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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第五章 荒ぶる風雨

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籠004 空いている理由

 ギルドで手続きを済ませた後、通りの露店でブドウジュースを買って、一息に飲んだ。

 そしてすぐに広場へと、一人という不安はあるものの、魔術の特訓のために足を運んだ。

 昨日のような無茶さえしなければ、危ない目に遭うこともないだろう。

 さすがの私も、自分の魔術に圧し潰されて死んだ、なんて紙面に載りたくはない。


 ところが、そんな要らぬ心配すらも獲らぬ狸だったのか、一時間ほど大自然の中で試してみたが、蜂起(ガミル)は暴発すらしてくれない。

 自棄になって試し続けていれば、また何か起こるのかもしれないが、危険な思いをするのは御免だ。

 私はもどかしい気持ちを抱えて、しかし一度は成功しているためか、これまでの激しい焦燥を感じることもなく、ゆっくり歩きながら帰路に就いた。




 私の術は、相変わらず難航している。

 一時はできた新魔術も、しばらくは音沙汰もない。

 人目につかないように練習できる場所も限られているので、試すだけでも一苦労だ。

 同じ歩調で一進一退を繰り返しているようで、もどかしい。


 それに対して、ゾディアトス導師を迎えた学園のおおよその雰囲気は、前へ前へと、着実に進むような盛り上がりを見せている。

 私は人の好調にまで噛み付くほど、妬みが強いわけではない。

 学園内に漂い始めた静かな興奮には、逆に特訓へのやる気を触発されるくらいである。




「ええとですね。明日のゾディアトス導師による光魔術の講義に、特異科も参加できるようになりました」


 マコ導師朝一番の報告に、おおー、という声が辺りから出てきた。

 隣を見れば、クラインは珍しく本から目を外し、マコ導師を注目している。わかりやすい奴だ。


「しかしマコ先生」

「はい、なんでしょう、ノムエル君」

「光魔術は、非常に難しいものだと聞いていますよ。僕らだと、基礎の基礎から学ばなければ……」

「大丈夫ですよ、わからないものだと理解することも、勉強のうちですから!」


 マコ導師は可憐に微笑んだ。


「は、はあ、そうですか」


 意味深な笑みに納得するしかないと悟ったか、ヒューゴはそのまま席についた。

 マコ導師の笑顔が、なんだろうか。怖い。


「ゾディアトス導師の使用する講義室は、第五棟五階の大講義室です。特異科だけだと人数が少ないので、きっと合同の講義になると思います」

『だ、そうだぞ、ボウマ。くれぐれも講義中には騒ぐなよ』

「おいライカン、なんですぐあたしに言うんだ」

「あはは……特異科は、一限と二限しかありませんからね。早めの講義になると思いますので、いつもより早めに、この講義室にいらっしゃってください。皆さんで一緒に、講義に出席しますからね」


