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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 荒ぶる風雨

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籠009 近づく接点

 リゲルが学園から借り受けた部屋は、大講義室と同じ第五棟五階にある。

 速やかに講義室から自室へ戻ることができ、近くの研究室を利用することも可能だ。

 重要魔術の講義のために遠方から駆けつけただけあって、彼女の待遇は非常に厚かった。


 まず第五棟だけに限らず、隣り合った第四棟にまで厳重な警備が敷かれている。

 第五棟を拠点とする導師も増えたことで自然と監視の目も強くなっており、学徒の関心を引くことによって、第五棟へ足を運ぶ者も増加した。

 彼女自身が連れてきた優秀な“ボディガード”もいるので、身辺警護はより強固なものとなっただろう。

 そもそも学園へと侵入することや、不審者がミネオマルタに侵入すること自体、かなり難しいのではあるが。

 ともかくリゲルの身の安全は、ミトポワナに居た頃以上に高められていると言えるだろう。


 そしてもうひとつは、やってきたリゲル宛てに沢山の品が贈られた事だ。

 最新の理学の研究成果やその過程が惜しげも無く彼女に振舞われ、国宝級に並ぶ杖や、魔石、貴重な魔導書など、挙げていけばキリはない。

 とはいえ、貰い物は三年前に箪笥が腐るほど受け取っている彼女だ。

 どれも貴重な品では間違いないのだが、それらのうち、特に金品のほとんどは持て余し気味である。

 ただし最新の理学研究の成果については大いに興味があったので、そちらは楽しんで目を通しているようだ。




「ふむふむ」


 リゲルは今、高級すぎる椅子に背を預け、これもまたどこぞの御用達のような煌灯の明かりで、素っ気ない資料を眺めている。

 どれもミトポワナでは見ることのできなかった、面白い実験の数々がそこに記されていた。

 彼女が扱う光魔術に関連するものはほとんどないが、逆にそれが良い息抜きとなっているのだろう。

 雑誌でも読むような気軽さで、時々誰もいない部屋に相槌を打ちながら、資料の山は右側の机に重ねられ続けた。


 楯衝紋に関する資料を読んでいた時、四連続のノックが響いた。


「どうぞ」


 許可の声と共に部屋に入ってきたのは、両おさげのせいか年齢よりも幼く見える少女、スズメである。

 彼女は今年十八になるが、その容姿と身長、そして頬を膨らませた仕草のせいで、十四くらいには見えてしまうだろうか。

 ともかく彼女は、リゲルに対して怒っていた。


「リゲルさん、自分でもちょっとは運んでくださいってば」

「ほう、こんな楯衝紋があったとはね……」

「お忙しいようでしたら、持ってきた資料を元の場所に戻してきても……」

「ありがとうウィンバート君、いやぁいつもすまないね、助かるよ」

「もう」


 リゲルと同じミトポワナからやってきたスズメ=ウィンバートは、理総校の学徒であり、導師ではない。

 しかしリゲルとは並々ならぬ縁とそれによる信頼関係もあったので、今回は付き人という形で、特別にミネオマルタへとやってきた。


 スズメは部屋を見回した。

 綺麗に掃除され、埃ひとつない部屋である。

 少々古臭い雰囲気はあるものの、配置された家具類は新品同様で、住む分には何の不満もない、良い部屋であると言えた。

 同じような部屋はスズメとクリームにも与えられていたのだが、リゲルの部屋は一際、綺麗なようにも感じられる。

 それはもしかしたら、部屋の隅のテーブルに無造作に積み上げられた金品達が視界を賑やかにさせているせいなのかもしれない。


「あんなところにむき出しで置いちゃって。泥棒に入られたらどうするんですか」


 高級な魔石が埋め込まれたタクト、希少な魔金の欠片、数歴第一期の王国時代の金貨など。

 光物好きな知り合いがこれを見たら、食らいついたまま三日は離れないだろう。スズメは自らの想像に確信した。


「大丈夫だよ。贈呈品を贈った者達でさえ、棟内には一歩も踏み入ることができないんだ。それに、この部屋の扉と窓にはクリーム君の仕掛けが施されている。無理やり突入しようとすれば、内と外両方からの遮断膜が……」

