第110話、奮戦する魔法車
光の掃討魔法で、魔獣の大群を吹き飛ばした俺だったが、それでも結構な数の魔獣が残ったようだった。……もとが1万以上だったからな。
「さて、あれだけの光景を見せられて、なお前進をやめない、か」
「まあ、あいつらに高等な思考があるかなんて期待しないけどな」
「ベルさん、辛らつぅ」
なおも平原を疾走する魔人の群れ、先頭を行くのは――おんやぁ? 大トカゲにゴブリンが乗ってる?
「ゴブリンの騎兵?」
「オークの騎兵もいるな」
「き、騎兵?」
アーリィーが俺のいる運転席に寄ってきて、窓の外を見ようとする。彼女の顔が俺の左肩近くにある。なおベルさんは右肩に乗っている。
「まるで軍隊だな。てっきりどこかのダンジョンのスタンピード現象かと思ってたけどよ。……これからどうするよ、ジン?」
「残る敵の先鋒は、騎兵だ」
俺は多目的眼鏡をはずして、ハンドルを握った。
「数は削ったが、残念ながらその機動力は落ちていない。……シートに戻って」
俺が言えばベルさんは肩を降り、アーリィーも助手席に戻った。ユナは……後部座席で横になっていた。
彼女、いちおう魔力の泉スキルを持っているが、実はアーリィーやサキリスよりも程度が低いので、俺が魔力をある程度いただくと、二時間ほどぐったりしてしまう。
まあ、それは置いておくとして。
「つまり現状、王都へ避難中の生徒たちを乗せた馬車に追いつかれる可能性が高いということだ。もう少し、連中の足止めが必要だ」
魔法車が平原を疾走する。それは傍目から見ると、魔獣の集団に突っ込んでいくかのようだ。アーリィーが青い顔をする。
「ジン……?」
「どうするつもりだ、ジン。騎兵と正面衝突する気か?」
「まあ、ひとつ二つくらいなら余裕で弾けるだろうけど、体当たりで轢き殺すってのは俺もあんまやりたくない。ということで、連中の先頭集団にちょっかいを出す!」
出すんだけど……ユナは今寝てるしなぁ。サンルーフ上げて、そこから魔法を使ってもらうってのが一番手っ取り早いんだが……。俺は運転してるし。アーリィーやベルさんに運転はさせたことがないから代われない。
「サフィロ、お前は俺の代わりに運転できるか?」
動力コアになってる人工ダンジョン・コアに頼むというのもどうかと思うが、いちおう聞いてみる。
『直線を走らせる程度なら。ですがスピードの調節や旋回などの挙動についてはデータが不足しているので困難と判断します』
「うん、それじゃ任せられないな。しゃーない、アーリィー、君がやれ!」
「え、ボク!?」
アーリィーが驚いて自分を指差した。俺は右にハンドルを切りつつ、ゴブリンとオーク騎兵の先頭集団より前を横断するように車を走らせる。
「エアバレットは持ってるな? ルーフから体半分出して、そこから射撃しろ!」
「あ、そっち。……うん、わかった!」
そっちって何だよ、と俺が思っているのをよそに、アーリィーは後部座席に放り込んでいたエアバレットをとると、屋根のルーフを開けて、まず頭、ついで胸のあたりまで乗り出した。走行する風が当たり、彼女の金色の髪がなびいた。
「やれそうか!?」
「やってみる!」
風に負けないようにアーリィーが声を張り上げた。あんまり身を乗り出さないようにな。……それと叔父さん、ごめんよ。走りながら女の子をサンルーフから出しちゃった。良い子は真似するなよ?
俺はハンドルを切る。魔法車は、いま敵集団の前を走る。事情を知らない者が見たら、俺たちの車が、集団を先導しているか、あるいは逃げているように映るだろう。
アーリィーはエアバレットを持つ両肘を屋根に付いて支えるようにしながら、後方のゴブリン騎兵に狙いを定め、そして撃った。
風魔法の一撃はゴブリンの頭を強打し、トカゲの背から落とした。落ちたゴブリンは、後続の騎兵に踏み潰されているだろう。俺はちらとルームミラーでそれを確認しながら、速度を調整する。
平原とはいえ道なき地面。傾斜もあれば揺れるもので、さぞアーリィーには狙い難いだろうが……。と、思っていたら、案外上手く当てているようで、次々にゴブリンやオークが騎乗する大トカゲから落下していく。
これ、エアバレットを固定できるようにしたら、もっと当てられるんじゃなかろうか? 改造の余地がありそうだな。ふと、アーリィーが車載機関銃を連射して魔獣を撃ちまくっている光景が頭に浮かんだ。……機関銃か。
作れといわれたら即興では無理だが、魔法でライトニングを連射モードで撃つ、あれを魔法でなくて魔石の魔力で代行すれば機関銃のように使える杖が作れるのではないか――OK、これを切り抜けたら考えてみよう。
俺は思いつきを脳裏で弄びつつ、サフィロを操る。敵騎兵が速度を上げれば、アクセルを強く踏み込み、追いつかれないように走る。まあ、連中が持っているのは槍や斧。これらを投げてきても、超ワニ装甲を破ることはできん! 仮に弓矢で撃ってこようとも跳ね返すがな!
その間にもアーリィーはエアバレットを撃った。まるで盗賊集団から馬車を守っているようなシチュエーションだな、とか俺が思っていると、彼女が声を張り上げた。
「ジン! エアバレットのオーブが光ってる!」
「……魔力が足りなくなってきているんだ!」
舌打ちしたいのをこらえる。エアバレットも風の弾を作り出すのには魔力が必要だ。自動的に大気中の魔力を吸収して充電する魔法文字を刻んでいるが、それよりも撃ち出す時の消費が上回っているのだろう。
ベルさんが言った。
「ちょっくら空から、後ろの連中を牽制してきてやる」
「任せる!」
俺が言えば、ベルさんは器用に座席を蹴ってサンルーフより上に出る。アーリィーが驚いた。
「ベルさん、危ないよ!?」
「まあ、見てな」
ベルさんはサフィロの屋根から飛び降りると、すぐにその姿を小型竜に変える。低空を飛んだと思えば、すれ違いざまにオークを足で捕まえ、空へと連れ去ると遠慮なく落とした。
「アーリィー!」
俺は左手で革のカバンに手を突っ込み、魔石手榴弾をいくつか取り出した。サンルーフの隙間から俺を見る彼女に叫ぶ。
「こいつを敵に向かって放り投げろ。てっぺんのスイッチがあるな? これを押し込んで起爆、指を離したら約5秒で爆発するから、素早く投げろ!」
中の魔力くずに魔力を送るのは俺のほうでやって、アーリィーに渡す。彼女はそれを五個ほど受け取ると、再びサンルーフより上に戻った。
ベルさんが縦横無尽に駆けて、敵騎兵を掴んでは放るを繰り返す中、アーリィーは言われたとおり、手にした球体のスイッチを押した後、それを放り投げた。それで指から自然と離れたことで起爆状態となり、敵集団の中にそれが落ちると、数秒後爆発して近くのトカゲとゴブリンを殺傷した。
そのあいだ、俺はサフィロに少しの間運転を代わってもらうと、魔石エンジンのパネルを開き、アーリィーのエアバレットのオーブに魔力を送るように繋いだ。即席だが魔力をチャージするのだ。
それが終わると、俺は運転に戻る。ベルさんの牽制もあって、敵の動きが少し鈍くなったように見える。後続集団と先鋒の騎兵の間に差が開いてきたせいかもしれない。
ともあれ、魔法車と俺たちの奮闘はしばらく続くのだった。




