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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁015 選択する練度

 私がルウナに敗北したという話題は、昨日のうちに広まってしまったらしい。

 元々娯楽の少ない学園生活だ。見せ物としての面白さと、理学実践の競い合い。二つが備わった闘技演習の話題には、皆敏感なのだろう。


 もちろん辺境の特異科にも噂の風は吹いており、それを逃さず一番に掴みとったのは、耳聡いヒューゴであった。


「まぁ、中級保護で良かったじゃないか」

「嫌な思いはしたけどね」

「治る傷なら良い経験だよ。ルウナは強かっただろう? 水と風を複合した闘い方は相手の対応力に優れていて、とてもバランスが取れているらしいからね」


 ヒューゴは素直にルウナの力を賞賛したが、私にとっては複雑な気分だった。

 個人的にルウナに対して思うところはある。けど、彼女の実力は認めざるを得ない。


 水と風。水で場を固め、風で素早く広く対応する。

 それぞれに鉄針のような破壊力はないが、応用が利いて避けにくい魔術というものは、非常に対処し辛く、強かった。

 ルウナに勝つには、時間が必要だ。

 心情としては、前回大見得を切ったように十日と宣言してやりたい。

 けど、ナタリーとの決闘前の準備の大変さを味わって尚、同じ見栄を張れるかといえば、それはちょっと御免だった。


 二倍の、二十日。

 これが、私とクラインが取り決めた期日だった。

 まだルウナに対して宣言を出してはいない。ただし、この二十日以内で仕上げ、彼女を倒すことに決めたのである。

 準備期間が長引けば、それだけ私の記憶は人々の中で風化していく。

 “ロッカ、そんな奴もいたな”。

 観覧席からそう言われるようでは駄目なのだ。

 二十日後丁度に再戦できるように、その一週間前に果たし状を送りつけてやるつもりだ。

 そうすれば、宣言までは二週間ほど。ギリギリ誰もが、まだ新しい部分に私の事を記憶できているだろう。


 だからそれまでの間は、ルウナに天下を譲ってやる。

 いや、私は別にこの学園の天下が欲しいわけではないんだけどさ。




「ルウナがロッカを騙してたのかー? うーん……あたしは、ルウナがそんなことするとは思えないんだけどなぁー」


 ボウマはブドウ味の飴を舐めながら、不思議そうに言った。

 彼女はルウナに良くしてもらっている記憶が多いから、私が燃やすルウナへの闘志には疑問があるのだろう。


 ルウナがボウマに対して優しく接しているのは、嘘ではないと思う。

 ボウマに保護欲を掻き立てられる気持ちは、私もわからないでもない。

 ルウナがいくら計算高かろうとも、そこまで演技を貫いているなんてことは、きっとないだろう。


「ま、大丈夫だよ。とにかく私がルウナに勝つ。それだけでいいんだから」

「おー、そん時はあたし、ロッカを応援するからね!」

「ありがとう」


 期間は二十日だ。私はそれまでに渡り合える力をつけて、ルウナを倒してみせる。

 飲食店でのクラインは、そのくらいの期間があれば可能だろうと言っていた。

 きっとそれは、魔道士として正攻法の訓練ではないかもしれない。かなり限定的に絞り込んだ、おかしなものになるのだろう。


 それでも力が必要だ。

 今再び、彼の助けを借りるとしよう。




「二十日は無理かもしれん」

「えっ」


 散らかった狭い研究室でクラインから告げられた言葉は、それだけで私の気力を大きく削いでしまった。


「な、なんでだよ、だって昨日は大丈夫って」

「奴は“霊柩の瀑布”を扱えるようになっていた。水の中級以上、その中でもかなり強い部類の魔術だ。覚えているか」

「あの、巨大な水玉?」

「そうだ」


 闘技演習中に一度だけ撃たれた、大きな水の塊を思い出す。

 完璧な球状に纏まった水が、高速で回転しながら飛んでくる。

 着弾と同時に弾けることで開放された水は、まるで川の氾濫のようだった。

 石柱二本を盾にして、自分の力も加えて抑えながらで、ようやく防げたくらいである。

 もう少し私の対応が遅れていたら。不十分であったら。

