第111話、王都防衛
魔獣の集団の動きが止まった。といっても先鋒の騎兵部隊が、であるが。
後続部隊が合流すれば、進撃を開始してくるのは目に見えているが時間稼ぎにはなった。ベルさんが最後に確認したところでは、魔獣の集団は最初見た時に比べ三割程度になっているらしい。……まあ、五桁が四桁、それも半分を切っているなら頑張ったほうじゃないかな。
アクティス魔法騎士学校の生徒たちの馬車は王都門を通過した。俺たちとサフィロが到着するより前に、王族専用馬車と近衛が離れた場所で待っていた。
「ご無事で何よりです!」
夕日に照らされる中、オリビアと近衛騎士たちが俺たちを出迎えた。
「アーリィー殿下、馬車へ乗り換えてください。ジン殿も、車をあまり人前には晒したくないでしょう?」
ありがたい配慮だ。俺たちはちょっと疲れていたこともあり、馬車に乗り換える。アーリィーとベルさん、そしてユナも。おかげで席が少々窮屈なことになっているが仕方ない。 馬車は王都の門をくぐったが、その王都の様子が騒がしかった。同乗するオリビアが説明する。
「魔獣の大群が王都に迫っていることを通報しましたので、防衛線を構築するのでしょう」
王都に召集がかかり、正規兵はもちろん、王都住民でも戦える者たちの動員が掛かっていると言う。
「当然、魔法騎士学校生徒も予備隊としての準備と動員がかけられるでしょう。王都冒険者ギルド所属の冒険者も」
ちら、とオリビアが俺を見た。俺はベルさんと顔を見合わせる。
「まあ、な」
「そうなるだろうな」
よくある話だ。王国側からの強制依頼として、冒険者たちも防衛戦に強制参加だろうな。そういうことなら――
「俺とベルさんをここで降ろしてくれないか?」
「……」
「ジン?」
アーリィーが怪訝な表情を浮かべる。俺は微笑した。
「これでも冒険者だからな。ギルドに行ってくる」
「そんな、ボクと一緒に――学校に戻ろうよ」
「そうしたいのは山々だけどさ、できれば予備隊である学校の生徒たちが戦いに参加する前に、決着がついてほしいんだよね」
ぶっちゃけ学校の生徒たちでさえ投入しなければならない時ってのは、他の戦力がとことん消耗しつくしたか、王都外壁が破られた時くらいなものだろう。
つまりほぼ敗戦一歩手前状態だ。そうなる前にケリがつくなら万々歳。それは同時にアーリィーを守ることにも繋がる。
オリビアが頷いた。
「では、対策本部が置かれている南広場へ向かいましょう。おそらく冒険者ギルドの関係者もそちらにいるでしょうし。ジン殿やユナ教官は実際に魔獣の集団を見ているので、皆も報告を聞きたがっていると思います」
そうしてくれ。俺が同意すると、アーリィーが言った。
「それならボクも対策本部に行く! 王子なんだ、行っても問題ないはずだ……そうでしょ、ジン?」
「ん? ああ、そうだな」
むしろこの緊急事態に王族が顔を見せるほうがいいか。元の世界にいた頃、大災害が発生した際に、対策本部にも顔を見せなかったどうこうで叩かれた偉いさんがいたっけ。
王子専用馬車は、王都南広場へ。そこにはすでに無数の天幕が設置され、集結した兵や傭兵、冒険者とおぼしき者たちの姿があった。物資が運び込まれ、武器のほか糧食、薬などの入った箱が山積みにされる。だいぶ日が傾いているため、松明が焚かれ、魔石灯の光があたりを照らしていた。
アーリィーが場に現れたことで、それを見た兵たちが姿勢を正した。作業を続けて、と答え、颯爽と歩く王子様。俺たちはその後に続く。
本部と思われる天幕に到着する寸前、兵たちが整列し、中から年配の騎士――見るからに身分の高そうな男が現れた。
「殿下!」
「やあ、ボルドウェル将軍。……ああ、礼はいいよ。ボクがここに来たのは非公式だからね」
それで、とアーリィーは年配の騎士、いや将軍と呼びかけた人物に声をかけた。
