第106話、野外実習
105話、削除しましたので欠番です
野外実戦訓練のための遠征当日。アクティス魔法騎士学校、最上級学年一組の生徒たちは、馬車に乗せられスッスロの森へと移動した。
俺は王子専用馬車でアーリィーと一緒だった。十人でまとめて馬車に放り込まれる他の生徒たちと違って、王子の警護としての特権である。……ただアーリィーとしては馬車よりも俺の魔法車に乗りたいと言っていた。
実は魔法車は先日から改良され、外装に神殿で倒した超巨大ワニの鱗を加工したものが使われた。ワニとは言ったが、通常のワニと違ってその強度は竜の鱗に匹敵するのがわかったのと、あの巨体で鱗がいっぱい採れたというのが大きい。
ついでにその動力の魔石エンジンは、元からあったクリスタルドラゴンの魔石に加え、ダンジョンコア『サフィロ』の二つとなった。
魔力もパワーも水晶竜単品よりさらに向上。その副産物として、この車、会話機能を有する。現代技術を超えてしまった瞬間だ。周囲をダンジョン・テリトリーにすることで、魔力と引き換えに魔獣を召喚したり、敵性存在に自動で迎撃する機能を持つに至る。
何と言うか、もう車というより、それ自体が乗れる化け物。別の意味でモンスターマシンだな、こりゃ。
で、あれだけ悩んでいた車の名前だが、ダンジョンコアの名前をとって『サフィロ』に決定した。
アーリィーが「もうサフィロでいいんじゃないかな? 可愛いし」と言ったのが決め手。メイドさんたちも、アーリィーが言ったことは黙って聞いてみたら、圧倒的にサフィロ派だった。
ちなみに、ベルさんは「『モンスター』でいいんじゃね?」とか言っていた。
さて、道中は何もなく、学校の馬車の一団は演習地へ到着した。護衛に冒険者が数名。これはいつのものことだが、今回はアーリィーがいるから近衛隊もいるという豪華さ。……まあ、近衛はアーリィーを守るのが仕事なので、他の生徒への干渉は最低限ではあるけれど。
演習地で天幕が張られる中、ラソン教官は、生徒たちに告げた。
「では、これよりクラスを三班に分ける。班の編成については事前に打ち合わせしたとおりだ。……えー、と」
そこでラソン教官は少し困った顔になる。視線をアーリィーに向けて。
「……本当によろしいのですか、ダンジョン組で?」
「ええ。戦闘経験を積みたいので」
「そ、そうですか……」
果たしてこのやりとり、何度目だろうな、と俺は思った。二日前の班分けの時点で、アーリィーは、一般生徒の行くダンジョン組に志願。ラソン教官はより安全な貴族生徒組を勧めたのだが、王子様は聞く耳をもたなかった。
数度同じやりとりをしたので、ラソン教官もこれ以上は言わなかった。最終確認だったのだろう。
貴族生たちは微妙な表情をしていたが、対する一般生たちはアーリィーが同行するということで、少し興奮しているようだった。まさか自分たちの方へ殿下が来てくれるとは思っていなかったからだろう。
俺は当然、一般生組だが、貴族組からも生真面目マルカスと変態サキリスがこっちへ加わっている。マルカスは戦闘経験を積みたがっているし、サキリスは……よくわからん。
貴族組は二班。片方は馬に乗って森の中へ、残る一班は徒歩で移動。実質、狩りのようなもので危険はあまりない。もし森でクラブベアに遭ったら、逃げろ程度である。
そして俺やアーリィーの参加するダンジョン組は、演習地からルイーネ砦へと向かう。
かくて、実戦演習がはじまった。
「なあ、ジンよ……」
ベルさんが俺の肩に乗って唐突に言った。
「……何と言うか、猛烈に嫌な感じがするんだが」
「悪いモノでも喰ったかい?」
「冗談はよせ。オイラが腹をくだすことがないのは知ってるだろ?」
悪食だもんな。というか真面目に返されたところを見て、結構深刻だったりする?
