第102話、ゲイビアル
ジャイアントオクトパスと遭遇したフロアの次の部屋は、またも床の低い部分に水が張っていた。
入り口と次のフロアへの出口がある場所が高い位置にあり、その間に島のような形で床がある。壁沿いも多少床があるが、それ以外は水に没している形だ。先ほどまでのフロアに比べて、水は濁っていて底が見えない。浅いのか深いのか。
そしてここでもモンスターに遭遇した。リザードマン……ではなく、ワニ頭の亜人。ゲイビアルである。
その長いノーズはひと目見れば、トカゲと違うのがわかる。身体つきもリザードマンに比べて逞しく、トカゲ以上に強そうだと外見だけで判断できる。
実際、リザードマンよりもタフで強い。単純に筋力が上であるが、濁った水を利用して死角を突こうと回り込んでは、突然飛び出して、水の中へ引きずり込もうとする。一度、引き込まれたら、たぶん普通に助からないだろう。……まあ、普通ならな。
「オリビア、前に出るな! アーリィーを守って入り口から動くな!」
俺は折れた杖を投げ捨てながら声を張り上げた。硬化をかけたオークスタッフだが、ゲイビアルの突進からの噛みつきに折られてしまった。ちょっと強度が足りなかったらしい。
ゲイビアルが手にした片手用のハンマーを振り回す。いくら魔力を手で覆ってガードしたとしても、ちょっと受けたくない。と言うか、ハンマーのリーチで受け止めたら、たぶん噛みつかれる!
手に纏ったブロック状の魔力を放つ。見えない衝撃がゲイビアルの腹を強打し、吹き飛ばす。
ドボンっと派手な飛沫をあげて水の中に落ちるゲイビアル。……だが残念ながら、あれくらいでは死なないだろうな、たぶん。
「ジン、右だ!」
ベルさんの警告が飛ぶ。スイーと水の中から目だけ出してゲイビアルが、俺の右側面に回り込む。こいつら正面からでも充分強いのだが、ワニの種族特性を引き継いでいるのか、平然と相手の隙を窺う戦い方をする。
「光の障壁……!」
俺が短詠唱で防壁を展開するのと、ゲイビアルが飛び出すのは同時だった。ロケットの如く飛び出したゲイビアルが見えない壁に激突する。みしっ、と障壁が音を立てたように感じたのは、あまりに重い突進だったせいか。
鼻から衝突したゲイビアルがのたうつ。全身鎧をまとったような堅さを持つゲイビアルだが、弱点は頭に集中していたりする。
「ほうら、ワニさん、口をお開け!」
開いたゲイビアルの口の中めがけて、アイスブラスト――スパイク状に成形した氷の塊を叩き込んでやる。口から血を流し、ゲイビアルは後ろへ倒れ水の中へ。今度は仕留めた、たぶん。
ベルさんは猫の姿を捨て、黒騎士形態。デスブリンガーを振るい、ゲイビアルを一太刀のもとに切り裂いていく。主に口から上を切断することで、堅い胴体を避けて倒しているのだ。
首を飛ばすより、見た目グロいワニ亜人の死体が横たわり、または水の底へ沈んでいく。
「……今ので最後か?」
「どうかな」
ベルさんは大剣を構えたまま、俺も周囲に目を凝らす。
アーリィーは無事だ。オリビアとユナが守っていた。
「ユナ殿、かたじけない。私ひとりでは、守りきれなかったかもしれない」
「いえ。……お師匠とベルさんがいなければ、私も対処しきれなかった」
「それなんだが……あの禍々しい装備の黒騎士は、ベルさん、なのか……?」
「そう。……知らなかったの?」
「いやいやいや、知らない知らない! だって、あんな小さかった猫が、屈強な戦士になんて……化け物か!?」
初めてベルさんの黒騎士姿を見るんだっけ、オリビアは。ユナは先日、大空洞で見たし。ボスケの森では……オリビアたちは反対側で戦っていたから、ベルさんの勇姿を見ていなかったのだろうな。
