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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第一部

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109/1908

第108話、演習地からの撤収


 森の中を急ぎ進めば、貴族組が森の魔獣に囲まれていた。……どうして前にクラブベアが三頭いて、後ろにグレイウルフの群れがいるんだよ? でワームにクロウラー?


 どういう状況よこれ。まったくわけわからん。


 エアブーツで先頭を行く俺は、とりあえずこちらにケツを見せてるクラブベアに急接近。ぶっちゃけ状況整理している暇があったら、魔獣どもを一掃しよう。


 オークスタッフ、『硬化』『ハンマー』――


 付加魔法で強化。ずしりと重量が増す杖。地面の上を滑るように進みながら、それを振りかぶり、気づいて振り向いた熊の顔面に一撃!

 鋼鉄のハンマーを叩き込まれ、クラブベアの身体が一瞬地面から浮いた。頭の骨が砕けるような嫌な感触を手に感じながら、俺はそのまま貴族生たちのもとへ。


「ちょっと通りますよ!」


 呆気にとられていた生徒たちが、俺の加速に巻き込まれないように道をあけた。――(ロック)浮遊(フライ)

 落ちていた岩がふわりと浮き上がる。加速する俺はそいつに硬化した杖を叩き込み、破砕。


「散弾! 飛び散れっ!」


 砕けた石のつぶてが、狼の群れに襲い掛かった。

 前と後ろ、それぞれの獣たちが混乱する。アーリィーとユナが飛び道具や魔法でクラブベアを撃てば、ベルさんが他の魔獣をその竜の姿で牽制。巨大芋虫やワームどもはオリビアが手早く剣で斬ったり盾で弾いたりした。


「ジン……王子殿下まで!?」 


 担任のラソン教官が血に染まった剣を手に驚いた顔をした。……おお、さすがは教官殿。こちらが駆けつける前にすでに敵を倒していたようだ。


「ご無事で、教官殿」

「私は大丈夫だが、生徒の中には怪我をした者もいる!」


 そうこう話している間に、魔獣たちは大半が片付けられ、運のいいやつが数頭、森へと消えていった。貴族生組に同行していた治癒魔法師が怪我人を治療する。


「ありがとう、ジン。君らはダンジョンにいたはずだが、こんなに早く駆けつけてくるなんて。……そして殿下」


 ラソン教官はアーリィーのもとまで歩むと、その場で片膝をついた。危機が去ったことを喜んでいた貴族生たちも、それに倣った。


「このたびは我々の救助に駆けつけてくださり、まことにありがとうございます! このご恩は生涯忘れることはないでしょう」

「無事で何よりでした。……それよりも」


 アーリィーは応えると、森の外でベルさんが観測した状況について説明した。ラソン教官と生徒たちは驚いた。


「なんと! 魔獣の大群が……!」

「早くこの森から脱出したほうがいいでしょう。すでに他の生徒たちは準備にかかっています」

「では、我らも急ぎませんと!」


 そこからは早かった。助けられた後という状況だったせいかもしれないが、モンスターの大群という異常事態に対しても疑問を抱くことなくラソン教官も貴族生たちもキャンプ場へと急いだ。


 だがここでひとつ問題。貴族生たちの班はもう一班あった。こちらは騎馬で移動していたために、状況説明からの合流までに手間取った。

 モンスターに襲われているなんてことはなかったが、のん気に狩りをしていた貴族生の中には緊張感に欠け、のんびりと動いている生徒もいた。近衛のオリビアに叱責され、キャンプ地でラソン教官からも叱られることになるが、自業自得であろう。

 ただ、そういう間抜けのせいで、時間をかなりロスしてしまったのは事実だった。


「人数の揃った馬車から出発! 急げ!」


 ラソン教官が号令をかけ、魔法騎士生を乗せた馬車が順次演習地を離れる。最後に到着したのが馬を扱う貴族生の班だったので、すでに馬車組は出発を待つばかりだったのが幸いだった。騎馬の連中にはそのまま馬車隊の護衛も兼ねる。……休憩? お前らにはそんなものはない!