「前来た時と、森の雰囲気が違う。……というか、動物があまりいない感じ」
「それって……」
俺も嫌な予感がした。何かしらの危険な兆候があると、動物や鳥たちは逃げるっていうし。大地震などの大規模自然災害の予兆とか。
「以前にも、こういうことがあったんだ。決めつけたくはないが、最近、モンスターの出現報告が多発していた……」
「ダンジョンスタンピードか」
「まだそれと決まったわけじゃないがな。……ちょっと周囲を偵察してくる」
そう言い残すと、ベルさんは俺から離れ、森へと入っていった。
・ ・ ・
生徒たちから離れた後、オレ様は竜形態をとって空へと飛び上がった。
様子を見るなら、高いところのほうがいいってね。
スッスロの森の上空へと上がり、周囲を確認。……うーん、特に何もないな。どこまでも広がる平原、さらに遠くにある山々や森。平穏そのものだ。
取り越し苦労? いや、胸の奥のざわつきはひどくなる一方だ。どこからだ?
スッスロの森のまわりをグルリと周回したあと、さらに距離をとって捜索範囲を広げる。何だってんだ、ほんとによぅ……。
・ ・ ・
俺たちダンジョン組は、ルイーネ砦に入り探索を行った。
引率にユナ。アーリィーの護衛にオリビアや近衛が数名。基本、生徒たちでモンスターや獣に対処するのだが、まあ、生徒の数に対して敵が少なすぎた。
貴族生なのだが、マルカスとサキリスが非常に積極的に前に出て、こいつら本当に実戦経験積みたいんだ、と俺は思った。
二人とも盾と片手剣という、スタンダードな騎士タイプ。現れたパンサーには盾で上手くいなして剣で一撃を与えるという、実に基本的なスタイルで退治していった。厄介だったのは地下に入った後のコウモリや大蜘蛛だっただろうか。
俺は極力手を出さなかったし、アーリィーが手を出す前に、他の生徒たちが頑張っちゃったので、こちらも手持ち無沙汰。
ここまでの評価。より実戦向きとされる一般生だが、マルカスとサキリスはそれより二段ほど上。この二人に対しては、現状でも新米騎士以上に働けると思う。……って、俺も生徒なのに教官みたいな見方しちまった。
「あら、どうしたの、ジン・トキトモ? わたくしの華麗な戦いぶりに言葉もありませんか?」
サキリスが、ドヤ顔を向けてくる。
「うん、お前ってやればできる子なんだなって思った」
「なにその評価。それではわたくしが普段ダメな子みたいじゃない?」
「いや、お前ダメな子だろう? この露出狂め」
「な、何を言っているのかわかりませんわ!」
フン、と顔を逸らすサキリス。さすがに周囲がいる時は、まともなんだよなぁ。マルカスが呆れ顔になる。
「お前らって、仲がいいんだな」
「嫌味か?」
「フン、わたくしは、この男と仲良くなどありませんわ」
「……」
なに、アーリィー? なんでそこでジト目向けてくるわけ? ベルさん何か言って――っていなかったな、そういや。
そんなこんなで俺たちは地下四階、例の祭壇の部屋へと向かう。引率のユナ教官が到着を確認すれば、後は演習場のキャンプへ戻るだけだ。
「……ねえ、ジン・トキトモ」
サキリスが俺に近づき、小さな声で言った。
「あそこのジャイアントスパイダーの巣ですけど……糸は回収しないんですの?」
「回収していいの?」
俺は反射的に返した。
大蜘蛛の糸は、そこそこいいお金で売れたりする。加工するととても頑丈になるし、高級衣装の素材にもなる。それ以外にも魔力を通す伝達線にも使える。
まあ、見逃す手はないか。当初の予定より早く目的の場所まで来たし……。
「一度、大蜘蛛の糸で縛られてみたかったんですの……ちょっと集めてくださらない?」
「えぇ……」
なにそれ、俺ドン引きぃ。少しサキリスのことを見直していたのだが、変態はどこまでいっても変態だった。




