おいおい……」


 ベルさんが思わず口走った。


「重量級のお出ましだ!」


 ホーンボアに、アーマーザウラー。突進力に定評のある角猪と装甲トカゲ、それとオークか。

 角猪の突進は、バリケード陣地を簡単に粉砕できる。装甲トカゲはその厚い装甲ゆえに矢を弾き、低威力の攻撃では傷もつかない。こいつに手間取っている間に、オークが前進してきて――


「角猪を優先して叩け!」


 ヴォード氏が指示を飛ばす。何より早く、陣地を蹂躙(じゅうりん)できる攻撃力を持つ獣を排除しようというのだろう。その判断は間違っていない。


 が、こりゃ、思ったより早く防衛線が崩壊するかもしれないな――

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