 あるいはあの魔術が使われた時点で、勝敗は決していたのかもしれない。


「奴が“霊柩の瀑布”が使えるなら、“大波濤”を扱える可能性も出てくる。瀑布ならば対策のしようもあるが、二十日で“大波濤”に対抗するのは不可能と言って良い」


 クラインが珍しく、マイナス方向で断言してみせた。

 彼の警戒する、相手が使えるかどうかもわからない“大波濤”。

 それは、よほど厄介な魔術なのだろう。名前だけで不吉だもんな。


「“ストーミィ・ルウナ”が“大波濤”を扱えるかどうかはわからない。だがあの術を警戒するのであれば、二月以上の期間が必要となる」

「ふたつっ……!?」

「無警戒で臨むのであれば、昨日話した通り二十日で仕上げる事も無理ではない。二十日か、二月かだ。どうするかは君が決めろ、ウィルコークス君」

「二十日で仕上げよう」


 私は即決した。

 “大波濤”の対策には二ヶ月。さすがにそれでは遅すぎる。忘れた頃にやってくるようなものだ。

 人によっては些細な違いに感じられるかもしれないが、二月と二十日では、私が勝利した時の印象に大きな差が生まれるだろう。

 私はあの時の敗北を覆すような勝利が欲しいのだ。

 “これで一対一”と人から言われるような勝利では、汚名を返上することなどできやしない。


「“大波濤”は無警戒で臨む。それで良いんだな、ウィルコークス君」

「ああ、それで頼めるかな」

「ならば、対策法がかなり絞られた。それでも厳しい特訓を重ねることになるが、覚悟はできているのか」

「できてる」


 再戦に臨むといっても、同じ中級保護だ。

 ナタリーの時のように、血みどろの上級でやりあうわけではない。

 あの恐ろしげな白い気持ち悪い薬の出番もないと思えば、どんな試練にも乗り切れる気がした。


「ならば、まずは魔術を二つ覚えてもらう。この物覚えが悪ければ、残念だが“ストーミィ・ルウナ”と闘うなど話にならないと思え」


 クラインは私に、二冊の本を開いて差し出した。

 大判の紙に細かく理学式が書き込まれた、相変わらず複雑怪奇な紋様である。


 め、めまいがする。

 でもここが入り口だ。やってやるぞ。




「二つの術を教える前に言っておく。今回も魔術投擲は間に合わないから、諦めろ」


 わかってはいたけど、やっぱり間に合わないか。

 こんなことになるなら、前回の決闘騒ぎが終わった後もこまめに練習しておけばよかったな。

 石柱の高さばかりに気を取られて、基礎を疎かにしてしまっていたようだ。


「また魔術投擲無しか……」

「君が“ステイ(顕鉄)”だけでも投擲できれば、そもそも今日教えるうちのひとつを省けたものを」

「うっ……」


 最もすぎて、言葉の返しようがない。

 でも、魔術投擲よりも習得しやすい新魔術というのも、どうなんだろう。

 魔術投擲って、そんなに難しいものなのかな。もちろん私にとっては難しいけどさ。


「理学式は読んだな」

「う、うん。まぁ、ほんの少しだけ」

「なら、今から実演する魔術を見ておけ。岩でこそないが、理論は同じだ」


 私とクラインは以前と同じ、学園内の離れ小屋前で特訓を始めていた。

 物静かな人気のない林地だ。人が来れば、すぐにでもわかるだろう。

 再びこんな場所にまでやってきて特訓をする理由といえば、これもやはり、魔術秘匿のためであるらしかった。

 クライン曰く、初手を知られれば勝率は二割下がるとのこと。随分下がるなと思った。それ以上のことは思わなかった。よくわからないし。


「手元の本を照らしあわせて、よく見ておけ。今回は実演を一回だけとは言わん。どうせ君は一度じゃできない。何度か見せてやってもいい」

「これ、どっちの理学式のやるの?」

「厚い方の資料だ」

「あ、こっちか」


 第三環陣までが細かく明記された、鉄魔術の理学式。

 どことなく石柱アブロームの式に似てなくもないが、関連付けて覚えるとごっちゃになりそうだ。これはこれで、独自のものとして一から覚えていこう。


「今から見せる魔術は、前に教えた石柱(アブローム)よりも遥かに有用な魔術だ。特に君の場合、主力と言っても良いだろう。今回これが何度発動できるかによって、勝敗が分かれると表現しても大げさではない」

