第98話、ルイーネ砦へ行ってみた
魔法車は王都を出て、スッスロの森への街道を走っていた。
昼で授業が終わる魔法騎士学校である。食堂で昼食を摂った後、青獅子寮に戻り準備を整えると、ルイーネ砦への視察遠征へと出かける。
今回のメンバーは、運転席に俺。特等席にベルさん。助手席にユナがいて、後部座席にアーリィーとオリビア近衛隊長がいた。
「私は、今でも反対なのですが……」
「文句があるなら帰ってもいいよ」
運転しながら俺は言う。
よく晴れた空の下、魔法車は走る。ちなみに今回、後ろにアーリィーとオリビアが乗っているのは、例によって例の如く、俺が出かけると言ったら王子様が同行したいと言ってきたからだ。
当然、護衛する立場のオリビアは反対したが、アーリィーには俺が与えた防御魔法具が一通り揃っていること、これから行く場所が程度の低いモンスターしかいないこと、そしてどうせ三日後に行く場所だからという理由を突きつけて了承を得た。……まあ、先ほどの発言どおり、隙あらば帰るようにオリビアが言っているが。
「お師匠、また見ないうちに、この車、変わってますね」
ユナは相変わらずマイペースだった。俺は頷く。
「おう、わかる? ちょっと外観にな。ただ今後のことを考えて外板を強化したいんだ。例えば矢とか魔法が飛んできても弾くような素材が欲しいな」
「ミスリルのような魔法金属?」
「ドラゴンの鱗みたいなやつとかどう?」
前提として、軽くて硬いものが望ましい。重量が増えると、魔石エンジンが車を動かすために消費する魔力が上がる。要するに、燃費が悪くなるのだ。
そんなこんなで走り続けると、目的地のスッスロの森に到着した。騎士学校の演習地があることから、森の中にも街道が走っていて魔法車はその上を進んだ。
何故、森の中に道があるか? 馬や馬車が通行するからだ。魔法騎士生には貴族の子弟もいるから、演習地まで馬車で移動できるようになっているのだ。
森の中を進むが、特にモンスターなどの姿はなし。あるいは車にビビったのだろうか。猪あたりが突っ込んできそうではあるが。
ユナのナビで演習地に着く。といっても、開けた広場があって、周囲に木製の防御用の柵があるだけだが。演習当日は、ここに教官や生徒らが寝泊りする天幕が張られる。そう、モンスターの生息する森で一晩過ごす予定なのだ。
魔法車を止め、降りる。広場は整地されているようだ。てっきり草が伸び放題だったりしているかと思ったのだが。
「演習前に、業者が草を刈りますから」
ユナが答えた。
「その護衛に冒険者が雇われるので、時期によっては依頼を受けることもできたかもしれませんね」
「草刈りの護衛ね」
俺が苦笑すれば、ベルさんは足で毛づくろい。
「まあ、弱いといっても魔獣が出るなら護衛ってのもわかる話だな。……まさか冒険者が草刈りするわけないだろうし」
確かに。
俺は振り返り、アーリィーを見やる。金髪ヒスイ色の瞳の男装姫は、うんと伸びをする。ちなみに以前のボスケの森遠征で渡した防具一式はすでに装備済みだ。
「疲れた?」
「うーん、ちょっと座り続けてお尻が、ね」
「尻……?」
俺が視線を向ければ、アーリィーはとっさに自分の尻に手を当てた。
「なに見てるの?」
「別に……」
後部座席のシートの座り心地に改善の余地あり。中にスライムジェルでも仕込むか? 普通に綿詰めてもいいか。
お師匠、とユナが口もとに手を当てながらジト目。
「……男の子同士で、そういうのはどうかと」
俺は閉口。アーリィーが女であることを、ユナ先生は知らない。故に俺もヘタなことは言えない。何故か、オリビアが愕然とした表情になった。
「ジン殿……まさか男色――」
「なんで、俺に言う!?」
この生真面目隊長は、冗談が通じないタイプなので、否定しておくところは否定しないと後が怖い。ベルさんは、ケケっと楽しそうに笑っていた。
・ ・ ・
目的地のルイーネ砦までは整備された道がないので、徒歩での移動になる。こっちは貴族生が来ないから手入れするつもりがないのだろう。
小さな差別というやつだ。それを言ったら、演習には多少の障害は付き物とか返されるんだろうな。おう、それ王子殿下や貴族の前で言ってみろってんだ――などと頭の中で考えを弄ぶ。
三十分ほど歩いただろうか。獣道じみた細いルートを進んでいると、森の中に朽ちた砦らしきものが見えてきた。
「砦……砦ねぇ……」
正面から見たところ、壁は割としっかりしているようだ。だが尖塔のてっぺんは崩れてしまっている。所々に木が絡みつき、青々とした草や葉を覗かせている。
「気をつけろよ、ジン」
黒猫姿で俺の肩に乗るベルさんが砦を同じく見上げる。
「魔獣、というより普通の獣だろうが、気配がある」
「用心しよう」
俺が言えば、アーリィーはエアバレットをいつでも撃てる態勢にし、オリビアは剣を抜いた。ユナもすでに蹂躙者の杖を手に持っている。
開け放たれた正面の門から侵入する。というより門自体壊れているから、ただの入り口となっていた。
周囲に視線を走らせる俺。左手側を見たとき、つまりは砦の西側だが、そちらの壁がなくて傾斜のある森の地形が広がっていた。門を使わなくても、入りたい放題だなこりゃ。
「ユナ、砦を視察ってことだけど、中に入るのか?」
「はい、お師匠。生徒たちは、この砦の地下四階まで降りて、そこにある祭壇まで行くことになっています」
「じゃあ、そこまで行ってこないといけないわけだな」
俺は、アーリィーを見た。
「いちおう聞くけど、最後まで付き合う?」
「もちろん!」
彼女は強く頷いた。まあ、ここに置いていくのもなしだよな。とはいえ、もし帰りたいと言われたら、ポータルで青獅子寮へすぐに戻してやれる。
「あの、ジン殿、私には聞いてくださらないのですか?」
オリビアが不満げに言った。いやだって――
「あなたに聞いても『帰りましょう』しか言わないでしょ」