 光属性術の講義、明日か。

 本当なら今もこうしているように、蜂起(ガミル)の理学式を熟読しておきたいんだけどな。

 でも物は試しだ。属性術単体の講義なんて、そうそうしてもらえるわけではない。

 それほど光魔術とやらに興味があるわけではないけど、一度真剣に受講してみるのもありだろうか。


「でも、光魔術って何の役に立つんだろ」


 私はぽつりとこぼした。

 言葉に反応したのは、前の席のソーニャだ。


「しっ、ロッカ、講義始まっちゃうわよ」

「おっとっと、危ね」


 そうだ、これからもマコ導師の講義が始まるのだ。

 本当はこっちの方も、疎かにしちゃだめなんだよね。


「……よし」


 最近は自分の魔術ばかりに気を取られて、マコ導師の講義もろくに聞けていなかった気がする。

 基本は大事だ。基礎をないがしろにしては、その上に何かを建てられるはずもないだろう。

 石柱も、きっと石錐も。


 私は久々に、マコ導師のわかりやすい講義へじっくりと耳を傾けることにした。





 第五棟五階の大講義室。

 偶数階には棟連絡橋がかかっているので、別棟との行き来が便利なことから、物品室やよく使われる部屋などが多い。

 逆に、講義室、とりわけ広い空間を必要とするような大講義室などは、使用頻度も少ないこともあり、奇数階に配置されているものが多いのだ。

 そもそもマイナーの集まりである第五棟ならば、それもより顕著だ。


「ここが大講義室です」


 声を抑えめに、マコ導師は廊下に集まった私達に説明した。

 言われなくとも、扉にプレートが掛けられているからわかってるんだけどね。


 ゾディアトス導師の講義がある朝の一限目。

 これから、その第一回目が始まろうとしている。

 特異科を対象とする講義回数は、現時点では未定とのことらしい。講義をやっていくうちに参加者の変動があるだろうということなのだとか。

 マコ導師が言った参加者に変動があるというのは、よくわからなかったけど。それはおそらく、別の学科から特異科の枠に流れ込んでくるということなのかもしれない。


「光属性術か。興味はあったから、楽しみだな」

「あたしはどーでもいいやぁ」


 ヒューゴの言葉を、ボウマが興味なさげにはたき落とす。


『光魔術は世界を救ったと言われているからな。その使い手の講義というだけでも、受けてみる価値はある』

「さすがはライカンだ、僕の言うことをわかってくれるかい。ボウマとは違うな」

「ぐぅむむむ」

「まあまあ、講義室の前ではやめときなって」


 茶化され続けるとボウマが爆発しそうだったので、ここでボウマの髪に手櫛をいれてやる。

 髪を整えてやっている間は大人しくなるというボウマの習性を知ってからは、彼女の扱いは大分楽になった。


「君達はうるさそうだな。オレの集中を削がないように、席は二つ以上離して座ってくれたまえ」

「んだとてめー!」

「おい」


 忘れていた。

 そこに真顔で油を注げるのがクラインだった。

 クラインとボウマの二人は、険悪な関係ってわけじゃないけど、隣り合わせておくと騒がしくなるから面倒だ。

 火と水の関係ってことなのだろうかね。


 そんな喧嘩もマコ導師の万能の“めっ”によって沈静化されると、ついに講義室の扉が開かれた。


「失礼します」


 大講義室の後ろ側の入り口をくぐり、先導するマコ導師についてゆく。

 つまり学徒達が座るためのすり鉢状の席は、普通の講義室よりもその勾配が緩やかだ。建物の構造上、同じような高低差は出せないのだろう。

 しかし席なんてものは、そのくらいでも充分だ。

 問題は、席に座る学徒の多さである。


「うわ、もう沢山いる……」


 まだゾディアトス導師は来ていないようだったが、大講義室内は既に学徒で埋め尽くされつつあった。

 しかも座り方は非常にまばら。

 仲良し同士が隣り合うように陣取っているためなのだろう、空席は虫食い状態である。

 特異科の学徒たちが座ろうとしても、そこにまとまったスペースは用意されていない。


「ではみなさん、空いている席に着席してくださいね」


 そんな状況も珍しいことではないのか、マコ導師は困惑気味な私達にそれだけ告げると、自分はさっさと空席目指して歩いてゆく。

 なるほど、こういう状況も、特異科だからあまり経験がないだけで、属性科などにとっては日常茶飯事なのかもしれない。


「僕らも座ろうか。やっぱり前のほうがいいな」

『うむ、俺も前で……』

「ライカンは邪魔になるからあたしと一緒に後ろだなー」

『む、な、邪魔になるだと……』


 確かにライカンは、かなり後ろの方に座っていた方がいいかもしれない。ライカンの真後ろに座る学徒は、ちょっとかわいそうだ。

 二メートル越えの巨体というのも、良いことばかりじゃないな。


 ヒューゴは席の前の方に歩いてゆく。

 ライカンはがっかりしたように後方の席を選ぶと、彼の巨体を盾にするようにボウマが真後ろに陣取った。なるほど、ボウマの狙いはそれだったか。


「一応、前にしておくか」


 クラインはヒューゴと同じで、前方の列を選んだようだ。

 席と席と間の通路を、猫背の早足で進んでゆく。

 彼の後ろ姿は、着席済みの学徒たちの注目を集めているようだった。

 以前にルウナから聞いたクラインの有名人っぷりは、どうやら嘘ではないらしい。


「んーと……ソーニャはどうする?」

「え、私?」


 皆がどんな席を選ぶのかと観察している内に、気づけば残っているのは私とソーニャだけになってしまったようだ。

 ソーニャはぼーっとしていたのだろう。もしかしたら、立ちながら眠っていたのかもしれない。

 もうちょっと頭が回っていれば、いち早くライカンの後ろの席を確保できたかもしれないのにな。


「んー私は、どこでもいいかな。真ん中くらいでいいわ」

「真ん中か。そうだね、じゃあ私もそこらへんにする」


 大講義室の中央も、やっぱり人で埋まりつつあった。

 特異科の参入で、もういくつか数えるほどしかない。


 しかし運の良いことに、丁度良く二人分ほど空いている席を見つけた。見晴らしの良い、中段中央の席である。

 熱心に講義を受ける学徒の多いこの空間の中で、かなり好条件の穴場を見つけられた。

 私はちょっとした幸運に歩調を速め、滑りこむように席についた。


「隣、失礼するよ」

「ぁあ、別に……」


 座席に深く腰を下ろして、頬杖をつくお隣さんと目が合った。

 白い髪に、真っ赤な瞳。


「……」

「……」


 ナタリーだ。


「どけ。隣くんなクソ野郎」

「は、ふざけんな。今、別にって言っただろ」

「気が変わった。どけ」

「どくならそっちの方だろがスカタン、つーかなんでアンタがここに」

「属性術の講義に属性科が来て何が悪ィんだよ。それを言うなら特異科のくせに……」


 私とナタリーの言い合いに火がつき、広い大講義室中の注目を集めようとしたその時、狙ったようなタイミングで教壇側の扉が勢い良く開かれた。


「ははは、いやあ、遅れてしまったようだね、申し訳ない」


 誉れ高き、ゾディアトス導師の入場であった。


「チッ、なんで特異科と一緒に……」

「なんで私がナタリーなんかと……」


 偉大な導師の前で、醜く口喧嘩を始めるわけにもいかない。

 私とナタリーは胸の内に鬱憤を貯めこみながら講義を受けることになってしまった。


 始まってもいない講義の滑り出しは、最悪だ。


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