第104話、水の神殿の深部探索
サフィロ型ダンジョンコア・タイプ7。
何とも機械のにおいというか、SFチックな名前だと思った。古代文明ってのは機械も相応に発達していたんじゃないかね?
サフィロ・タイプ7の話を聞くに、前のコアの所有者――ダンジョン・マスターはこの砦地下の神殿の守護者だったと言う。
時間経過については不明だが、かなり昔のようだ。月日が流れ、訪れる者のいないこの地下神殿で、やがてマスターは死亡。その人物の遺言にして最後の命令が、『侵入者を排除せよ。だがその者が障害を排除し、サフィロのもとにたどり着けたなら、新たなマスターとして仕えよ』らしい。
「つまり、どういうこと?」
アーリィーが聞いてくる。俺は肩をすくめた。
「このダンジョンの報酬は、このコアってこと」
おお、とオリビア。ユナは言った。
「では、お師匠はこのダンジョンの主に?」
「こんな地下神殿をマイホームにする気はないよ」
『お言葉ですが、マスター。あなたはこのダンジョンの主となりました。ゆえにここから離れることはできません』
え? と声を出したのはアーリィーとオリビアだった。
「それって、ジンはここから出られないってこと?」
「んなわけあるか。前のマスターの命令を混同しているんだろう。……マスター権限、俺の命令あるまでダンジョン化を即時解除」
『それでは魔力を獲得できません、マスター。ダンジョンの生成ならびに、ガーディアンの配置ができなくなりますが?』
「構わん」
『命令確認。ダンジョン・テリトリーの即時解除を実行します』
「どういうこと?」
「さっきこの地下を走査した時、未走査エリアがあるって言ったろ?」
DCロッドで探れなかった場所のことだ。
「そこがこのコアのダンジョン圏……いわゆるダンジョン・テリトリーってことだろう。それを解除するということは、ここはダンジョンじゃなくなるってこと」
さてさて――俺はサフィロ型ダンジョンコアを両手で掴むと、ストレージにしまう。
「しばらく待機モードで眠っておけ」
『承知しました、マスター』
うーん、ほんと人工のコアって機械みたいだ。もとの世界で多少SFとかかじってなかったら、こんな会話できなかったなぁ。待機モードって言葉が通じるってのも何だかなぁ……。
「やたらスムーズに事が運んだな」
足元でベルさんが首を捻った。
「人工ダンジョンコアに触ったことがあるのか?」
「実は、かなりアドリブだった」
俺は、コア以外に何かないかフロアの奥を捜索する。
「だいたい、ダンジョンマスターになったら離れられないって意味がわからん。コアの場所を移動しないといけなくなるような緊急事態にあった場合、動かせないってのも妙な話だし。……実際、天然モノのコアを動かしたからって、俺死んだりしなかったでしょ?」
最後の部分は小声だ。天然モノのコアとは、DCロッドのことである。実際、手で台座から持ち上げられる時点でナンセンスだ。
ちなみに、サフィロは言ってないが、もしコアが破壊されたら登録者マスターも死ぬなどとほざいても信じない。マスターが死んだらコアも死、ないし機能停止するのか。もししないと言うならその理由を小一時間問い詰めてやる。スマホやパソコンが壊れても持ち主は死にはしない、そうだろ?
まあ、実際のところ、サフィロの前のマスターはすでに死んでいるから杞憂なんだけどさ。
「お師匠、何をしているんですか?」
「ここは神殿だと言う。まだ部屋があると思わないか? 前のマスターはどこで生活していたと思う? 探索は冒険者の基本だろう?」
「そうですね」
ユナは同意した。だがオリビアは微妙な表情になった。
「墓荒らしの真似事をするのですか、ジン殿?」
「物による」
俺は即答した。
「お宝になりそうなものがあれば回収する。宗教的過ぎるものだったら触らない」
サフィロにここのことを詳しく聞いておけばよかった。女性ボイスだったから彼女としておくが、サフィロを取り出して聞くか、DCロッドで再走査するのが早いか、果たして……?
ほどなく、ベルさんがさらに奥へ通じる通路を見つけた。そこには教会と思しき祭壇があって、さらに前のマスターが住んでいたと思える部屋があった。
探索の結果、回収できたものは、水属性オーブ付きの杖が三本。同じく水属性の魔法金属で作られた剣、槍が六本ずつ、兜、甲冑、盾が同じ数ずつ。……まあこれは鎧飾りでセットで並べられていたやつだが。
あとは箱詰めになった金貨。ヴェリラルド王国のゲルド金貨ではないが、いつの時代のものやら。換金できれば、それなりの額になるだろう。
紙や布の類は劣化が酷く、記録になりそうなものはない。前のマスターの死体はなく、衣服などはボロボロだった。いったいどれだけ放置されていたのだろうか。
あと水の神さまだろうか、祭壇奥の人型には触れずにおいた。
これにて、ルイーネ砦の地下、神殿の探索終了。コアを回収したので、魔獣が出ることもないだろう。あとは地下四階の入り口さえ閉じておけば、魔法騎士学校の演習授業でも問題は起きないだろう。
ああ、そうそう、例の超巨大ワニな。サフィロを回収したことでダンジョン効果が消えたため、吸収されることなくその場に死体を横たえたままになっていた。せっかくなので解体。その巨体ゆえ、おそろしく手間取ったが……。
夜になっていたので、帰りは魔法車に乗せるふりして、ユナとオリビアを魔法で眠らせると、ポータルを使って帰った。
青獅子寮の俺の魔法工房のクローゼットの後ろにポータルの出口がある。ユナとオリビアを運び込む。ウェイトダウンで重量を軽くしたので、俺は二人をそれぞれ肩に担いでポータルを通過。
部屋を出た時、ちょうどメイドさんのひとりが廊下を歩いていた。
「あ、アーリィー様! お戻りになられていたのですか!」
「やあ、ヴィンデ。ちょっと裏道通って帰ってきたんだ」
アーリィーがにこやかに笑みを浮かべれば、ヴィンデ――金髪ポニーテールの少女メイドが顔を赤らめた。……確か、16歳で、青獅子寮で働くメイド組では最年少だったと俺は記憶している。
「悪いけど、ヴィンデ。ボクはこれからお風呂入るから。ビトレーにボクが帰ったと知らせておいてもらっていいかな?」
「かしこまりました、アーリィー様!」
ヴィンデは元気だ。あ、そうそう、と王子様は呼び止める。
「ヴィンデ、ジンが担いでいる二人を運んでもらっていいかな? オリビアは近衛に渡して、ユナ教官は、適当な客間のベッドに寝かせておいて。……ああ、大丈夫、魔法で軽くなっているから君でも持てる」
「かしこまり――うわぁ、ほんとだ、軽い! ではお預かりしますね!」
小柄なポニテ少女が、大の大人二人を担ぐ姿はめったにない光景だ。俺から二人を預かったヴィンデは、そのポニーテールを揺らし楽しそうに去っていった




