第112話、冒険者は貧乏くじを引かされる
南門が開かれたまま閉じられない。
南側外壁上でいくら弓や魔法で攻撃しても、外壁に取り付く敵というものはいるもので、そこで門が開いているとなれば敵は数に物を言わせてなだれ込んでくるだろう。
グレムリンが門の開閉装置を破壊したらしいが、よくもまあ、こういうタイミングで魔獣が入り込んだものだ。……何か、作為的なものを感じるね。
『誰か手引きしたんじゃね?』
ベルさんが魔力念話でそんなことを言った。そんなこと言い出したら、今回の魔獣の大群も、ダンジョンスタンピード的なものではなく、何者かが引き起こした事態という説も出てくるのでは?
早急に門を閉じなければ――王都守備隊を預かるボルドウェル将軍は言ったが、周りの幹部や幕僚格の騎士たちは動揺を隠せなかった。
巨大な門、その開閉装置の修理はすぐには不可能。たとえ今から必要な部品があったとしても、魔獣軍の到達前までに終わらないのは間違いない。
「何か木材や鉄板で門を塞いだら……」
「しかし、それでは南門が使えなくなって、逆襲に移る際、こちらも出られなくなるぞ!」
「遠回りでも西門や東門を使えばいいだろう!? いまは南門を完全に閉鎖して――」
「応急で塞いだ程度では、魔獣に破壊されてしまうのではないか? 少数とはいえオーガなどがいれば、力任せに叩き壊されるのが目に見えている!」
「じゃあ、どうすればいいのだ!?」
天幕内は、喧々囂々。激しい意見がぶつかり合う。
俺が魔法で塞ぎましょうか? と思ったのだが、口出しできる雰囲気ではなかった。というかこの中に、魔法に長けた者がいて、魔法で塞ごうとか意見出してくれないのかね? ……やっぱ俺が言わなきゃだめ? 学生は黙ってろって言われるのがオチだと思うんだけど。
アーリィーは……うん、ちょっと大人たちのやりとりに圧倒されて、彼女も口を出す雰囲気じゃない。まあ、もともとここには非公式で来ているわけで、正規の指揮官というわけでもないんだよな。……彼女が指揮官なら、こういうとき、提案しやすいんだけど。
「迎え撃つしかないのでは?」
低くドスの利いた声が天幕に響いた。声を荒げる勢いだった幹部たちが、しんとなって、声の主を見る。
冒険者ギルドの長ヴォードだった。Sランク冒険者にしてドラゴンスレイヤーの称号をもつ、王国にとっては勇者に等しい男の一言で、場が静まる。
「南門に敵が殺到するなら、そこに野戦陣地を形成して戦うしかあるまい。門から弓兵、魔法使いが支援し、地上の兵たちは肉の壁となって応戦――何か他にアイデアはありますかな?」
静かに問うたが周りは大人しい。正直、作戦と言っていいのか怪しい場当たり的な案なのだが、ヴォードの落ち着き払った態度のせいか、反対の声が上がらない。何よりシンプルな作戦だ。複雑なことはなく、とてもわかりやすい。
「それしかないか……」
ボルドウェル将軍も腕を組んで、地図を睨む。門の迎撃が破られそうな事態に備えて、南門裏側にも応急陣地を形成して守りを固めようという案が出たが、結局のところヴォードの迎撃案が採用された。
「で、門の前で戦うとして、あまり兵を展開させて外壁から離れてしまうと掩護の手が届かなくなる。だが数がいなくては敵を防ぎきれない」
おまけに王都守備隊は、現在戦力が不足している――将軍が懸念を口にすれば、ヴォード氏は言った。
「そこは、我ら冒険者ギルドの冒険者と傭兵で防ごう。魔獣の相手なら、失礼ながら王国の兵よりも慣れている」
王国の騎士たちの前でそれを言ってしまうヴォード氏だが、反論は出なかった。正論だったのか、Sランク冒険者の言葉がそれを許さなかったのかはわからないが。
結果、南門の守備は、冒険者たちが中心になって当たることになった。……とんだ貧乏くじを引かされたな、これ。
俺は思ったが、みなの手前、口には出さなかった。
・ ・ ・
「じゃあ、ジン。気をつけて……」
涙をうっすら目にためながら言うアーリィー。俺は苦笑した。
「ハグはなしだぞ。ここだと誰かが見てるし」
南広場である。周囲では兵たちが外壁へと向かい、弓矢などの武器や冒険者たちを乗せた馬車が南門へと向かう。