「状況はどうなっているのかな? 王都の防衛態勢は?」
「は、殿下。兵を召集し、現在部隊編成を行っている段階です。なにぶん急な召集でありますから、配置が間に合っておりません」
ボルドウェル将軍は天幕にアーリィーを招く。
「折り悪く、王都常備軍の半数は演習のために出払っているため、兵力不足は如何ともし難いところであります」
「こんな時に演習……!」
「はあ、先の反乱軍の騒動の際にかなりの損害が出ましたから。新兵の訓練は必要でした」
「……」
そう言われてしまうとアーリィーも口を閉ざすしかない。反乱軍騒動では、アーリィーはお飾りとはいえ指揮官だったのだから。
天幕の中には今回の防衛戦に参加する関係部署の幹部と思しき人物たちが集まっていた。その中には冒険者ギルドのウォードやラスィアの姿もあった。二人は、王子の後に俺が入ってきて少し驚いたようだった。
将軍は机の上に置かれた王都と周辺の地図を指し示しながら、王子様一行に説明した。
「魔獣の大群に対して、我々は基本的に外壁上から、弓や魔法による投射攻撃で敵を漸減します。注意すべきは外壁や城門を破壊しようとするタイプの魔獣ですが、我々は充分に敵の数を減らすまでは持久し、弱ったところを騎兵や歩兵部隊で逆襲、殲滅いたします」
手堅い戦術だ。
「魔獣の大群は、およそ三千から四千と言ったところだ」
アーリィーは地図で王都の南側を指した。
「その中心はゴブリン、オークだけど、大トカゲに乗った騎兵部隊も見た」
「お詳しいですな……ああ、失礼。殿下は――」
「うん、ボクたちが殿軍だったからね」
王子殿下が殿軍――周りで驚きの声が漏れる。……しめしめ、アーリィーを先に逃げさせなかったことの意味はあったようだ。彼女の評価アップは俺としても望むところである。
そのアーリィーは自分の目で魔獣を見てきた故に、この場で一目置かれていた。
「――殿下、我々の防衛態勢について、何か思うところはございますか?」
ボルドウェル将軍が問えば、アーリィーはちらと俺のほうを見た。
「何かあるかい、ジン?」
「……ひとつだけ。これは注意というか指摘なのですが」
周りは怪訝な目を向けてきたが、王子が話を振った手前、誰も遮らなかった。
「敵の騎兵として使われていた大トカゲですが、垂直の壁もよじ登ることができる種類です。先ほど門や外壁の破壊を気にしていらっしゃいましたが、じかによじ登ってくるタイプがそれなりの数がいるので、外壁上にも近接戦に対応できる兵も配置すべきかと」
「それは厄介だ」
ボルドウェル将軍は地図へ視線を落とす。
「配置を見直す必要があるな……」
その時だった。天幕の外が、なにやら騒がしくなった。
いったい何だ? 外の様子が気になった時、天幕に兵士――伝令が駆け込んだ。
「申し上げます! 王都外壁南門にて、グレムリンが出現! 現地守備隊が応戦するも、南門の開閉装置が破壊されました!」
「なんだとォ!?」
将軍が怒鳴った。ざわっ、と幹部たちにも動揺が走る。ここまで駆けてきただろう伝令は息を切らせながら答えた。
「現在は南門が開いた状態です。巻き上げ不可能、門が閉じられません!」
なんてことだ――誰かが呟いた。
「ジン……」
アーリィーが不安げな視線を向けてきた。俺も嘆息する。
守備側において、外部との出入り口がもっとも弱い部分である。
だから外部から入ってこられないように門を閉ざすわけで、そこを突破するためには、攻城兵器が必要になる。門を閉ざせば、敵は足踏みを強いられることになるため、防衛側は守りやすくなるのだが、その門が開いたまま閉じられなくなったという。
敵からすればどうぞ入ってください状態――当然、魔獣もそこに押し寄せることになる。防衛上、致命的な弱点が発生してしまったのだ。