「私がこれらを片付けるのが嫌だから言ってるんですよ。ちょっとは自分でまとめたらどうなんですか」


 リゲルは掃除が嫌いだった。

 苦手とも言っていい。

 つまり両方である。

 とかく整理というものに縁がなく、使ったものは使いっぱなしにするガサツな性格で、理総校に在学中の頃は割と大勢の人に迷惑をかけたものであった。


「しかしこの特異科の彼女の特異性、目を瞠るものがあるよ。見給えウィンバート君、この鉄と水との親和性がなんとも……」

「ちょっと、流さないでくださいよ……って、あれ?」


 露骨に話題を逸そうとリゲルが見せつけた資料。

 そこに白黒で焼付けられた顔写真には、どこか見覚えがある。


「この人、私の仕事を手伝ってくれたんですよ」

「え、そうなのかい」


 かなり当てずっぽうで話題を振ったものの、どうやらそれが思いの外綺麗に決まったらしい。

 この機会を逃すまいと、リゲルはそちら方面の話に乗ることとした。

 自分で振っておきながら、興味自体はあまり無いのだが。


「目が怖くて、それでポケットに手を入れたまま私の方に歩いてきたから、“あ、殴られる”って思ったんですけど。けど、親切に手を貸してくれて」

「あー……まぁ、眼力はあるね、彼女」


 写真を見る限りではむっとした仏頂面にしか見えないのだが、とは思いつつも、いつかの講義中にも似たような目つきの者がいた事を思い出すと、リゲルも否定はしきれなかった。


「重い荷物もひょいって持ち上げてくれて、すごい助かったんですよ。右腕が義肢だったので、半機人さんみたいですね」

「ふーん、半機人か。この歳でね」


 身体強化、特異持ち、半機人。

 その特徴的なステータスを見て、リゲルもようやく興味を引かれた。

 随分と色々な事に巻き込まれてきたのだろうなと、彼女はぼんやりと思った。


「出身はデムハムドか。魔獣と魔族が恐ろしい場所なんだよな……」

「あー、デムテイカーとかいましたねえ。あの時は怖かったですよ」

「履歴は書いていないが、きっと鉱山で働いていたに違いない。身体強化はその時のものかな。腕の負傷も、きっと仕事に関係するものだろう」


 スズメに渡した資料を取り上げて、リゲルが眼前に広げて直視する。


 目つきの鋭い少女の特異性の解説と、特異性魔術の経歴、楯衝紋。

 実験の資料であるためか、書かれている情報は少ないものの、そこから様々なものを読み取ることはできた。


「……へえ、面白いな、彼女」


 鉄魔術が岩石質になる。

 生成物に芯は定まっておらず、水魔術と同じ全体消滅の様相を呈する。

 楯衝紋に鉄魔術の他、付近の水魔術にも変質した箇所が見られる。


 ここまで楯衝紋が一般的な形からかけ離れていると、属性術とはいえ独性術並みの、それこそ“特異”な働きをしそうなものである。

 特異理質を解明したからといって何かの役に立つ事はほとんどないのだが、リゲルは久々に知識の食指を動かされた気がした。


「そういえば、ここも特異科の棟だったね」

「はい、そうですね」

「特異科か……そうだね、理総校にはない学科だ。気になる彼もいることだし、ちょっと目を向けてみるのも……」


 リゲルが言葉を言い切る前に、再び部屋にノックの音が大きく響き渡った。


「おじゃましても良いかしら?」

「……あのね」


 大きく響き渡った、というのも、それは“部屋の内側から”ノックされたためである。

 閉じたままの扉の内側で、一人の女性が立っていた。


「クリーム君、ここは私の部屋なんだ。人にはプライバシーというものがあるのだが」


 リゲルが扉の脇の彼女を窘めたが、クリームの方に真面目に聞く素振りはない。

 毛先で一、二回転した髪を指に巻きつけながら、クリームはか細い口笛を吹いている。


「スズメが入室したのが解ったもの。これくらい良いじゃない」

「学園の棟内で魔術を濫用するのもいただけないな」

「でも荷物を運んだのは私でしょ? ちゃんと必要な場面で役立てているんだから、問題ないわよ。今だって、重い資料を持ってきてあげたんだから」

「それを言われると弱いんだよな」


 クリームは毛先をいじりながら、扉から一歩だけ離れる。

 彼女の姿はそこで消えて、リゲルが使う窓際のベッドのそばに現れた。

 自分からわかりやすく主張する辺り、この悪癖を直すつもりはないようだ。


「はあ。あのね、クリーム君」

「なんでしょう、導師」

「何度も言ったとは思うが、君は私の警護担当なんだ。くれぐれも、あまり好き勝手に棟内をうろつかないように頼むよ」

「式の時には出席させてくれなかったくせに……」


 クリームはぼやいたが、リゲルはそれ以上は追求しないことにした。

 どうせ言っても無駄であることはわかっている。


 彼女は普段こそ礼儀正しく、性格も温和ではあるが、特定の事が絡むと周囲が見えなくなってしまうのだ。

 いくら口で言ってきかせて行動を制限しようとも、きっと瓦解する時はやって来るに違いない。しかも、それはそう遠くないうちに。


「……はあ、特異科か」


 人の部屋で勝手に楽しく、スズメとクリームはお喋りを始めた。

 二人をよそに、リゲルは資料を眺め、陰鬱そうに机に項垂れた。


 特異科。

 どうやら、リゲルとの縁は深そうである。


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