王子専用馬車のまわりにいる近衛騎士たちが、俺とアーリィーを見ている。ちなみにアーリィーはここに残って、戦況を見守ることになっている。
「必ず帰ってきてね。約束だよ」
「もちろん。こんなところで死ぬつもりはないよ」
それじゃ――俺はベルさんを肩に乗せて、アーリィーのもとを離れる。ユナがついてくる。彼女もAランク冒険者だから、迎撃作戦に参加するのだ。
「ジン・トキトモ、こっちだ!」
ギルド長のヴォードが呼んでいる。彼とラスィアを乗せた馬車に同乗させてもらう。
「お前たちが魔獣の大群を見つけたって?」
「見つけたのはベルさん」
俺が肩の上の黒猫を撫でてやれば、ヴォードは頷いた。
「それでどんな様子だった? 連中を見た感想は?」
「いやまあ、普通でしたよ?」
「そうそう、別段、何か強かったってことはねえな」
数が多かっただけで、というベルさんの言葉。
「所詮は魔獣、烏合の衆ということか」
ヴォードが頷いた。多少のやり取りの後、俺たちを乗せた馬車は王都外壁の南門まわりに到着した。
そこではすでに冒険者たち、南門警備隊の兵たちが集まっていた。積み上げられた物資の箱、持ち込まれた丸太を利用して野戦陣地が急ピッチで組み上げられていた。
ヴォードが立ち上がると、馬車を降り、集まった冒険者たちの注目を集めた。俺はベルさん、ユナと一緒にラスィア副ギルド長の隣にいた。ちなみにラスィアさんも、手には杖を持っており、一応武装はしていた。
「王都の危機だ! 南門は破壊され、ここを守らねば王都は陥落する! そうなれば我々は住む場所はおろか、生活の基盤を失う。戦うのだ! それが王都を守ると共に、お前たちの生活を守ることに繋がる!」
熱い演説をぶるヴォード氏。どちらかというと自由気質で、愛国心とかそういうものへの関心が薄そうな冒険者たちの思考を上手く戦うほうへとスイッチさせているようだった。
決して、無関係ではない、と。
……うん、ごめん、俺も正直冒険者が人柱になるような作戦だと、ちょっと盛り下がっていたところだったんだ。
Sランク冒険者は伊達ではないということか。俺がベルさんを見れば、しかし彼にはあまり通じなかったようで、呆れたように首を横に振っていた。
太陽が沈んだころ、南門まわりには、即席の防御用バリケード陣地が組み立てられ、前衛を担う近接戦主体の冒険者と、そのパーティーメンバーである魔法使いや投射武器持ち、回復魔法持ちが配置に付いた。
慣れた仲間とはできるだけ一緒に戦わせたほうがいい、というヴォード氏の判断だ。
俺はというと、ちょっと細工をしに出かけた。誰にも見咎められないように、透明化の魔法を使い、南門より外を移動する。
魔石埋めて地雷にすると、ちょっとは防衛に足しになるかな――などと思ったりした。まあ、もっていくのはストレージにしまっている車から取り出したモノだったけど。
誰にも見られてないのを確認して、土魔法で地面を掘り、それを入れた後、もとに埋める。……さあ、上手くいったらお慰み。
俺は透明化したまま、バリケード陣地と、決戦を前に神経を高ぶらせている冒険者たちの間を抜けて、王都内に戻った。そこから外壁裏側の階段を使って外壁上の通路こと歩廊に戻る。人がみていないのを確かめて透明化を解除。何食わぬ顔で、ヴォード氏やラスィアさんたちがいるところに戻った。
ここが俺の配置だ。登録は魔法使いということなので、いわゆる支援組である。基本ソロだからパーティーもいないからな。
外壁上には、同じく魔法使いや弓使い、守備隊の兵たちがいた。その中には、エルフの女弓使いもいた。
「ジン、久しぶりだな!」
「ヴィスタ、元気そうだね」
「今度は魔獣の大群だって? 貴方と共に戦えるとは私にとって光栄だ」
このエルフ美女は、大英雄だった俺の過去を知っているから、あからさまに好意的である。俺は笑みを貼り付ける。
「まあ、皆で頑張ろう」
頼むから、俺に切り札を使わせるようなことがないように善戦してくれることを祈る。光の掃討魔法は、これだけ人がいる前で使う気はないからね。




