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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁019 狭まる足場

 残り十六日。昼の曇天。

 未だに術の習得には全く光明が見えず、絶不調に赤不浄が重なって、精神的には最悪の状態が続いていた。

 痛みはほとんど無いにせよ、凶兆であることに変わりはない。術習得の難航と相まって、今日の特訓のモチベーションは、今まででも特に低い。


「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”」


 地面に当てた先石を中心に、辺りに岩場が広がる。

 驟雨で泥濘んだ土の上は、一秒もしないうちに乾いた岩で覆い尽くされた。

 ここまでは予定通りだ。


 それでも溢れる緊張の吐息を吐き出して、湿った土の香りを一気に吸い込む。

 クラインは小屋の壁に背を預け、私の様子を見守っている。

 躊躇の瞑目、決意の開眼。再びタクトを足元に突き出して、想像上の魔法陣に魔力を走らせる。

 衝開、留顕、棄散、正半分岐。数多の動きのイメージを言葉に乗せて、導芯から先石へと流し込む。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 黒いマギタイトが光を放った。

 ただ、それだけである。岩が唸り声を上げることはなかった。


「不発か」

「チクショウ!」


 苛立ちは一気に頂点だ。最初の一回目であるだとか、そんなのは関係ない。

 魔導書を熟読した後の一発目に成果が出なければ、その日の成功は絶望的なのである。

 あと何回分か残っている挑戦の機会全てを早々に諦めた気持ちになり、私は灰色の岩を蹴りつけた。

 強化を込めた踵の一撃で、岩は容易に砕け散る。


「そう簡単に習得できるものではないと」

「んなこた知ってる! ああ、もう!」


 クラインに当たってしまった。彼は善意で協力してくれるというのに。

 その苛立ちも、足元の岩にぶつけてやった。

 岩が剥がれて湿った土が露わとなり、泥は飛散しブーツを汚す。


「たった四日だぞ、何を焦っている」

「無駄に四日が過ぎた」

「無駄だろうが意義があろうが、あと十六日残っていることに変わりはない」

「あと十六日しかないんだぞ」

「オレにはわからないな。十六。それは数字の上で、焦るほどのものなのか」


 そう、まだ四日だ。彼の言う通り、焦るにはまだ早すぎる。

 でも私自身は、自分に対して“まだ大丈夫”と言い聞かせてやることができないでいた。

 私だけが焦っている。私だけが当たって当然の壁の前で不満をぶちまけて、ガキのように喚き散らしているんだ。


「その精神状態では、無理だろうな」

「え」


 クラインが手元に開いていた本を閉じて、小脇に抱えた。

 早々の身支度である。もちろん、私はそれを止めようとした。


「今の君では術の成功など不可能だ。どうせ連日、ろくに睡眠も取らずに理学式を暗記しているのだろう」

「けど、私、まだそんなに魔力は!」

「今日これ以上続けても無駄なのは、自分でも理解できるはずだろう。ウィルコークス君」


 クラインの目はいつも以上に冷めていた。

 彼との距離感が一気に遠のいた気がして、勢いに任せた私の言葉が喉で詰まる。


 数秒間の苦しい沈黙が訪れる。

 その静けさに穴を開けたのは、私でもクラインでもなかった。

 林の中から姿を現した、数人の傭兵である。


「おっと、学徒さんがいらっしゃったか。これは失礼」


 私とクラインとの間に漂うものを読み取らずに軽薄な挨拶を投げかけたのは、以前にも会った事のある傭兵の団長だ。

 “カナルオルム”の責任者、エルドレッド。厳つい顔は、鬱蒼と茂る林の中に溶け込んでいる。

 その後ろには数人の“カナルオルム”の傭兵も一緒であった。

 人力の台車に荷物を満載し、土の上に跡をつけてここまで来たらしい。


「傭兵がここへ何しに来た」


 敵意のない相手の集団に遠慮無く噛み付いたのは、クラインだ。

 彼の相変わらず常識はずれな対応を見て、私の頭に登っていた血も段々と降りてくる。


「面倒ですが、これも仕事の内でしてね。幼竜とはいえ、ネムシシのランクAを誇る灼鉱竜。有り得ないことではあるのですが、いざという時いつでも討伐に乗り出せるよう、我々“カナルオルム”の精鋭は数名、学園内に駐留するように命じられていまして」

「ほう」


 団長の言葉に、クラインは納得したようだった。

 私はいまいち、話の流れがわからない。


「しかし外部は外部。やはり、ゾディアトス導師とは待遇が違うということなのでしょうな。駐留とはいえ、貸し出されたのはこんな倉庫ですよ」

「灼鉱竜の寄贈はお前たちの独断だろう。厚遇を望む方が間違っている。ここを使えるだけでも感謝することだ」

「はは、こりゃ厳しいな」


 気持ちよさそうな苦笑いを浮かべながら、団長は後続の団員達を誘導する。

 大きな台車は倉庫の脇に止められて、幕をかけられた大荷物が手際よく解かれはじめた。

 そこでようやく、私の頭も会話に追いつく。


「えっ、この……この広場で、“カナルオルム”が駐留するっていう事?」


 小屋の横には、数台の大きな台車。

 乗せられた荷物は小屋の中に入れるものも多いだろうが、その中には屋外用の料理器や、簡易暖房器具なども詰め込まれている。

 それらを広場に設置してしまえば、少なく見積もっても、私が魔術の特訓をするためのスペースは取れなくなってしまう。


「ああ。ゾディアトス導師の訪問ですからね。期間中は学園内の警備が厳重になるのですよ。我々のような部外者は、そう頻繁には出入りすることもできないほどだ」

「この台車の中身も、正門で念入りに調べられましたからね。それにしたって、装備まで見られることになるとは思わなかったな」

「まとまった食料もここにあるんですよ。だからこんな重い車を、ここまで引くことに」

「貴様は弛んどるだけだ、馬鹿者め」

「あ、すんません」


 微笑ましいやりとりをしている“カナルオルム”の団員たちだが、それらに貰い笑いをくれてやるほどの心の余裕が、私には残っていなかった。

 “カナルオルム”が、この広場を使う。

 ということはつまり、私は今日からここで特訓できなくなるということなのだ。


「だ、そうだ。ウィルコークス君」


 積み荷を手際よく下ろし始めた傭兵たちを尻目に、クラインが声をかける。


「どの道ここは、もう使えない。今日は寮に帰って、明日のためにゆっくり休息を取るがいい」

「……そう、するしかねえのか」

「ないな」


 はっきりと言われた。

 それだけ言って、クラインは全てが済んだとばかりに、広場から立ち去ってゆく。

 ここに居たところで、岩場を出現させようにも“カナルオルム”が邪魔となる。蜂起(ガミル)が成功したところで、もしも暴発してしまえば、彼らに危害を加えてしまうかもしれない。

 となれば、今日はどう足掻いても、もうここでの特訓はできない。彼の判断は正しい。


 当然の判断なのだが、立ち去る彼の歩調はあまりにも速すぎた。

 それは彼のいつもの歩き方に違いない。

 だけど、立ち去る彼の後ろ姿を眺める私の心の中では、理不尽な不満と、見えざる鬱屈した感情が、音を立てて燻っていた。

 それが私の自分勝手な感情だとわかってはいる。わかってはいるんだけど。


「……まだ、やらなきゃいけないんだ」


 たった一回だけの挑戦では、不完全燃焼にもほどがある。

 私は場所を移して、特訓を続けることに決めた。


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