「アーリィー殿下はご存知でしたか?」
「ううん、あの姿は初めて。というか、本当にベルさんなの?」
黒豹など、猫以外の姿になったベルさんは知っているアーリィーである。ベルさんの形態変化について、誰が知ってて誰が知らないのか、わからなくなってきた。
「トカゲの次はワニ。……明らかにランクが上がってるな」
ベルさんは部屋中央の島から、次のフロアへの入り口、その間に跨る水面を飛び越えた。
「次のフロアはさらに強い奴がいるかもな」
「勘弁してもらいたいねぇ」
俺は本音を漏らした。が、そういうモンスターを生成できるダンジョンコアというなら、放置するのは、なお厄介だ。
「何だと思う? 水辺に強い魔獣」
「そうさな、超巨大蛇、水棲属性のドラゴン種、クラーケン……あるいはヒュドラとか」
「どれも願い下げだ」
「ハハハ、まあ退屈はしないな」
豪快に笑うベルさん。黒騎士形態のこの人、強い敵と戦うのが凄く楽しそうに見える。オリビアは、ついていけないとばかりに首を振れば、アーリィーもどこか不思議なものを見る目になる。ユナは相変わらずだった。
・ ・ ・
下の階層は、再び神殿のような建造物となっていた。相変わらず魔石灯の光が青く輝いているせいで、壁も床も青に染まっている。
フロアの奥に次の階層への入り口がある。そこに通じる道が二つに分かれ、階段状になっている。
階段状通路のまわりは床がなくて、空中回廊のようになっていた。踏み外したら下へまっ逆さま。その先は下の階層なのか、はたまた底知れぬ闇が広がっているのか……スキャンした時の地図どうなってたっけ?
ここでもリザードマンが俺たちに襲い掛かってきた。階段状通路に落ちないように注意はするが、正直に言って前衛のオリビアやベルさんのもとにたどり着くまでもなく、俺とユナの魔法で蹴散らした。遮蔽物がなかったから、遠くから撃ち放題だったんだ。
特に問題もなくフロアを突破、下の階層への道を進む。スキャンしたマップでは未走査エリアとなっていた、つまりダンジョン化した階層に到達する。
そこは奥に長い縦長のフロアだった。天井は高く、建造物の中であることと相まって神殿、いや聖堂などに似た雰囲気があった。規則的に並んだ魔石灯の光が青く照らす中、入り口から最深部が見える。
「……あの青く光っている球が、ダンジョンコアだ」
俺は指し示したが、同時に物凄く嫌なものを見た顔をしていただろうな、と思う。
奥に進む間に、プールのような水溜りが二つあった。ざっと見た感じ、縦横ともに三十メートルくらいある。生憎と水は濁っているので深さは不明。二つの水溜りの間に十メートル幅の足場のような床があるが……。
「物凄く、嫌な予感しかしない!」
またゲイビアルがプールの中に潜んでいるだろうか。手前のプール渡る時は何もなくて、二つ目のプールに差し掛かった時に、隠れていたリザードマンやゲイビアルが襲い掛かってきたら、もう目も当てられないことになる。
「引き返すのはありでしょうか?」
オリビアの台詞も、今回ばかりは同意したい。ダンジョンコアがなければ、見なかったことにして帰りたい。
「水に入るのは、たとえ足がつく深さだったとしてもナシ。となれば、浮遊で水の上を行くのがいいだろうな」
俺とアーリィーはエアブーツを履いている。ベルさんは形態変化で飛べるし、残りの二人も浮遊の魔法をかけてやれば問題ない。
「とりあえず飛ぼう。それも天井に近いところを。仮に何か潜んでいたとしても、初撃を受けない高さで」
誰も反対しなかった。
ゲイビアル。適当なワニ亜人の名前がなかったので、某ゲームのワニ亜人からネーミングを拝借。