「えっ、そんなにかよ」


 なら前にも教えてくれればよかったのに、とまでは言わなかった。

 クラインがそれだけ評する未知の魔術に、期待が高鳴ってゆくばかりである。


 私が好奇の眼差しを注ぐ中、クラインは土の上に右手を置いた。

 半分ほどの短い呼吸の後に、躊躇いなく呪文を詠唱する。


「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”」


 クラインの右手が接する部分を中心に、黒い影が土の上を覆い、それは水に垂らした墨のように、一瞬にして辺りへと広がった。

 私のブーツの底さえも黒い影は走り抜けたので、びっくりして一歩退いてしまったくらいだ。

 もちろん、一歩引いた後ろにも影は広がっている。


 影が最寄りの木の根っこ部分にまで侵食した時点で、ようやくその勢いは止まった。

 私は冷静に黒い影を注視することで、ようやく何が起こったのかを理解できた。


「これ、鉄板か」

「そうだ」


 ブーツの底で土の上いっぱいに広がった黒い影を叩くと、硬い音が跳ね返ってきた。

 所々で光を鋭く反射する、滑らかな一枚板。

 クラインが床を覆った魔術。影は、巨大な黒い鉄板で作られていた。


「スティ・ラギロール。ただ地面を鉄板で覆うだけの発動効果から、どう扱おうとも単体では無害。それ故に、攻撃や防御、どちらにも分類されない魔術だ」

「まぁ、確かに……」


 靴の底で踏んでいる分には、かなり丈夫でしっかりした魔術のように感じる。

 それでもこの魔術が何の助けになるかといえば、全く想像もつかない。

 敵をぶん投げてこの上に頭から叩き落としてやるくらいだろうか。

 この発想は魔道士としてどうなんだろう。クラインに訊かれてたらものすごい馬鹿にされそうだし、言わないけどさ。


「昨日の闘いを見る限り、どうせ君はこの魔術の有用性をほんの少しも理解できていないんだろうな」


 私が何を言わずとも、クラインは軽蔑するような冷たい目で毒を吐いてきた。

 耐えろ私。訓練は既に始まっている。


「まぁ、わかってねーけどさ。鉄板を敷いて水の勢いが止まるってんなら、価値もあるようには思えるけど」

「ある程度は止まる」

「えっ」


 止まるのかよ。

 疑いに近い、私の素直な驚きだった。


「鉄板の上を別の術者の魔術が触れた途端に、対消滅が起こる。水は不安定な物質生成なのに対して、鉄は安定している。対消滅でどちらも消耗はするのだが、どちらがより減るかといえば、水がより早く減るだろう」

「水が減るって、言われてもな……熱い鍋の底に水を注いだような感じになるわけ?」

「ああ。それを強い酒に変えたものと思えば解りやすいだろうな」


 なるほど、魔術の対消滅で水を減らせるのか。

 一部分でも水が減りやすくなってくれるのであれば、それだけで安全地帯が出来るということになる。

 鉄板を起点に展開していけば、闘技演習も有利に進められそうだ。

 どう展開していくかは、まだわからないけど。


「それに際して、君にひとつ注意しておく事がある」

「注意?」

「対消滅も留意すべきことだが……君は昨日の闘技演習で、“ストーミィ・ルウナ”の水魔術によって濡らされた床に杖を当て、アブロームを発動させようとしたな」

「うん」

「あれは発動しなくて当然だ。他人の魔術によって濡れた、または燃えている場所を起点としては、自分の術は使用できない」


 驚きの声すら上げられず、私は口と目を開けて固まった。


「最後の最後で話にもならないようなミスをしてみせたものだから、観覧席が失笑していたぞ。オレもだが」

「なっ、なんでナタリーの時にそれ、教えてくれなかったんだよ!」

「ナタリーは鉄魔術しか使わないから必要が無かった。鉄針だけに頼る相手なら、アブロームだけでも充分だろう」


 ぐうの音も出ねえ。クラインの言う通りだった。


 でも、まさか魔術にそんな性質があったなんて。

 つまりルウナの水による攻撃は、自分の魔術の補助とするだけでなく、相手の魔術を妨害するためのものでもあったわけだ。

 尚の事、ルウナの戦い方が実に魔道士らしいものだと思えてくる。私の闘い方って、邪道もいいところだな。


 しかし考えてみれば、ルウナが水によって地面を濡らせるのであれば、こちらは逆に、今見せてもらったラギロール(鉄板)によって、地面を術で覆うことができるわけだ。

 相手が水で床を侵食できるのであれば、こちらは逆に鉄で侵食できる。

 自分で作り出した床が多ければ多いほど、私はそこでアブロームが使いやすくなる。逆にルウナの魔術の勢いは弱まる。

 ……なるほど、段々とわかってきた。


「魔術戦において、床や地面の環境は重要視される。“環境戦”や“床環境”という用語が作られるほどだ。多くの場合、魔道士の闘いは床の取り合いと言っても良いだろう。“パイク・ナタリー”との闘いでは縁がなかったがね」


 クラインは鉄板の上に座り込みながら、いつになく饒舌に、淡々と続ける。


「君はまず、この魔術を習得することから始めなければならない。水属性、いや、あらゆる属性を扱う魔道士が相手であれば、床環境を先手取る動きは必須となるからだ。距離と位置を掌握できない魔道士は四流だ。わかったなら、とりあえずやってみろ」

「お、おう。やってみるよ」


 私が右手で握りこぶしを作って見せると、クラインは小さく“まあ期待はしていないが”と返してきた。

 クラインの一挙一動には相変わらず頭に来るものがあるが、いいだろう。この恩は、驚きで返してやる。


 クラインが出した床が消滅すると共に、私はタクトを構えた。



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