 事態は切迫していた。


「魔獣の大群がもうそこまで迫っている」


 俺は飛ばしておいた魔法生物(フクロウ)が見てきた偵察情報を説明した。

 いるのは俺のほか、ベルさん、アーリィー、ユナとオリビアら近衛騎士たち。   


「ぶっちゃけると、魔獣の足が止まらない限り、生徒たちを乗せた馬車は王都にたどり着く前に追いつかれると思われる」


 オリビアら近衛騎士たちは渋顔を作った。生徒を放ってアーリィーを先に逃がすべきだった――口に出さなくても近衛連中はそう思っているだろう。


「そしてまたもぶっちゃけると、実は転移魔法を使うことによって、ここから王都の学校まで移動が可能だ」

「え!?」


 騎士たちは驚いた。オリビアが声を上ずらせる。


「で、では、殿下を安全に王都までお連れすることが可能なんですね!?」

「ああ、できる」


 正直、気が引けるがね。俺はちら、とアーリィーを見やる。オリビアも俺が何か言いにくそうにしているのに気づいた。


「何か問題でも?」

「……」

「学校の生徒たち」


 ユナが口を開いた。


「皆を見捨てることになる、というのですね? お師匠」

「まあ、そういうこと」


 じゃあ、はじめから生徒たちをポータルで移動させればよかったのでは……というのはなしな。生徒たち、ましてや貴族生連中にそれを見せた後の、俺への勧誘行動が凄まじく恐ろしいことになるのが目に見えているから。アーリィーのお気に入りだから、で済まないのは間違いない。それでなくてもエアブーツの件で目立ってるからな。


「なあ、ジンよ。この際だからはっきり言っちまえよ。お前はどうしたいんだ?」


 ベルさんが言った。促したからには、フォローしてくれよ。


「うん、生徒たちが王都にたどり着けるように、魔獣の大群に対して足止めをしたいと思っている」


 俺の言葉に、アーリィーがハッと息を呑んだ。だがどこかその表情は嬉しそうに見える。生徒を見捨てるようなことを言わなかったからだろう。

 そう、アーリィーは、生徒たちが危ないのに自分だけ逃げるということを了承しない。していればとっくにこの演習地にはいない。


「いくらなんでも無茶ではありませんか、ジン殿?」


 オリビアが首を振った。ユナは俺の言葉を待って口を閉じている。


魔法車(サフィロ)を使う。あれの速度なら魔獣より足が速い。その気になれば、生徒たちの馬車に追いつくどころか追い抜けるしな」


 速度の面では問題ない。


「で、ここからオリビア、そして近衛騎士たちには悪いと思うんだが。……アーリィーはサフィロに乗せる。下手な馬車より安全だし、俺がいれば王都へ転移させられるしな」

「それでは殿下を先に転移魔法とやらで移動してもらえば安全は確保できるのでは?」

「……アーリィーを先に転移させたら、何のために貴族生たちを自ら探しに行ったんだって話になるでしょ? 王子自ら最後に移動するからこそ、周りから信用を得られる。考えてもみてくれ、オリビア。この危機的状況、生徒たちを守って殿軍をアーリィーが務めたと知ったら、周りの評価はどうなる?」


 おそらく、反乱軍騒動での敗軍の将という汚名を払拭するに足る勇敢な行為として、王子の評価を上げることができるだろう。特に貴族生たちと、それを学校に預けている諸侯の若き王子への信用も跳ね上がる。


「つまり、アーリィーにはギリギリまで、頑張ってもらわないといけないということだ」

「そこまで殿下のことを考えてくださっていたのですか……!?」


 オリビアが目を見開く。……うん、ごめん。俺、確かにアーリィーの評価上げられることについては躊躇わないけど、今話しているのは半ば即興の思いつきだから。これから口にすることの、クッションのつもり。


「それで、近衛たちに悪いと言ったことについてなんだが……。オリビアたちには、生徒たちの馬車隊の後を、空の王室専用馬車で行って護衛してもらいたい」

「空の、馬車を……?」

「そう。あたかも、アーリィーが乗っているように他から見えるようにね。同時に近衛が生徒たちの馬車を守っているように見せてほしい」


 これは難しい任務だ、と俺は告げた。俺は魔獣の足止めをするが、失敗した時、アーリィーだけは転移なりで助けられるが、殿軍を務める近衛たちは魔獣の大群に捕捉されて、おそらく助からない。


「アーリィー殿下の命、そして名誉が守られるなら、我々近衛は喜んで人柱になりましょう!」


 オリビアは誇らしげに言った。近衛騎士たちも頷く。


「殿下をよろしくお願いします、ジン殿」


 深々と赤毛の近衛騎士は頭を下げた。ああ、うん、まあ――


「あなた方が死なないように頑張るよ。……アーリィーが悲しむからね」


 俺が言えば、そのアーリィーはヒスイ色の目に涙をためて頷いた。その感動しました顔はちょっと……俺、別に悪い話しかしてないからね。

 涙ぐむ王子をみて、近衛騎士たちがなにやらおかしなテンションになるが、淡々とベルさんは言った。


「なあ、早く行動に移ろうぜ。こうしている間にも魔獣の大群は動いているんだからよ」


 全くの正論である。

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